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昨年映画化された、ベストセラー小説『ある男』を、著者である平野啓一郎がナビゲート。美涼が発する「三勝四敗主義」は、どのように生まれてきたのか・・・。
昨秋、映画化され話題を集めるベストセラー小説『ある男』。著者・平野啓一郎自身が視聴者から寄せられた質問に答えながら、創作のエピソードや文学に対する思いなどについて語ります。
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~あらすじ~
弁護士の城戸は、依頼者・里枝から亡くなった夫「大祐」の身元調査を相談される。夫婦は結婚して幸せな家庭を築いていたが、夫は不慮の事故で命を落とす。弔問に訪れて遺影を見た夫の兄から、「大祐」でないことを知らされたのだった。里枝が愛していた人物は誰なのか。城戸は調べていく中で、本来の出自から逃れ、全く別人として生きていた「ある男」にたどり着いていく…。
─――主人公・城戸のモデルはご友人におられるのでしょうか?
平野啓一郎(以下、平野):風貌はモデルとしてイメージした人がいますが、人物像として具体的な人はいません。小学校や中学校の同級生にいた在日朝鮮人の友達や、インタビューをさせていただいた方、本で調べたことなどからイマジネーションを膨らませました。一方、小見浦(戸籍の仲介業者)や、「X」が勤めていた材木会社の社長はモデルにした人がいます。小説の中心人物に近い人たちは、自分の中で様々に想像して造形するので、いろいろな人の要素が混ざっていますが、周辺の人たちはモデルがはっきりしていることが多いですね。僕の小説に限らず一般的にそうなのではないかと思います。
─――『ある男』の「X」のように、自分の人生を両親から決定され、自らのアイデンティティと折り合いをつけるのに苦しむ人は少なくないと思います。作品そのものがメッセージだと思いますが、そういう人たちにかけてあげたい言葉はありますか?
平野:「家族」という話と、「格差」という話、ふたつの問題があると思います。まず「家族」というのは、うまくいっていれば、他にないような濃密な関係や時間や感情が経験され、その家族との分人は非常に大事になるかもしれません。ただ、いろんな家族の形があります。現実的には、理想的な家族像ではない、あまりうまくいってない家族の方が多いのではないか。だから、「うまくいっていればいいな」と思うくらいで、うまくいってなくても全然しょうがないことだと考えるべきだと思います。
僕もそうでしたけど、両親揃っていないとか、いろいろな家庭がありますから、「べき論」では語れないし、理想的な家族像を押し付けられると、自分はそうじゃないということに非常に苦しみます。本当は親と距離を置いた方がいいような人でも、親孝行をすべきだという社会通念のせいで、縁を切れなくて悩むこともあります。
様々な事情があるのに、それを悪いと決めつけるのは残酷でしょう。家族よりも学校の友人や恋人との関係の方がはるかに大事だとか、恩師みたいな人が大事だという人もいると思います。時間をおいて家族との関係が良好になればそれもいいと思いますが、そうならなくても、他の場所にいる自分の方を好きになれるのであれば、僕はそれに対して肯定的な感情をもってほしいと思います。
一方で、「格差」の問題は、これは自己責任ではどうしようもないですから、社会、ひいては政治が解決すべき問題です。いろいろな制度がありますから、なるだけ自分ひとりで抱え込まず、相談をして自分の状況を改善し、支援してくれる先を探すことが先決だと思います。制度が複雑すぎて、ワンストップで解決できないという問題もありますが、まず自分の状況を支援先に相談することがとても大事です。日本では、貧困問題だけではなく、身体的あるいは精神的に問題を抱えていても、自己責任論的に自分で解決していくべきという考えが根深く染み付いていて、助けを求めるのは恥ずかしいという意識があるかもしれません。ですが支援活動をしている人たちは沢山いますし、人に相談することから状態が良くなる方法を考えてほしいです。人生のある局面で、頑張れる状態のときに、そして頑張るべき時に頑張るのは大事だと思いますが、貧困問題など、個人がどう頑張っても歯が立たない問題に関しては、支援を求めるべきだし、社会がそれに対して不十分だったら、政治に対して声を上げることも大事だと思います。
─――『ある男』の登場人物である美涼が語る「三勝四敗主義」という考え方に、私は救われました。城戸は「自分の中に、新しい視界が開いてゆくような一種の感銘を覚えた」とあります。平野さんは「三勝四敗主義」をどのように思いついたのでしょうか?
平野:世の中では「勝ち組負け組」などと言われて、勝ち負けを意識する場面が多くあります。ただ、「分人主義」の視点で考えたとき、自分が好きじゃない分人の方がはるかに多かったとしても、自分の好きな分人がひとつかふたつあって、それが本当に居心地よければ、十分ではないかと思います。現実の人間関係においても、嫌なことがたくさんあるなかで、数は少なくともいいことがあると、それを幸福と感じるものではないでしょうか。
整理していうと、このような思考過程なりますが、小説を書いていると、だんだん登場人物たちが自分で喋り出すんですよ。もちろん僕が思いついて書いてはいるのですが、美涼の人物像を造形しながら、会話の中でその台詞を書こうとしている時にこそ思いつく言葉があります。僕が考え抜いてその言葉が出てきたというより、美涼が自分で発したという感じがするんです。
STAFF
Photo: Manabu Mizuta
Movie: Cork
Text: Junko Tamura
Editor: Yukiko Nagase,Kyoko Seko
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