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スイス時計の最高峰に君臨するパテック フィリップに、16年間にわたって社長を務めたフィリップ・スターン現名誉会長。今年、その85歳の誕生日を記念して、パテック フィリップはリピーター機構とアラーム機構を任意に選択できる新しいチャイムウォッチを発表した。そこで、フィリップ名誉会長とミニット・リピーターとの浅からぬ縁と、新作ウォッチの超絶機構を見ていこう。
機械式腕時計の世界で、複雑精緻なメカニズムで知られるのがミニット・リピーター、トゥールビヨン、パーペチュアルカレンダーという三大複雑機構だ。極めて高度な技術力を要し、希少性も高いため手に入れたい場合、価格は相当覚悟しないといけない。これらの中で最も起源が古く、音を鳴らして時刻を継げるミニット・リピーター機構は、究極の技能を要する別格な存在だ。
時計業界の中でも数多くのミニット・リピーターウォッチを手掛けてきたのがパテック フィリップだ。今年、1993年から2009年まで同社の社長を務めたフィリップ・スターン現名誉会長の85歳の誕生日を記念し、ミニット・リピーターとアラーム機構を統合した特別な時計を発表した。ミニット・リピーター搭載ウォッチは、フィリップ名誉会長の現役時代の前と後ではまったく認知度が異なる。現在のように至高の存在に押し上げたのは、フィリップ名誉会長の功績といえるからだ。そう考えると、この記念時計にミニット・リピーター搭載ウォッチほどふさわしい時計はない。
腕時計が主役の時代になってからもパテック フィリップは、ミニット・リピーター搭載腕時計を製作してきた。しかし、当初伝統工芸ベースで、20世紀中ごろまでに製作されたのは50点を超えることはなかったと考えられている。そして1960年頃には完全にミニット・リピーターのムーブメント製造を中断してしまう。まったくミニット・リピーター搭載ウォッチに需要がなかったからだ。さらにその後に登場したクォーツウォッチに話題を持っていかれて、すっかり忘れ去られていた存在となっていた。
ところが、当時専務であったフィリップ・スターン氏は、ミニット・リピーターの音色と技能の復活に関心を持ち、伝統的な方法で製作された2点のミニット・リピーター搭載ウォッチを個人的に発注するまで夢中になる。その後、リピーター機構は1989年、パテック フィリップ創業150年に発表された世界で最も複雑な時計である「キャリバー89」にも採用され、その情熱が結実する。同時にミニット・リピーター搭載ウォッチが2モデル発表され、20年間の製作技術の休眠状態を経て、ようやくレギュラーコレクションとして復活を果たしたのであった。その後はミニット・リピーター搭載ウォッチは復権を果たし、工房出荷前には一個一個をフィリップ・スターン氏が音色をチェックすることが通例となるほど特別な機構となった。現在ではこの儀式はティエリー・スターン社長に引き継がれている。
まず音を鳴らす3種類のチャイムウォッチのおさらいをしておこう。
ミニット・リピーターとは現在時刻を知りたい時に機構を作動させて音で時刻を教えてくれる機構のこと。一方、ソヌリは毎正時など決まった時刻になると自動的に音で時刻を教えてくれる機構のことで、グランソヌリとプティットソヌリがある。さらに指定した時刻を音で知らせるのがアラーム機構だ。
今回の特別な時計は、ミニット・リピーター機構とアラーム機構を組み合わせて開発したまったく新しいチャイムウォッチ。技術的な課題は、ミニット・リピーターのデザイン的な特徴であるケースの左サイドのスライドピースを残しながら、ミニット・リピーターとアラームは同じゴングでチャイムを鳴らすということだった。それはミニット・リピーターでスライドを引くチャイム用のゼンマイの巻き上げと、チャイム駆動機構を必要に応じて引き離すことで、2つの機構を任意に切り替えることを可能にした。この新しい技術のために227個の部品が追加され、新しい4件の技術特許が出願されたという。リューズに統合されたプッシュボタンで、チャイム・モードを選択できるようになっている。
文字盤には本黒七宝の地に、ホワイトとグレーの七宝細密画によるフィリップ・スターン氏の肖像が描かれているのが、この時計のハイライトだろう。さらにオフィサータイプのダストカバーには〈我が父と85年の時計製作への情熱に捧げる〉と意味する一文が手彫金で刻まれ、スターン氏への敬意を表現した。またケースバックから見えるムーブメントの受けやマイクロローターのエッジの面取り部分には金めっきを施して、この特別な時計を華やかに彩る。このモデルは30本限定で、ムーブメントは今後二度と使用されないことが決まっているという。パテック フィリップのミニット・リピーター搭載ウォッチの中でも、これほどまでに特別なミニット・リピーターはないといえるだろう。
現在時刻を音で知らせるミニット・リピーターと、指定した時刻を音で知らせるアラーム機構を統合したチャイムウォッチ。モデル名にある1938とはフィリップ・スターン氏の誕生年である。リューズに備わったプッシュボタンで、チャイム・モードを選択でき、3時位置のベル型の表示窓が黒のときはミニット・リピーター・モード、赤の時はアラーム・モードで、チャイム用ぜんまいを巻き上げ、アラームがまだ鳴っていない状態は白が表示される。アラームは15分単位で設定できるが、チャイムが多く鳴るように2分前にその時刻が鳴らされるようになっている。本黒七宝の文字盤にはフィリップ・スターン氏の肖像が描かれたため、インデックスが省略されるデザインも珍しい。自動巻き。プラチナケース。ケース径41mm。限定30本。
STAFF
Writer: Katsumi Takahashi
Editor: Atsuyuki Kamiyama
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