なぜ、オスカー・ワイルドは“アライ”(社会的弱者の援助者)になれたのか?

大人の読書タイム vol.17

オスカー・ワイルドの『サロメ』を翻訳した平野啓一郎が英文学者の小川公代氏と深掘り対談。耽美主義者のイメージだけでなく、社会的弱者に寄り添うアライ(支援する人)でもあったこと、Me Too運動とのつながりなど、現代につながるテーマを先取りしていたことにも話が及んで・・・。

LIFESTYLE Oct 21,2023
なぜ、オスカー・ワイルドは“アライ”(社会的弱者の援助者)になれたのか?

オスカー・ワイルドの『サロメ』を読み深める第2回目。英文学者の小川公代氏と、『サロメ』を翻訳した平野啓一郎氏が、ワイルドの人物像を語り合います。耽美主義者のイメージだけでなく、社会的弱者に寄り添うアライ(支援する人)でもあったこと、Me Too運動とのつながりなど、現代につながるテーマを先取りしていたことなどにも話が及びます。

*第15回、「原罪」を抱えた少女の無邪気な望みが悲劇をもたらす!平野啓一郎が『サロメ』にシビれた理由をご覧になりたい方は、こちらから

『サロメ』オスカー・ワイルド著、平野啓一郎翻訳

オスカーワイルド著、平野啓一郎翻訳『サロメ』/光文社古典新訳文庫

~あらすじ~

月明かりのもとの宴の席。ヘロデ王は、若く美しい義理の娘サロメに視線を注いでいる。義父からの関心を嫌悪するサロメは宴から離れ、牢獄に囚われている預言者ヨカナーンに惹きつけられる。彼に語りかけ、キスを望むが強い拒絶にあう。サロメは王の命に応じて見せた舞と引き換えに、ヨカナーンの首が欲しいと望むのだった。

対談者:小川公代 英文学研究者

小川公代さんの画像

上智大学外国語学部教授。専門はロマン主義文学、および医学史。オスカー・ワイルド、ヴァージニア・ウルフから三島由紀夫、多和田葉子、平野啓一郎まで、古今東西の文学作品を越境的に論じながら「ケアすること」の意味を探る研究で知られる。2021年刊行の『ケアの倫理とエンパワメント』(講談社)が大きな話題となり、今年1月には『ケアする惑星』を発表。そのほかの著書に『文学とアダプテーション――ヨーロッパの文化的変容』(共編著、春風社)、『ジェイン・オースティン研究の今』(共著、彩流社)などがある。

イギリス人にとってのワイルド像は?

平野啓一郎(以下、平野):本日はワイルド研究がご専門の小川公代さんに来ていただきまして、たっぷりワイルドのお話を伺っていきたいと思います。

小川公代(以下、小川):どうぞよろしくお願いします。

平野:日本ではオスカー・ワイルドというと耽美主義者で世紀末美学という側面が強調されていますが、ワイルドの戯曲を読んでいくと、貴族社会を皮肉ったような喜劇が多く、世紀末美学というイメージが当てはまる作品はごく一部ですよね。ワイルドという人物は、イギリス人にとってはどういう存在なのでしょうか。

小川:おっしゃる通り、イギリスではワイルドという人は「面白がられて」いるんです。個性的でユーモラスなキャラクターとして認識されていて、コメディ番組『空飛ぶモンティ・パイソン』に取り上げられるほどです。今でもYouTubeで探すと番組が出てきます。オスカー・ワイルドとホイッスラー、王太子らに扮した役者が、面白おかしく脚色されています。

平野:一方でワイルドはゲイカルチャーのシンボルにもなっています。パリにあるワイルドのお墓は、彼を慕う人が石を削って持って行ってしまうので、ボロボロになっているのだとか。

小川:今はガラス張りになっているそうですが、LGBTQの聖地や巡礼地のようになっているのは確かです。

LGBTQとしての苦悩からカトリックに改宗

平野:ワイルドはローマカトリックに改宗したい思いながらそれが果たせず、インタビューでも「父がそれを許してくれなかったことが自分の性格的な歪みの何か原因だ」という旨の発言も残しています。なぜワイルドはそこまでカトリックに惹かれていたのでしょうか?

小川:当時はLGBTQの戦いが凄まじかった時代でした。イングランドの国教会という制度化された宗教では、同性婚が認められなかった。イギリス国内においては、外国の宗教のほうがまだそういった制限が少ないと思われていて、同性愛的な傾向のある人たちには、カトリックに改宗するトレンドがあったようです。ワイルドも、同性愛を差別するような宗教に自分が属しているのが嫌で、解放されたかったんだと思います。実際、彼は脳髄炎で亡くなる寸前に、改宗を果たしています。

物語を突き詰めていった先に理論がある

小川:ワイルドは作家としてのスタートは遅く、結婚後、子供が生まれた頃、童話を描き始めます。童話『幸福な王子』をはじめ短編小説を創作した後で、それらを理論化した論文『嘘の退廃』や、『社会主義下における人間の魂』を書いています。そのプロセスは平野さんに重なると私は思っています。平野さんもまずは小説作品を創作されてから、それを理論化した『私とは何か』や、『カッコいいとは何か』という評論を出されていますよね。

平野:僕の場合、 物語によって具体的なことを考えていくと、理論的な枠組みに収まらないような矛盾がたくさん出てくるんです。そこを詰めて考えると理論的な深みが出て、それをエッセイのような形で言語化し、論理を体系化していくというような順番なんです。頭でいろいろ理屈を考えた後に、たとえ話として小説を書いていると思われることもあるんですけど、実際は逆なんですよ。

小川:そうですよね。ワイルドの年譜を作りながら、平野さんはワイルドと同じタイプだと思ったんです。

平野:思考のタイプは、論理が先の場合と、具体的なものが先の場合があって、小説や戯曲を書く人は、具体が先なんだと思います。三島にしても、理論的な著作もずいぶんと書いているけれど、順番的には、まず小説を書くことで頭が整理されて、それから理論的なものを書いているんですね。

小川:とても面白いですね。ワイルドの場合、創作時代から論文時代に至って、考えが整理されていったのですが、その後に『サロメ』が創作されたのは、運命の恋人であり、破滅に追いやる人物である同性のアルフレッド・ダグラスとの出会いによるものです。この出会いで何かが崩れていく、この流れは必然なのだと思わされます。わかっていたのに止められずその関係を断つことができなかった意味で、『サロメ』のテーマにすごく近いものがあると思います。

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“新しい女”としての『サロメ』は現在のMe Too運動にも響きあう

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