展覧会『永劫回帰に横たわる虚無』三島由紀夫に呼応するアート、その存在感

〈平野啓一郎寄稿〉「オブジェとしての三島由紀夫論」

現在、東京・青山にて開催中の展覧会『永劫回帰に横たわる虚無 三島由紀夫生誕100年=昭和100年』。三島由紀夫の文学と存在に呼応するアートの中には、本メディアでもおなじみの平野啓一郎による作品も含まれている。

LIFESTYLE Aug 8,2025
展覧会『永劫回帰に横たわる虚無』三島由紀夫に呼応するアート、その存在感

9月25日までの会期で、東京・青山のGYRE GALLERYにて開催中の『永劫回帰に横たわる虚無 三島由紀夫生誕100年=昭和100年』。三島由紀夫とその作品、特に最晩年の大作『豊饒の海』を着想源として設定した上で、キュレーターを務める飯田高誉氏がアーティストに依頼し、提供された作品を展示する展覧会である。

バルト、三島が言及した「空虚」とは

『永劫回帰に横たわる虚無 三島由紀夫生誕100年=昭和100年』の会場、GYRE GALLERYのエントランスの画像
『永劫回帰に横たわる虚無 三島由紀夫生誕100年=昭和100年』の会場、GYRE GALLERYのエントランス。

1980年代よりキュレーターや評論家として活動し、さらに大学等で教鞭も執るなど、長年コンテンポラリーアートを紹介しつづけてきた飯田氏。現在はスクールデレック芸術社会学研究所の所長を務め、GYRE GALLERYのディレクターとして、数々の展覧会を企画している。そうした経歴の飯田氏が、昭和の文豪であり、民間防衛組織「楯の会」を結成し行動した三島を主題とした展覧会を企画するのは、やや意外な印象を受ける。

「中学の時、三島が市ヶ谷駐屯地で自決した報に触れました。その記事が載った夕刊の写真を、いまも克明に覚えています」

飯田氏は展覧会プレビューの席上、そんな風に三島と自身との関係について言及した。三島を流行の作家と捉え、やや批判的に見ていたという飯田少年の心に、この自死の報は大きな衝撃を与え、その後もずっと影を落としていたという。飯田氏は本展覧会について、ロラン・バルトの『表彰の帝国』を引き合いに出しつつ、別の視点からの見解として、「日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残る」という、三島が自決の年にサンケイ新聞に寄稿したエッセイの一節を取り上げる。そして飯田氏は次のように、今回の展覧会の主旨について記している。

「ロラン・バルトと三島が捉えた日本の『空虚』を前提にして、“死とひきかえ”となった三島の遺作小説『豊饒の海』をテーマに世代を超えた国内外の作家によって戦後美術家たちを逆照射(反復進行)し、意味から解き放たれた中心のない空虚な戦後美術史のある風景を三島由紀夫の世界観と重ね合わせて浮かび上がらせていく」

それぞれに表現される、三島との関係

『永劫回帰に横たわる虚無』展の展示風景の画像。手前の作品は中西夏之『着陸と着水』。奥は杉本博司『相模湾、江之浦』。
『永劫回帰に横たわる虚無』展の展示風景。手前の作品は中西夏之『着陸と着水』。奥は杉本博司『相模湾、江之浦』。

出展している作家は、中西夏之、ジェフ・ウォール、杉本博司、アニッシュ・カプーア、池田謙、森万里子、平野啓一郎、友沢こたお(作家の敬称略)。三島が生きた時代の日本を実感しているのは、中西と杉本だろうか。いずれの作家も飯田氏と縁が深い一方で、その世代や属性、そして作風は多彩だ。各作家の展示には作家自身または飯田氏によるテキストも添えられている。

左は森万里子『ユニティⅢ』『ユニティⅣ』『ユニティⅤ』、右壁面はジェフ・ウォール『三島由紀夫 作 「春の雪」 第三十四章より』の画像
左は森万里子『ユニティⅢ』『ユニティⅣ』『ユニティⅤ』、右壁面はジェフ・ウォール『三島由紀夫 作 「春の雪」 第三十四章より』(本記事冒頭も)。

エントランスを入るとまず目に入るのが、森万里子による『ユニティⅢ』『ユニティⅣ』『ユニティⅤ』の3作品。『豊饒の海』の第一巻、『春の雪』に描かれた清顕と聡子の関係を題材としている。森によるテキストには、「私の作品は、ふたりの魂へ焦点をあて、愛や運命の瞬間に宿る美しさと儚さを形にしたいという思いから生まれています」とある。

隣接するジェフ・ウォールによるシネマトグラフィ『三島由紀夫作 「春の雪」第三十四章より』も、『春の雪』から着想されている。この作品は次のシークエンスから生み出されたという。

「車はすでに東京へ入っていたが、空は鮮やかな紫紺になった。暁月の積雲が、町の屋根に棚引いていた。一刻もはやく車が着くようにと念じながら、彼は又、この人生に又とないふしぎな一夜が明けるのを惜しんだ。耳のせいかと思われるほど、ごくかすかな音が、多分聡子が脱いだ靴から床へ落とした砂音が背後にきこえた。本多はそれを世にも艶やかな砂時計の音ときいた」(『豊饒の海』第一巻『春の海』より)

森万里子とジェフ・ウォールの展示エリアでは、池田謙によるサウンドコラージュ『矛盾の美学』を聴くことができる。三島の声をサンプリングし、ロマン派オペラや鶴田浩二の軍歌など、三島本人の「矛盾した」音楽的嗜好(池田のテキストより)を盛り込んだというサウンドは、あたかも彼岸から響くような感触がある。

左写真は杉本博司『相模湾、江之浦』、右写真は中西夏之『着陸と着水』の部分画像
左写真は杉本博司『相模湾、江之浦』、右写真は中西夏之『着陸と着水』の部分。

次の空間には、杉本博司が2025年の正月に撮影したという、相模湾からの「海景」2点が展示されている。杉本は三島自決の年にアメリカに留学したが、その前に三島と東大全共闘の討論を見聞して衝撃を受け、「日本」そして「国体」を思い始めたと、展示にあわせたテキストに記している。

中西夏之の作品『着陸と着水』は、作家が生前、三島の『豊饒の海』について語ったことから、今回の展示につながっている。『豊饒の海』最終巻『天人五衰』の描写「この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った。庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしてゐる」。この言葉に中西は惹きつけられ、自身の作品『着陸と着水』を展開し再現することを構想していたと、飯田氏は説明する。

左は友沢こたお『Slime CCXVI』、右はアニッシュ・カプーア『無題』の画像
左は友沢こたお『Slime CCXVI』、右はアニッシュ・カプーア『無題』。

インド生まれ、英国在住のアニッシュ・カプーアは、金沢21世紀美術館の恒久展示である『L’Origine du monde』など、シンプルなフォルムのなかに深い精神性を感じさせる作品が特徴のアーティスト。カプーアはまた三島の大ファンであると、飯田氏は話していた。「私にとって、作品は抽象でも非抽象でもない。意味と無意味の間にある。明らかにただの形にしか過ぎない。だが、その裏に何かありそうだ」というカプーアの言葉を引用しつつ、飯田氏はカプーアの「VOID (空虚)」に言及する作品と、三島の世界観とを接続または対峙させようと試みている。

今回もっとも若い世代の作家である友沢こたおは、『仮面の告白』を読み、作品づくりを行ったと、プレビューの席上話していた。そしてその読書体験は「内臓が次々と痛くなるようなものだった」とも。かくして得られた感覚、思いは、作品の基調となる「青」に結びついているという。

平野啓一郎『三島由紀夫論』の画像
平野啓一郎『三島由紀夫論』

そして、本メディアにて連載中の作家、平野啓一郎は、この展覧会に作品を制作し、出展している。作品に関しては、平野本人の文章(寄稿)をぜひご一読いただきたい。この作品の衝撃的な存在感は、三島自身、三島と日本の関係、さらには展覧会タイトルにある「昭和100年」という言葉とも共鳴しているようで、興味深い。


オブジェとしての『三島由紀夫論』  
平野啓一郎

『永劫回帰に横たわる虚無』展の誘いを受けた時、最初はカタログに寄稿を求められているのだと思っていたが、キュレーターの飯田高誉氏の希望は、作品の出品だった。それで、最初は、三島由紀夫に捧げる詩を書き、朗読を披露しようと思っていたのだが、一つ、フィジカルな作品を思いつき、それを試してみることにした。
結局、この最初の案はボツになったが、その過程でもう一つ浮かんだアイディアがこの作品だった。
三島は、肉体と精神、行動と認識、政治と文学……という二項対立の緊張を身を以て生きたが、小説家としての私は、どうしても、あのまま生きていたなら、どんな作品を書いたのだろうか、どんなことを語ったのだろう、という問いから逃れられない。それを思うにつけ、本当に文学だけでは不十分だったのかとの思いも禁じ得ない。
私が三島文学に魅了されたのは、虚無と苦痛と美の故だった。
『三島由紀夫論』は、三島全集との長い対話の産物だが、私は、三島由紀夫とは何か?という問いへの私なりの答えでありながら、同時に私自身でもあるような本書を舞台として、その存在を追体験する作品を作りたかった。

平野啓一郎『三島由紀夫論』の画像

—Information

三島由紀夫生誕100年=昭和100年 『豊饒の海』 永劫回帰に横たわる虚無展

会期:2025年7月15日~9月25日
会場:GYRE GALLERY
住所:東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 3階
電話番号:0570-05-6990(ナビダイヤル、11:00~18:00)
開館時間:11:00~20:00
休館日:8月18日
料金:無料

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