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初のノーベル文学賞を受賞したオルハン・パムク、フランスの歴史学者アラン・コルバンの長編大作が登場。さらに、AI時代に生身の人間が書いた小説ができることにも話題が飛んで・・・。
小説家・平野啓一郎と金原ひとみが、「自分に影響を与えた3冊」をお互いに紹介。後編のラスト1冊は、トルコ初のノーベル文学賞を受賞したオルハン・パムク、フランスの歴史学者アラン・コルバンの長編大作が登場。さらに、読者からの質問に答え、今多くの人が気になるAI時代の小説についてなどにも意見が交わされました。
平野啓一郎と金原ひとみが影響を受けた3冊を語る!お互いに被った小説家は誰?(前編)はこちらから
対談者:金原ひとみ
小説家/1983年東京都生まれ。2003年第27回すばる文学賞 『蛇にピアス』で デビュー。04年、同作で第130回芥川賞を受賞。08年映画化。10年『TRIP TRAP』で第27回織田作之助賞、12年『マザーズ』で第22回Bunkamuraドゥマゴ文学賞、20年『アタラクシア』で第5回渡辺淳一文学賞、21年『アンソーシャル ディスタンス』で第57回谷崎潤一郎賞、22年『ミーツ・ザ・ワールド』で第35回柴田錬三郎賞を受賞している。他『パリの砂漠、東京の蜃気楼』、『デクリネゾン』、『腹を空かせた勇者ども』、『ハジケテマザレ』などがある。
平野啓一郎(以下、平野):いよいよ最後の作品です。金原さんがもってこられたのは、オルハン・パムクの『無垢の博物館』(早川書房/宮下遼訳)ですね。
金原ひとみ(以下、金原):フランスに移住してしばらくした頃に読んだ作品です。主人公にはすっごく好きな女性がいて、ストーカーをして彼女の吸殻とかまで持ち物をどんどん蒐集するんです。そういう非常にぐずぐずした男性が主人公の物語で、上巻は冗長なところがあるのですが、下巻で物語が動いていきます。私が衝撃を受けたのは、下巻の最後の最後で急に、「こんにちは、オルハン・パムクです!」っていきなり視点が著者に切り替わるんです。それまでは勝手に著者(パムク)と主人公を重ね合わせていたこともあり、主人公を愛しいと思っていたのが、その瞬間に、主人公がすっごく気持ち悪い男に印象が転換。でも最終的には、それも含めてすべてを昇華していく強烈な世界観へ持っていく手法が、私には衝撃的でした。小説とはこういうものという、私の漠然とした思い込みを、外側からひっくり返してくれた1冊です。
読む場所や環境で変わる自分の読書感覚。長編小説を読むには東京の時間の流れは特殊
金原:トルコはイスラム圏でありつつ、ヨーロッパに最も近い国ゆえの、引き裂かれるような感覚が、パムクの小説にはかなり書かれています。
平野:そうですね。トルコはEU加盟されていますが、日本人からすると、ヨーロッパなのだろうか、と不思議に思えるところもありますね。
金原:わたしたち日本人が欧米化していって、アジア的な部分と引き割かれた感覚に近しいように思います。その部分、読んでいると本当に共感できるんですよね。トルコにいてフランスに旅行もしている記述など、自分が生きている国の息苦しさと、そこから出ることの開放感みたいなところを描いていて、フランスにいた当時、私はすごく共鳴しました。住む場所によって自分の感覚がどんどん狭まっていく感覚は、この作品に感化されたところがあります。
平野:僕はパムクの『雪』を読みましたが、正直、冗長に思うところもあり、よく読者が辛抱してついて来てくれるなと思いました。僕自身、『葬送』を書いた時は、冗長なところもすべて描いていましたけど、その後、長編小説の書き方を考えていくときに、デザイン的にまとめる方法も考えるようになりました。
金原:パムクはベストセラー作家ですけれど、日本にいると結構「これが?」と思えるところがあります。私もフランスにいたからこそ読めたんだと思います。やっぱり体感的な時間が違うのかなと思いますね。どういう環境に置かれているかで、かなり変わってきますね。
平野:それはありますよね。僕もフランスにいたときは、たまたま時間があったのか、時間の流れ方が東京とパリで違うのか、1年しかいなかったんですが、ドストエフスキーとかの長い小説も結構読めました。東京にいると、なかなか辛抱強く読めなくて。用事があるから読めないのか、東京という街が特殊なのかと考えることがありますね。
金原:特殊だと思います。自分もフランスから帰国して、猛烈に仕事しなきゃ、と思いました。みんなが仕事しているからで、この時間の波に乗らないとついていけないのかと焦燥感を煽ってきますね。
平野:大学時代、トーマス・マンが好きだったから、『魔の山』とか『ブッテンブローク家の人々』などの大長編を結構読みましたが、京都いたから読めたのかもしれないと思いますね(笑)。
平野:最後に僕の選んだ作品は、フランスの歴史学者アラン・コルバンの、『男らしさの歴史』(藤村書店 / 鷲見洋一、小倉孝誠、 岑村傑訳)です。昨今フェミニズムがいろんな形で議論されている中で、「男らしさ」は基本的に全否定されているような価値観で、僕も嫌いなんですが、そのことについても考えさせられる本です。
全部で3巻あるのですが、古代ギリシャから今に至るまで、「男らしさ」の変遷が共同研究のような形で書かれています。たとえば戦争時代は戦地で勇壮に戦うのが男らしさだったけれど、中世の宮廷文化では、詩を書いて優美に女性を口説くのが男らしくてかっこいいと。
女性に対するアプローチの仕方も、19世紀は、当時流行したポルノの影響で、女性を征服するのが男らしさの象徴のようになっています。この辺は文学作品だけ読んでいても、なかなか見えてこないところですね。
20世紀になって、広範に女性の性意識の調査がなされて、女性もエクスタシーがあることがわかって、それを与えられてないかもしれない、という不安が男に生まれ、男らしさをどう回復していくかということに悩み始めるという情けない話も、学術的に詳細に書かれています。
金原:それまで男性は自分を顧みることがなかったんですね(笑)。
平野:今日持ってきたのはVol.2で、19世紀の話は現代に直結している話が多く、すごく面白くて付箋だらけです。結論としては、「男らしさ」は社会にとって何も良いことはないな、というか、自分の中の悪しき男らしさが、歴史的にこういう経緯で成り立ってきたとわかると、身につまされるんですね。
金原:女性にはあまり必要ないかもしれないですけどね(笑)でも現代の男性たちに一番必要な視点が詰まっているのではないでしょうか。
平野:これを読んで僕は、『カッコいいとは何か』を書いたんですよね。
金原: 『カッコいいとは何か』が出たときに、結構ショッキングだったんですよね。男性たちはすごく沸き立っている感じがしました。なぜそこにこだわってしまうのかということや、「カッコいい」という言葉を使っている現代の人にとって、「男らしさ」と切り離せないものだということがわかります。
平野:かなり長い間、「男らしさ」と「カッコいい」は結びついていましたが、90年代ぐらいから、女性誌が「カッコいい女性」という表現をし出したんです。男女共同参画の時代とリンクして、自分たちのロールモデルになるような女性の生き方というのも、「カッコいい」と表現するようになった。自分ではものすごく手応えを感じて書いたんですが、あまり評価されなかった気もします(笑)
金原:いえいえ、この本が『男たちの歴史』の現代版なのかなと思いましたね。本当にこんなところまで掘り下げるんだと思いました。本の厚みに本当に意味があることがわかります。平野さんはいいな、こんなふうに書けたら幸せだろうなと思いました。
平野:そう言っていただけて大変嬉しいです。ありがとうございます。
STAFF
Photo: Manabu Mizuta
Movie: Cork
Text: Jun Mizukami
Editor: Yukiko Nagase,Kyoko Seko
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