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大スターを両親にもち、生まれながらにしてセレブという宿命を背負ったマイリー・サイラス。子役として大成功し、自由奔放でSNSを沸かせていたがパタッと近況が流れなくなった。2023年「FLOWERS」の大ヒットで大人の歌手として再ブレイク。浮き沈みを経て、自らの使命を見つけ出し、辿り着いた現在地とは。
マイリー・サイラスの最新アルバム『Something Beautiful』は、彼女がずっと前から作りたかったアルバムだという。現在32歳。ディズニー・チャンネルのドラマ『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』(2006〜11年)の大ヒットをきっかけに世界的大スターの仲間入りを果たしたが、グラミー賞を初受賞したのが2023年(第66回)ということから、思い通りの人生を歩んで来られなかったことがわかる。マイリーはこの受賞が「傷ついた心に、まるで絆創膏を貼るような癒しと自己肯定感をもたらした」と話し、ようやく他者の評価に左右されず自身の表現を追求できるようになったと語っている。
カントリー歌手である父親のビリー・レイ・サイラスのキャリアの絶頂期に生まれ、幼少期から注目されたマイリー。8歳で父親のドラマシリーズ『Doc』にゲスト出演し、9歳でモデル・デビュー。人気を決定づけたのは13歳で主役に抜擢された『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』で、ティーンアイドルとして大ブレイク。このシリーズは映画化され(2009年)、デビューアルバム『ブレイクアウト』(2008年)も全米チャート1位を獲得して歌手としても成功を収め、国民的アイドルとして圧倒的な地位を確立した。両親は妊娠した時に既に「この子には特別な運命がある」と信じて、“デスティニー・ホープ”(希望に満ちた運命)と名づけていたが、笑顔の可愛らしさから“スマイリー”と呼ばれ、それがニックネーム“マイリー”となり、15歳の時にマイリー・レイ・サイラスに改名した。
しかし、約5年間98話にわたる『ハンナ・モンタナ』の大成功が、彼女のメンタルを壊していくことになる。ドラマでは一人二役を演じ、それは主人公のマイリー・スチュワートが地味な「普通の女の子」である一方、ウィッグをかぶってハンナ・モンタナになると、男子がみなデートしたがる「特別なスター」に変わるというもの。もともと主人公の名前はクロエ・スチュワートだったが、キャラクターがマイリー本人に似ているからと「マイリー」に変更されたことで、視聴者に本人とキャラクターを同一視させる結果となってしまった。実際、放映中に本名をマイリーに改名したことも、影響力の凄さがわかる。
モニカ・ルインスキーのインタビュー番組「Reclaiming」で、マイリーはその後の苦悩として「“ハンナのペルソナをまとうマイリーが普段の自分よりも価値がある”という考えが刷り込まれてしまい、自己のアイデンティティを確立したいがために、優等生的なアイドル像から真逆の挑発的な言動を選ぶようになった」と語っている。その反動は大きく、違法ドラッグを吸う動画やスキャンダラスな写真が流出したことなどで、アメリカン・オンラインのティーン向けサイトで2009年と10年に「最も悪影響をおよぼすセレブ」部門の1位に選出。同時に、中学校でのいじめや、SNSの匿名性による中傷、そしてマイリー役において身体の欠点が強調されたことから身体醜形障害にも苦しむことになる。そのためアルバム『Bangerz』(2013年)からシングルカットされた「Wrecking Ball」での過激なパフォーマンスは、“ディズニーの国民的アイドル”のイメージからの強い脱却意思の表れでもあったのだ。
マイリーは『ハンナ・モンタナ』を辞めたくなった理由について、「18歳になり、映画『ラスト・ソング』(2010年)で知り合ったリアム・ヘムズワースと恋愛を経て大人になったことで、『ハンナ・モンタナ』を演じることに葛藤を感じたから」と、告白している。この頃から過激な言動ばかりがニュースになる時期が続いたが、一方で自分のセクシュアリティも探求し、14歳の時にバイセクシュアルであることを母親に告白していて、22歳でパンセクシャルを公言。2014年には若いホームレスやLGBTQ、その他の社会的弱者を支援する「ハッピー・ヒッピー財団」を設立した。彼女の過激な見せ方は単なる衝動ではなく、長年のアイデンティティの葛藤や自己表現の探求、そして「女の子はこのような自由を持つべきだ」という社会へのメッセージを込めた複雑なプロセスだった。
ディズニー出身の子役スターとして大成功したことで、社会から安全な存在として期待されていたことが大きなプレッシャーとなっていた。そのためアルコール&ドラッグ依存が注目されるだけではなく、たとえばリアーナやカーディ・Bなどと比較して、「どうして自分の言動ばかりがこんなに問題になるの?」という疑問を常に抱いていたという。自分の表現が「他人のためのもの」と見なされ、「性的に見られる」ことへの違和感、さらに「その過激な表現が自分に期待されているものになってしまった」と感じて、疲弊してしまった時期もあったと語っている。公的イメージとプライベートのギャップに悩み、2018年の山火事で自宅を焼失するという不幸にも見舞われ、婚約破棄を経てようやく結婚したリアムとの関係も長くは続かなかった。多感な17歳から始まっていた両親の不和も、2022年4月に離婚が成立。このように心身ボロボロなはずのマイリーがここまで復活できたのは、やはり「特別な運命」を持って生まれたからだろうか。
翌2023年に念願のグラミー賞で年間最優秀レコードと最優秀ポップ・パフォーマンス(ソロ)の2部門受賞した「Flowers」は、リアムとの破局後、他者に依存せず自分自身を大切にすることの重要性を歌ったものだ。自己愛と自立をテーマにしたことで、多くのリスナー、特に女性からの共感を呼び、力強さと繊細さを兼ね備えた歌唱力も高く評価された。MVでも自分の身体を美しく見せ、性的ないやらしさを全く感じさせなかったことも好感を得た。
マイリーはここまで立ち直るのに、セラピーや栄養管理、ジムでの運動などを通じて、怒りや悲しみ、内面の崩壊からも回復し、自分自身を再構築してきたという。人生のコントロールできない部分である過去の失敗や困難、辛い経験は決して誇れるものではないけれど、柔軟に対応していくことで、それら全てが「Flowers」の制作へと繋がったと述べている。そしてマイリーの現在の恋人であるマックス・モランドやマックス・テイラー=シェパードたちと曲を制作していた時、即興で生まれたという最初の歌詞「Tell me something beautiful tonight」が、彼女を救ってくれたという。というのも、それまでは自分自身を守っている状態で曲作りに臨んでいたものの、このフレーズから今いる仲間が完全に自分を表現できる安全な場であると感じ、この曲「Something Beautiful」から自分のクリエイティヴィティを高めることができたからだ。アルバムの歌も、このフレーズから始まっている。
その曲名をタイトルにした最新アルバムのメインテーマは、「癒し」と「自己回復」だ。特にブリタニー・ハワード(アラバマ・シェイクス)やナオミ・キャンベルといった尊敬する女性アーティストとのコラボによって、「アーティストとしての価値やファッション分野での活動において、“本物のアーティスト”として認められたことが大きな癒しと自己肯定感をもたらした」と話している。ビヨンセのアルバムに収録された曲「II Most Wanted」(2024年)でコラボしたことも含め、敬愛する人たちとの繋がりが自信を持たせてくれた様子だ。
『Something Beautiful』の制作はアート色の強い映像作品としての意欲にも繋がり、ビヨンセのように全13曲に対応する映像を制作したヴィジュアル・アルバムも発表。全体のコンセプトとして「トラウマからの癒しや、人生の最もひどい時期にも美しさがあることに焦点を当てた作品」と語り、 催眠的であり、「病んだ文化を、音楽を通して少しでも癒そうとする試み」を表現するのに、「美、死、サイケデリア、無常、失恋、破壊といったものも描いている」と説明している。音楽やアートを通じて悲しみや痛みも美しく昇華できるという考えを強調し、「世界が厳しく困難な時でも、美しさをもたらすことが自分の使命なの」とも語っている。
Apple Musicのゼイン・ロウとのインタビューによれば、そもそもは16歳の時に兄と観たロジャー・ウォーターズのコンサート体験に感銘を受け、《Bangerzツアー》(2014年)で舞台美術として巨大なオブジェを持ち込んだように、今回も歌を通してストーリーを語り、ポップ・ミュージック、ファッション、ヴィジュアル、エモーショナルなものを融合させた世界に、ファンに没入してほしいと考えたそうだ。
マイリーは、《Bangerz ツアー》以降、アルバムに絡めた大規模なツアーを開催することを避けてきた。というのも、ツアーは精神的、肉体的な負担が激しく、さらに彼女の声帯にはポリープ様声帯の一種であるラインケ浮腫あり、パフォーマンスに極めて大きな負担となっているため。ただ、この疾患があることで、すぐにマイリーとわかるユニークな声のトーンと質感を発せられるので、施術で自分らしい声が出なくなるのは嫌で、そのままでいるという。さらには2022年の大晦日の特別番組「Miley’s New Year’s Eve Party」のパフォーマンス中に卵巣嚢腫が破裂し、かなりのトラウマになったことを明かしている。そのため彼女は、自分の負担を減らしつつ観客に繰り返し体験してもらえる方法として、映画館で上映する映像作品をツアーの代わりに、と考えたのだ。
実際、コンサートの様子などを映画化して公開しているアーティストは今や少なくない。このヴィジュアル・アルバム『マイリー・サイラス:Something Beautiful』の監督は、マイリー自身に加えて、ブレンダン・ウォルターとジェイコブ・ビクセンマン(コンサート形式のドキュメンタリー・スペシャル『Miley Cyrus – Endless Summer Vacation (Backyard Sessions)』を制作)、カルト的な人気を誇るスリラー系の映画監督パノス・コスマトスの4名が担当。日本での劇場公開はないが、7月30日(水)よりディズニープラスで配信されることが決定した。
筆者がマイリーに直接インタビューしたのは、アルバムデビューを果たした2008年と、かなり前になる。まだ15歳で、髪を靡かせながら歌うパフォーマンスはロックな女の子として活き活きとしていたし、取材時の快活な様子はバスケットボール部のキャプテンのような体育会系の印象を受けた。年配の女性パブリシストが同席していたが、信頼しているのか手に負えないのか、「もう任せるわ、好きにしなさい」といった表情で見ていたことも記憶に残っている。もちろんそれからマイリーの人生には計り知れないことが次々と起こったけれど、昨今のインタビュー映像を見ていると、頭の回転が早く、実直なところなどは全然変わっていないように感じた。
マイリーは有名人としての重圧や過去の失敗、社会からの評価、再婚・離婚をそれぞれ繰り返す両親との複雑な関係などに悩みながらも、過去の経験を自己の一部として受け入れて成長の糧とし、トラウマからの回復と進化を肯定的に捉えてきた。30代になった今は、より成熟した形で自身を表現し、活動に反映させたいと願っている。明るいニュースとして、この7月に、2026年の「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム」での殿堂入りメンバーに選ばれたことが発表され、「夢のよう!」と感激していたマイリー。彼女にとっての30代は、ぜひハッピーで輝かしい日々になってほしい。
マイリー・サイラス/Miley Ray Cyrus シンガーソングライター、俳優、プロデューサー 1992年11月23日生まれ。アメリカのテネシー州出身。両親はカントリー歌手のビリー・レイ・サイラスとティッシュで、母の連れ子の兄姉と、弟と妹がいる。主演ドラマ『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』は40カ国以上で1億3,000万人以上の視聴者を獲得するなど社会現象になった。2013年の大胆なイメチェンを図ったアルバム『Bangers』からは「Wrecking Ball」が全米全英で第1位に、2023年にはアルバム『Endless Summer Vacation』から「Flowers」が世界的に大ヒットし、グラミー賞を受賞した。慈善事業に力を注いでいて、現在約40に及ぶ慈善団体をサポートしている。
音楽ジャーナリスト・アメリカ文学研究
伊藤なつみ
デヴィッド・ボウイ、坂本龍一からマドンナ、ビョーク、宇多田ヒカル、ロバート・グラスパーなど、取材アーティスト数は数え切れないほど。『ユリイカ』2023年5月号に掲載の論考「ヒップホップ・フェミニズムの変遷」など、現在は黒人女性のエンパワーメントについても研究中。
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