心のスクリーンが記憶する優しさと切なさ。緻密な技巧の世界的先駆者「高畑勲展 -日本のアニメーションを作った男。」が開催中。

アニメーター、作画監督、演出家、プロデューサー
高畑勲

感情の機微を表現するために探究された技巧の数々。一挙に公開された制作過程に圧倒されながら、懐かしく、優しい気持ちを呼び起こしてくれる場所。宮崎駿とともにスタジオジブリを設立し、日本のアニメーションを牽引した、高畑勲。生誕90年の今年、スタジオジブリの企画協力を得て、麻布台ヒルズ ギャラリーでは9月15日(月・祝)まで「高畑勲展 -日本のアニメーションを作った男。」が開催中です。

LIFESTYLE Jul 17,2025
心のスクリーンが記憶する優しさと切なさ。緻密な技巧の世界的先駆者「高畑勲展 -日本のアニメーションを作った男。」が開催中。
『火垂るの墓』セル画+原画の画像
『火垂るの墓』セル画+原画 ©野坂昭如/新潮社,1988

宮崎駿とともにスタジオジブリを設立、日本のアニメーションを牽引した高畑勲。高畑氏の生誕90年の本年、麻布台ヒルズ ギャラリーではスタジオジブリの企画協力を得て、9月15日(月・祝)まで「高畑勲展 -日本のアニメーションを作った男。」が開催中。秋からはフランス・パリでの本展の巡回が決まっており、日本のアニメの世界的人気を窺わせる。

作品を通じて大きく成長する主人公たち。子どもたちに夢と感動を与えて

「アルプスの少女ハイジ」『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』『平成狸合戦ぽんぽこ』……数々の名作を世に生み出した高畑氏。会場には1968年に初めて演出(監督)を手がけた劇場用長編映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』に始まり、貴重な資料の数々が時系列で展示されている。

「アルプスの少女ハイジ」セル画+背景画の画像
「アルプスの少女ハイジ」セル画+背景画 ©ZUIYO「アルプスの少女ハイジ」
公式HP:www.heidi.ne.jp

戦後、東京大学に進学して上京。在学中にフランスのアニメーション映画『やぶにらみの暴君』(『王と鳥』Le Roi et l’Oiseau)を観て、衝撃を受ける。東大仏文科を卒業すると、演出助手を募集していた東映動画(現:東映アニメーション)に入社。そこで宮崎駿監督と出会う。64年にテレビアニメ「狼少年ケン」14話で初演出を担った(宮崎監督は動画を担当)。

東映動画を退社すると、テレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」「赤毛のアン」を続々とヒットさせる。作品を通じて大きく成長する主人公たち。子どもたちに夢と感動を与えていた数々のアニメを手掛けていたのが高畑氏であった。

『パンダコパンダ』宮崎駿によるレイアウトの画像
『パンダコパンダ』宮崎駿によるレイアウト ©TMS

『火垂るの墓』のセル画・背景画が初めて公開

彼の子ども時代は戦時下だった。太平洋戦争は彼の作品に大きな影響を与えている。展示会のメインビジュアルはもちろん『火垂るの墓』、そして『平成狸合戦ぽんぽこ』。『火垂るの墓』『平成狸合戦ぽんぽこ』「アルプスの少女ハイジ」のセル画・背景画が公開されるのは本展が初めて。

『火垂るの墓』にはあの「エヴァンゲリオン」シリーズの庵野秀明氏が当時、原画スタッフとして参加していた。庵野氏が描いた重巡洋艦摩耶のレイアウト、さらにそれをもとに描かれたハーモニーセルが本展初公開とあり、大きな注目を集めている(ハーモニーセルとは絵画のようなタッチで描きこまれたセルのこと。通常、セルの彩色は単色の塗り分けだが、ハーモニーはより写実的な表現を可能にするテクニック)。

『火垂るの墓』保田道世による登場人物の色彩設計の画像
『火垂るの墓』保田道世による登場人物の色彩設計 ©野坂昭如/新潮社,1988

それまでとは違った新色にこだわり、当時の日本の姿を現実的に描き出す

『火垂るの墓』は終戦間近の神戸で、悲劇的な運命に遭いながら、二人で生き抜こうとする清太と節子、兄妹の物語。戦争の悲惨さを描いた傑作でNetflixでは昨年から日本を除く190以上の国や地域で独占配信。配信初週に、Netflix週間グローバルTOP10(映画・非英語部門)入りし、大きな反響を集めた。日本でも7月15日から配信開始。これはスタジオジブリ作品としては初の日本配信になる。今年は終戦から80年。改めて作品の重要性に関心が集まりそうだ。『火垂るの墓』は技術的にも大きな意味を持つ作品。展示会では戦時下の日本の姿を現実的に描き出すためにそれまでの彩色とは違った新色を作り上げた様子を事細かに知ることができる。

日本人の顔を掴もうと今井美樹、柳葉敏郎の表情を繊細にスケッチ

芸術的リアリズムを探求した独特なアニメーション表現。『おもひでぽろぽろ』では日本人の顔を掴もうと、声の出演をした今井美樹、柳葉敏郎の表情を繊細にスケッチした。

『おもひでぽろぽろ』セル画+背景画 の画像
『おもひでぽろぽろ』セル画+背景画 ©1991 Hotaru Okamoto, Yuko Tone/Isao Takahata/Studio Ghibli, NH

また、舞台となった1982年の山形市高瀬地区の様子や高瀬駅が克明に描かれているが、失われつつある日本の原風景を作品に収めているのも高畑作品の大きな特徴。「じゃりン子チエ」にはガード下の活気あふれる商店街をはじめとした昭和らしい背景が。『平成狸合戦ぽんぽこ』では四季折々の美しい里山が土地開発によって切り崩されていく様子が鮮烈。

『平成狸合戦ぽんぽこ』イメージボードの画像
『平成狸合戦ぽんぽこ』イメージボード ©1994Isao Takahata/Studio Ghibli, NH

情緒の豊かさ、感情の揺れは、水墨画のような手書き風タッチだからこその表現

『平成狸合戦ぽんぽこ』ですら記録映画と捉えていた高畑氏はいつしか追い求めてきたリアリズムが観客の想像力の余地を奪っているのではないかと危惧するようになっていた。『ホーホケキョ となりの山田くん』、さらに10年以上の時を経て発表され、遺作となった『かぐや姫の物語』では作品のタッチがあからさまに変化している。アニメーターの線から生まれる水墨画のような手書き風タッチは一見、シンプルそうでありながら、複雑で、さまざまな感情を掻き立てられる。

特に『かぐや姫の物語』が米アカデミー賞ノミネートなど世界的に評価されたのは、日本らしさが感じられる作風でありながら、観る者を選ばない自由で豊かな表現に裏付けされたものだろう。改めて、日本のアニメを世界最高峰のレベルへと押し上げ続けた高畑勲氏の手腕に目を見張る。

『かぐや姫の物語』男鹿和男による姫の着物の色のシュミレーションボード の画像
『かぐや姫の物語』男鹿和男による姫の着物の色のシュミレーションボード ©2013 Isao Takahata, Riko Sakaguchi/Studio Ghibli, NDHDMTK

世界観に没入できる「高畑勲展 特設グッズショップ」やコラボカフェ「喫茶 高畑勲展」も充実

音声ガイドは『かぐや姫の物語』阿部右大臣役の伊集院光がナビゲーターを務め、ナレーションは声優の玉川砂記子。高畑勲、スタジオジブリと縁のある岩井俊二監督が選んだ公式プレイリストがセットになっている。

「高畑勲展 特設グッズショップ」では正吉のぬいぐるみキーホルダーなど、展覧会オリジナル商品も充実。コラボカフェ「喫茶 高畑勲展」ではパパンダカレー(通期)、俺達の好きなバーガー(前期)、山の上のランチセット(後期)など、作品にインスパイアされたメニューが堪能できる。

平日には来場者特典として、曜日ごとに異なる本展限定デザインの特製ペーパーケースがプレゼントされる。

本展限定デザインの特製ペーパーケースの画像

 

「高畑勲展一日本のアニメーションを作った男。」

東京都港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階
開期:2025年6月27日(金)〜2025年9月15日(月) 
開館時間:10:00〜19:00
料金:一般2000円、大学生・専門学生・高校生1700円、4歳〜中学生1400円
麻布台ヒルズ ギャラリー

PROFILE
アニメーター、作画監督、演出家、プロデューサー
高畑勲

たかはたいさお/高畑勲 1935年、三重県生まれ。1959年、東京大学文学部仏文科卒業後、東映動画に入社。同僚の宮崎駿と共にAプロダクションを経てズイヨー映像へ移籍し、テレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」(74)「母をたずねて三千里」(76)「赤毛のアン」(79)などの演出・監督を担当。1984年、宮崎監督のアニメ映画『風の谷のナウシカ』のプロデューサーを務め、共にスタジオジブリ設立。『火垂るの墓』(88)『おもひでぽろぽろ』(91)『平成狸合戦ぽんぽこ』(94)『かぐや姫の物語』(2013)など数多くの作品の脚本、監督を務めた。98年に紫綬褒章受章。2009年にスイスのロカルノ国際映画祭で名誉豹賞を、14年にフランス・アヌシー国際アニメ映画祭で名誉クリスタル賞を、翌年にフランス・芸術文化勲章を受章。


MOVIE WRITER
髙山亜紀

フリーライター。現在は、ELLE digital、花人日和、JBPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。

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