死よりも束縛を恐れるR・ストーンズのミューズ、アニタ・パレンバーグのロックな生き様

世界を席巻するロック・カルチャーの根源的存在

ローリング・ストーンズのミューズと聞いて、多くの人が思い出すのはたいてい、マリアンヌ・フェイスフルだろう。上層中流階級出身でアイドルだった彼女がミック・ジャガーと恋に落ち、ドラッグ、自殺未遂、アルコール……清純派からの転落ストーリー。

彼女と双璧をなすのが、アニタ・パレンバーグ。ブライアン・ジョーンズの恋人だったが、キース・リチャーズと運命的な絆を結び、3人の子どもを出産。彼女もまた、ドラッグまみれの人生。とはいえ、彼女の場合、ストーンズにドラッグカルチャーをもたらしたのは彼女の方だったか。同じストーンズの女でも、マリアンヌがストーンズに影響された女なら、アニタはストーンズに影響を与えた女。キースがアイラインを入れ始めたのも、アニマル柄を好むのも、今や多くのロックミュージシャンが真似するスカーフの巻き方さえも、ボヘミアン・ロック・シックのファッションアイコン、アニタのアドバイスによる。彼女がいなければ、ローリング・ストーンズのイメージも、ロックとファッションの結びつきも大きく変わっていたはず。

第76回カンヌ国際映画祭クラシック部門で上映された、アニタのドキュメンタリー『アニタ 反逆の女神』。本人の死後発見された未発表の回顧録のナレーションをスカーレット・ヨハンソンが務め、息子マーロンが製作総指揮、彼と妹のアンジェラ、彼らの父であるキース・リチャーズが一筋縄ではいかない家族の思い出を振り返る。未公開のホーム・ムービーや家族写真から浮かび上がる、ストーンズとの激動の日々。

激しい自由への渇望。ブライアン・ジョーンズ、キース・リチャーズも奔放な魅力の虜に

イタリア系ドイツ人のモデルだったアニタは1942年生まれ。1943年生まれのキース・リチャーズ同様、戦時中生まれで、自由への渇望がどの世代より強い。特にアニタは束縛されることを死より恐れる。意外と昔気質であるキースと事実婚のまま、いい時はお似合い、悪い時は目も当てられないほど険悪な、ロック史に残るカップルとなった。

寄宿学校のルールに耐えかね、自主退学したアニタはニューヨークへ渡り、モデルとして活躍する。反体制的で自由奔放。多国語を操る彼女はその後、女優に。当時、人気を集めていたローリング・ストーンズの楽屋を訪ね、ハシシを差し入れし、唯一、勧めに応じたブライアン・ジョーンズと恋に落ちる。容姿もセンスも酷似する二人はドッペルゲンガーのようにいつでもどこでも一心同体。キースはそんな二人を羨ましく見ていた。だが、ブライアンはアニタが手をつけられないほど、ドラッグに溺れ、暴力的になっていく。アニタを殴り、アニタが殴り返し、弱いブライアンが血まみれになることもしばしば。決定的な別れは有名なモロッコ旅行。麻薬所持で有罪判決が出たストーンズはイギリスにいられず、車でモロッコへ向かう。途中のフランスで虚弱なブライアンは入院するが、アニタは付き添わず、キースと二人で先乗りし、抜き差しならない関係に。察したブライアンが荒れに荒れ、見かねたキースがアニタを連れ帰り、ジ・エンド。恋人と仲間を同時に失ったブライアンの悲惨な結末はいうまでもない。

心に突き刺さる「ギミー・シェルター」「無常の世界」の奥深さ

「アニタへの愛が止まらなかった。彼女は多くの楽曲に出てくる。彼女はミューズだった。僕にとってだけじゃなく」とキース。

恋にもオープンなアニタ。デヴィッド・ボウイ主演のSF映画『地球に落ちて来た男』の監督、ニコラス・ローグも元彼だったとか。監督のデビュー作『パフォーマンス 青春の罠』はミック・ジャガーがロックスター、その愛人をアニタが演じるカルト作。実は監督が嫌がらせに彼女をキャスティングしたとも言われている。ミックとアニタは撮影中、いい感じに。この時、キースが作った曲が「ギミー・シェルター」。マリアンヌとも仲が良かったアニタはみんなの蟠りを解こうと、その後、彼女とミック、キースの4人で旅に出る。が、ミックとマリアンヌの溝は埋まらず、マリアンヌが帰宅。欲しいものがいつでも手に入るとは限らない。今度はミックが「無情の世界」を手がける。アニタなくしてはストーンズの名曲の数々は生まれなかった。

ドラッグ三昧ながら、キースとの子どもを妊娠したアニタは出産を決意。キースも快諾し、男の子が生まれる。メンバー初の父となったキースは子煩悩だったが、幼子を連れてツアーは無理。ストーンズ同様に脚光を浴びていたアニタは一人、残され、孤独な子育てに追い詰められてゆく。一緒にいればいるほど、薬が手放せなくなっていくアニタとキース。息子のマーロンは学校に通わず、酩酊した親の世話をする。そして事件が起きる……。

いつ死んでもおかしくない人生のどん底から返り咲いたロックスター

あれだけ死ぬだろうと言われたキースが長生きしたように、アニタもまた極限まで落ちながら、見事、薬を断ち切ってみせた。その後の人生の返り咲きもまた、輝かしい。スーパーモデルのケイト・モスは理想のロックスターとアニタを崇める。時にストーンズより大胆にロックな生き様を全うしたアニタ。先に逝った彼女をキースが振り返る。「俺の女だった。一緒に多くを乗り越えた。彼女のおかげで男になれた」

『アニタ 反逆の女神』

10月25日(土)より新宿K’s cinema、UPLINK吉祥寺他全国順次公開
監督：アレクシス・ブルーム/スヴェトラーナ・ジル
出演：アニタ・パレンバーグ/キース・リチャーズ/マーロン・リチャーズ/アンジェラ・リチャーズ/ケイト・モス/フォルカー・シュレンドルフ/スタニスラス・クロソウスキー・ド・ローラ/サンドロ・スルソック/ジェイク・ウエバー/ブライアン・ジョーンズ/ミック・ジャガー/マリアンヌ・フェイスフル/ジェーン・フォンダ/ジェイムズ・フォックス/アレン・ギンズバーグ/ジャスパー・ジョーンズ/アンディ・ウォーホル
配給：オンリー・ハーツ
©2023Brown Bag Productions,LLC
http://anita.onlyhearts.co.jp/

MOVIE WRITER
髙山亜紀

フリーライター。現在は、ELLE digital、花人日和、JBPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。