イージー・ブリージーでノイジー。伝統車の快音に心が沸き立つ

クルマ生活の奥義はMTに宿るVol.3

快適な移動手段、という意味では、時代に逆行した乗り物とも言えるMT車。その事実も承知の上で、刺激的なノイズを、心の余裕を持ってドライブする妙を、いまこそ味わいたくはないか。

LIFESTYLE Oct 4,2024
イージー・ブリージーでノイジー。伝統車の快音に心が沸き立つ
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長い山坂道でもピタリと路面に吸い付く走りを見せる「911カレラT」。

エンジンスイッチを押した瞬間、ブォン!という爆裂音が地下駐車場の内部に反響する。ライトが点き、「911カレラT」がつぶらな丸目をパチッと開ける。メーター点灯を確認してから、シフトレバーを握る。鳴るに留まらず“鳴り響く”音の中で一連の儀式を行うと、心が静かに沸き立ってくる。

ノーマルモードで発進して地上へ出ると、ホイールの中でチャリチャリチャリ、と音が爆ぜる。砂利を拾い上げているのだろうか。キャラメリゼを口の中で砕いた時のような、楽しい音色がする。2速・3速と切り替えた途端、ヒュンッと風を切るスマートなサウンドへと変化。そしてスポーツモードに切り替えれば、ボコボコッとバブル音が振動とともに頭の先まで伝わってくる。とにかく走行中に様々なポルシェ音階が流れ込んできて飽きない。“T”は「ツーリング」を意味し、ピュアドライブを実現するモデルと位置付けられる。走行しながらポルシェサウンドに耳を澄ませれば、まさにピュアドライブモードの意識下で、音楽やラジオを流す余白が微塵も残されていないことを知る。

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畦道でもガタつきなく安定したまま、緑の中を走り抜けた。

同色の木々の間を縫って走るパイソングリーンのボディは、対向歩行者も思わず振り返るほどのインパクト。正直、試乗前は「こんな派手な伝統車に乗って、自分の不相応な運転が露呈したら恥ずかしい」と萎縮していた。しかし数分も経てば、周囲の目が気にならないどころか、見られていることが一種の優越感に変わった。そうポジティブに思えた理由の1つに、シフトレバーがある。

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シフトゲート右上に位置する7速ポジション。

シフトチェンジの際、ストロークが短いためスパスパと気持ちよく入っていき、駆動力が途切れない。また、シフトダウンする際は、レバーがカコンッとニュートラルの位置で瞬時にリセットされる。普段から、回転数に見合わないタイミングで加減速をしては車体を揺らすことが多い記者だが、うっかり己を運転上級者と錯覚するほどのダイレクト&スムーズなレバー操作なのだ。

「911カレラT」は7速MTで、7速には5・6速からしかリーチできないので、誤操作する心配もない。粗雑な運転に定評のある者(記者だけだろうか)にとっては、これ以上ない安定感と安心感だろう。

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センターラインが入ったボンネットでエンブレムが際立つ 「718 ケイマン」。

日常使いできるスーパー・スポーツカーと評される「911」の一方で、一回り小型でより軽快に走るライトウェイト・スポーツカーの「718 ケイマン」。

ポルシェは「911」でなければ、という原理主義者にとって、水平対向6気筒エンジン・RR(リアエンジン・リアドライブ)はアイデンティティそのものだが、次にドライブした「718ケイマン」に搭載される水平対向4気筒エンジン・MR(ミッドシップエンジン・リアドライブ)のレイアウトも65年以上前から開発を繰り返し、実績を積み上げてきた。

「911カレラT」には後ろからガツンと押される勢いがあり、ペダルも重いため長時間の運転は厳しいと感じたが、「718ケイマン」はステアリングが軽く取り回しに優れ、足も疲れにくかった。キリッとした迫力と上品さを兼ね備えたヘッドライトには、ぐんぐん進めそうな闘志を感じる。

それにしても、「911カレラT」から「718ケイマン」に乗り換えた際、すぐに違和感なく走行できた気がするのは何故だろう。

その秘密は、自動車ジャーナリストの佐藤篤司氏が教えてくれた。曰く、「ポルシェは911、718ケイマン、カイエン、タイカン、マカン…どの車種であってもウインドスクリーンの傾斜、そこから見える景色がほとんど同じ。だから、どの車種に乗り込んでも、すぐに“自分の部屋”になるんだよ」。

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並ぶ2台を正面から見ると、たしかにフロントウィンドの形状が一緒だ。

なるほど、車高やパーツそれぞれに個性はあれど、フロントガラスから切り取る風景は同じなのか!心地よく体を預け、イージー・ブリージーな走行を開始できたのにはちゃんとワケがあった。

登場から守られる空間設計の伝統に感心しつつ、街中で見かけたらひと目でポルシェと分かる理由が1つ実感できたことが嬉しい。

ポルシェのスポーツカーにMTで乗る意味を考えながら、脳裏には先日読み終えたばかりの本年ベストセラー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書/著・三宅香帆)が浮かんでいた。

本書ではタイトル通り、読書と労働の相関性を見つめながら、読書へのコミットメント、ひいては目指すべき社会の提示へと向かっていく。骨子となるのは「読書はノイズ」というワードである。かなりかいつまむと、【読書はノイズだ。本質的な感動とは、自分から遠く離れたところにある文脈でアンコントローラブル(=ノイズ)に触れることを指す。その文脈を取り入れる余裕がなく、ノイズがそぎ落とされた“情報だけ”の社会で生きることはつまらない】である。

読書に限らず、我々の生活に接した要素すべてに当てはまる話だろう。クルマに置き換えれば、「ポルシェのMTに乗る」とは、正に「ノイズに触れる」機会を得るに等しい。

ATであればあまり経験することないエンスト。特にポルシェは、アイドリングスタート時に油断するとすぐさまエンストジャッジを下されてしまうのだが、何度も両足で負荷テストを繰り返し、青信号から時差なく発進できた時の達成感は他には代えがたい。一方、エンストしたことで、クラッチを踏み込めば即座に再始動する仕様に気付くこともできる。エンストの固定観念を覆すのは、エンストのノイズに触れた者のみ、と言えるわけだ。

エンジンを生々しく味わえる実感もそうだ。「911カレラT」も「718ケイマン」も、走り出すまでどんなサウンドが生まれるか分からなかった。雑音と出るか、心沸き立つ快音と出るかは各々のスキルや感受性にも依るものだが、寧ろどちらに転んでも「面白い!」と思えることこそ、MTを駆る余裕そのものを現している。ポルシェに備わる“ノイズ”こそが、ダイレクトな刺激を与えてくれるのである。

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