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川上未映子。小説家。でも、でも……。果たして、その「括り」に収めていいものか?常識や価値観を遥かに超える「何か」を捉え、綴り、心地よく裏切り、根底から揺り動かす人。見たことのない、触れたことのない世界をあぶり出し、突きつける人。この人は今、何を感じ、何を考えているのだろう?「人間は生もの」と語る川上さんが紡ぐ、生の言葉。
矛盾するようだけれど、やはり川上未映子さんは、骨の髄まで小説家なのだろう。祖母を看取ったときも、長男を出産したときも「書いていた」と、川上さんは言う。
「ナルシシズムですよね。死や生に直面しているときに『書く』にプライオリティを置くなんて。そのとき、私はなんて恥ずかしい人間なんだろう、と思いました。人間のかけがえのない瞬間を記録するという、厚顔無恥さ、これって何?と。それは本能という『無意識』じゃなくて、自発的な『意志』。役割を全うしなければいけないという演技は入っていないだろうか。でも、演技が入っていたらピュアじゃなくて、入っていなかったらピュアなのか。そこにどれだけの意味があるのか……。これからもずっと逡巡し続けるんだと思います。そして、逡巡を重ねた先で40代とは違う50代に、50代のときは想像しなかった60代に出会っていくのかもしれないと思ったりして」
ふわりと柔らかく、ぽんぽんと弾むように。触れる人すべてを、知らず知らずのうちに、深い思考へと誘う。
「最近、特に思うの。『加齢』って、想像している以上に難しいことなんじゃないかって。30代、40代までは現役感があるでしょう?でも、50代、60代になると周りに年下の人が増えて『パラダイム』が変わる。努力や頑張りを超えたところで、挑戦の機会を奪われる、みたいに。いくつになっても新しい気持ちで臨みたい、刺激を受けたい、自分の限界を超えたいと思うけれど、実践し続けるのは難しいと思い始めたんです。
人生の流れと言われればそれまで、でも加齢とともに、どう生きていくかということをよく考えます」
人生は思ったよりもずっと短い、と川上さんは笑う。人生100年時代といえど、年齢とともに体が変化するのは、抗えないことだと言って。
「芥川賞を受賞した『乳と卵』も、最新刊の『夏物語』も。私はある意味、『体』について書いてきた作家なんですけど、改めて人間の体って、汲めども尽きぬ泉だと思うんです。若いときは『制御できない暴れ好きの大きな他者』だったのが、次第に『寄り添いたいけれど本音が見えない最も近くにいる他者』に変わってくる。良くも悪くも、体について書いて書いて死んでいくんだと思います(笑)」
すべてにおいて、誰もができることなら蓋をしたいと感じることを、快く潔く露わにできるのは、川上さんのそこはかとない明るさがなせる業。
「えーっ?私、もともとネガティブだから、楽しく生きるとか幸せになりたいとか考えたことがなくて。小説を書いていると仕事場から一歩も出ないから、今が楽しいか、幸せかどうかも考えないんです。もしその要素があるとしたら、大阪出身だってこと。大阪のロジックでは、いつでもどこでも自分の中で『ノリツッコミ』をするよう刷り込まれてる。だから息子としゃべっていても、とことん笑わせるんです。この間なんて『息ができないから、もう止めて』とキレられたくらい(笑)。でも、ね。やっぱり、楽しいってことが何なのかは、よくわからない……」
女に生まれてよかったと川上さんは言う。「予め何かが奪われていたり、低く見られていたりすることの痛みがわかるから」、それが理由。
「他者の痛みを想像できることはやはり、人間にとっていちばん大事なこと。思いやりにつながると思うから。そして、きっとそれが自分のことを振り返る手段になる。だからこそ変えなくてはならないものも見える。それこそが知性だと思います」
川上未映子という人が、今を変える。時代を変える。ずっと触れ続けたいのである。この人の言葉に……。
2007年、デビュー作となる『わたくし率 イン 歯ー、または世界』刊行。
2008年『乳と卵』で第138回芥川龍之介賞を受賞。
『ヘヴン』、『すべて真夜中の恋人たち』をはじめ、人物の心理と機微を独自の筆致で描きだす。
最新作は『夏物語』(2019年)。
女性向けメディアでの連載や早稲田文学増刊「女性号」では責任編集を務めるなど、エネルギッシュに活動を続けている。
初出:2020年3月20日発行『AdvancedTime』04号。掲載内容は原則的に初出時のものです。
STAFF
Photos: Makoto Nakagawa(CUBISM)
Stylist: Mihoko Sakai
Hair: Masatoshi Takeda(Elme)
Make-up: Mieko Yoshioka
Interview&Text: Chitose Matsumoto
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