禁断の不倫が夫婦の純愛をあぶり出す“振りきったな”と感じた現代版・谷崎映画『鍵』。愛は嫉妬を越えるのか?

俳優
吹越 満

人生の終わりを語るにはまだ早いけれど、死を意識する年齢に差しかかった夫婦。そしてそのときは突然やってくる。残される妻への愛情は、欲望に、寛容、嫉妬、複雑な感情がまとわりついて静かに加速していく。谷崎潤一郎原作『鍵』が令和の空気をまとい映画化。複雑に揺れ動く感情の紆余曲折に戸惑う成熟した男を、吹越満が静かな情念を湛えて演じている。

LIFESTYLE Jun 4,2026
禁断の不倫が夫婦の純愛をあぶり出す“振りきったな”と感じた現代版・谷崎映画『鍵』。愛は嫉妬を越えるのか?

今なお人々を魅了する谷崎潤一郎の文学。『鍵』は夫婦が互いに綴る日記の形式を通じて、性と愛の深層が描かれる名作。谷崎が70歳の時に発表した小説で、これまでにも市川崑や神代辰巳といった、名だたる監督に映像化されてきた。谷崎生誕140周年を迎える今年、官能純文学の傑作である『鍵』をいまおかしんじ監督が舞台を現代に置き換え、夫婦愛の物語として再構成。主演は吹越満。余命半年の宣告を受けた主人公が年の離れた妻のために自身の部下との浮気を進言し、そのせいで嫉妬に苦しむ。死を目前に燃え上がる男の執着がユーモアたっぷりに描かれる。

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工務店を営む剣持耕三は余命半年の宣告を受け、歳の離れた妻・郁子を案じて、部下の木村と浮気させようと画策。(C)2026「鍵」製作委員会

好きという思いは誰もが持っている感情。表現方法は生きている人の分だけ、何通りもある

――『鍵』が夫婦愛の物語に生まれ変わるとは思いませんでした。果敢な挑戦に驚きましたが、吹越さんは話を聞いて、どう感じましたか。出演を決めた理由はどんなところにあったのでしょうか。

「どんな作品でも役でも声をかけていただくのはうれしいことです。オファーがあった時には、何度も映画化されている『鍵』をどんな風にするんだろうと興味が湧きました。ただ、撮影の予定日があいにく出演する舞台の稽古と重なっていて、スケジュール的に難しそうだったんです。そしたら、舞台の本番である東京公演と地方公演の合間にスケジュールを動かすと言ってくださったので、そこまでしてくださるならとお受けしました。逆に大変だったんですけど(笑)」

吹越 満さんと菅野 恵さんの画像
「一日でも長く生きて郁子を抱きたい。もっともっと抱きたい」。(C)2026「鍵」製作委員会


――市川崑監督(1959年、京マチ子、仲代達矢、中村鴈治郎出演)、神代辰巳監督(1974年)、木俣堯喬監督(1984年、松尾嘉代、岡田真澄出演)など、これまで何度も映像化されていますが、吹越さんにとっての『鍵』のイメージはありましたか。

「柄本明さんが出演したもの(1997年。池田敏春監督。川島なお美主演)を観た記憶があります。谷崎潤一郎の原作も読んでいました。谷崎というと、『春琴抄』や『陰翳礼讃』など、時代感や風景など、どうしても現代とは違った絵面を想像してしまいます。その時代だからこその暗さみたいなものを一番、最初に思い浮かべますが、今回は撮影に至るまでの過程で台本が変わっていって、まるっきり現代の話になったんです。最終的な台本を読んで、“振り切ったな”と思いました。それがいいのか、悪いのかという判断は僕にはできません。谷崎潤一郎ファンがどう思うのか。あるいは原作に触れたことがない人が映画を観て、新しいイメージで原作を読んでみることもあるかもしれません。そういった反響が楽しみではあります」

――不倫に否定的な現代において、あえて三角関係を扱って、夫婦の純愛を描く面白さを感じました。吹越さんは台本を読んで、どう思いましたか。

「原作には、言ってみれば、すごく嫌なものがたくさん、盛り込まれています。そこをあえてポップなアレンジにすることを最大の目的にしているのかなと思いました。今の社会にはタブーとされているものが多いですよね。実話を映画化しているものもありますけど、映画ですから、お話を作るにはそういったものも入れていかないと面白くなりません。台本を読んで、わからないことはありませんでした。嫉妬というものは好きっていう気持ちを伝えようとする感情の内にあるものだと思っているんです。決して、憎しみではない。好きという思いは誰もが持っている感情ですけど、表現方法は生きている人の分だけ、何通りもある。さらに言えば、その分だけ、映画の本数があるのかなと思いました」

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妻・郁子は『海の沈黙』(若松節朗監督)で映画初出演ながら存在感を残した菅野恵。(C)2026「鍵」製作委員会

――「わからないことがない」というのは演じる剣持耕三に対して、吹越さん自身、共感する点が多かったのでしょうか。「どちらかというとMの僕が思いきりMのおじさんを演る」とコメントされていましたが、例えば、どんなところに共感しましたか。

「僕自身の中にある共感というより、一緒に歳を取ってきた、周りの同世代の友だち連中もそうですね。彼らから女性の話を聞くと、年齢とともに感じる体の変化にみんな同じ悩みを持っていて、理解できます。はっきり言うと、必要な時に機能しないということは結構、笑っていられない話なんだなと思います。切実だからこそ笑えるってことじゃないでしょうか。この作品の場合は結婚している夫婦の話ですが、50代後半の独身の友人が久しぶりのデートの前に、流れでそういうことになった時に果たして、大丈夫だろうかと真面目な顔で、不安を抱えているんですよ。そんなことにはならないのかも知れないですけど、何か用意しておかなければならないんじゃないかと焦っている姿は側から見たら、滑稽でもあります。結局、必要なシチュエーションにはならなかったりするんですけど(笑)」

ヒモ状態になってしまうかもしれません。それでもいいっていう人じゃないと一緒にいられない

――この作品は夫婦のストーリーなので、終活についても、考えさせられます。吹越さんは結婚観や夫婦の在り方について、改めて考えたことはありますか。

「確かにこの映画のように夫婦なら、年齢的にそろそろ終活の話になるかもしれないですよね。約束などしなくても、元気なら、自然にこのまま、ずっと二人で一緒にいるものだと思っているのでしょうか。僕は今、独身になったんですけど、終活という活動の中で、そういった話し合いもまた、必要なんじゃないかなって思うんです。ニュースで時折、老老介護が引き起こす事件を耳にしますが、そんなことになるくらいなら、もっと早いうちに話し合っておいた方がいい。前向きな気持ちで、今のうちに別れた方がよいのかどうか、検討することも必要だったりするんじゃないのかなと思います。僕の場合は独身なので、これから出会う女性がいたら、話しやすいですね。『お付き合いしましょう』となった時に『本当にいいんですか』となると思うんです。子どもも諦めている年代同士で交際して、この先、弱っていくだけ。となると、深い関係になる前に話し合って、近寄らないことも選択できる。好きになるような働きをお互いしなければ、友だちでいられます」

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郁子への想いを捨てきれない剣持は身体の衰えとは裏腹に次第に嫉妬を募らせていく。(C)2026「鍵」製作委員会

――吹越さんはこの先の人生設計を、独身であることを前提に考えていらっしゃるんですね。

「一応、今のところ、そう思っています。僕より少し若いお相手なら、僕より長く仕事をすることになる。そう思ったら、俺はヒモ状態になってしまうかもしれません。それでもいいっていう人じゃないと一緒にいられないです」

――吹越さんから見て、結婚は枷なのでしょうか。

「枷になっている部分も含めて、結婚なのでしょう。したい人はすればいいし、嫌だったら、離婚すればいい。僕は2度、同じ人と結婚して、離婚している経験があります。娘もいますし、先方の奥さんが連れていた子どもも30歳を過ぎました。そういう意味で言うと、一通り経験しています。周りの50代後半で結婚したことがない人たちとは違う感覚の独身だと思います」

死生観に関しては今のところ、普段は全く考えていないですね

――死を意識することで、生きることに執着する剣持の人間らしさに誰もが感情移入すると思いますが、吹越さんはどのように感じましたか。

「この映画の主人公は末期癌ですけれど、死ぬ時は本当に一瞬で死にたいですよね。去年の3月に親父が死んだんです。93歳だったんですけど、見ていると長生きするのもなかなかきつい。最後はよく頑張ったと思いました。自分で選べないですからね。むしろ選んじゃまずい。終わりに近づいていることは確かですが、こうする、こうしたいという考えがあるかとなると、死生観に関しては今のところ、普段は全く考えていないですね。ラッキーなことにがん家系ではないですし、血液、尿、先日、胃カメラもやりましたが、悪いところはありません」

――検査は定期的にしていらっしゃるんですね。

「しています。性格によるもので、胃が弱いみたいなんです。ストレスがかかってくると、胃が痛くなる。ずっと胃薬を飲んでいたんですけど、年齢を考えて、しっかり検査してみたら、すごい胃潰瘍の跡が二つ、見つかったんですよ。原因はピロリ菌でした。除去後の経過は順調で、それまでは白米のご飯を食べると、直後に必ず胃が痛くなっていたんですけど、軽減されました。ピロリ菌はもうないんですけど、性格は変わらないので、相変わらず、ストレスで胃に負担がかかります。って何の話をしているのでしょうか(笑)」

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「新たな『鍵』としておかしみと温もりのある作品になっていると感じました」と菅野。(C)2026「鍵」製作委員会

嫉妬から発生する憎しみ、怒りみたいなものはない

――吹越さんには飄々としたイメージがあるので、意外です(笑)。「嫉妬」を感じるようなことはあるのでしょうか。

「ありますよ、すごく。人と比べられないものですけど、普通にちゃんと人並みにあると思います」

――今回、妻の浮気相手である木村を演じている小出恵介さんに対して嫉妬したり、羨ましいと思うことなどはありましたか。

「年齢的な若さなどを羨ましく思う感覚は、僕自身にはないですね。誰かに対しては思わない。例えば、僕に奥さんがいて、相手の男性に腹を立てるとか、嫉妬から発生する憎しみ、怒りみたいなものはない。羨ましさもないです。一方で、彼女が自分のことを見てくれない時には子どものように感情が昂りますね。最近はそういう関係もあまり、ないですけど(笑)。若い頃を思い返すと、どうしていいのかわからない感情を一人で持て余して、自分に返ってくるようなことがありました。ブロック塀を殴って、手を怪我したり、大切な傘に当たって、壊して、次の日、すごく後悔するとか。子どもの頃から、短気なんです」

――若さに対して嫉妬しないということは、ご自身の年齢に関してどう意識していますか。精力的にお仕事なさっていますが、エイジングについて、どう考えていますか。常日頃から心がけていることなどはありますか。

「細かい、いろんなことに老いは感じるんですよ。歳をとってくると、残念なことがいっぱいある。若い頃のことを忘れられていればいいんですけど、できたことができなくなるっていうのはすごく嫌なことだと思います。仕事で、できることをできないふりをすることがありますけど、やれると思っていたことができなくなってくることが一番、落ち込むかな。かといって、抗うのも嫌だなと思うんです。若く見られたいとか、全く思わない。そう思うのは人それぞれだから、人のことはなんとも思わないですけど」

吹越満さんと菅野恵さん、小出恵介さんの画像
物語のキーパーソンとなる男性・木村に小出恵介が扮する。(C)2026「鍵」製作委員会

自分から能動的に動いて作るものには、“早くやっておかないと”という思いがあります

――年齢とともに作品の選び方など、変わってきましたか。

「あんまり考えてはいないです。作品を選ぶようなことはあんまりしていないような気がする。人によっては、どうしてもやりたいものだったら、既に決まっているものを動かしてやることもあるのでしょう。僕はなるべく順番です。時間的に無理なものはしょうがない。いい仕事がきたらうれしいし、いい仕事じゃなくても、“じゃあ、いい仕事じゃないって何?”と立ち止まって考える。かっこつけるわけじゃないですけど、良くない仕事だっていうものが本当に来たのだとしたら、それをいい仕事にすればいい。だとすれば、自分がやりたくない仕事なんて、ないです。インタビューだから、あえて言葉にしていますけど、それはまんざら嘘じゃないかもしれないです」

――できたことができなくなっていくなか、仕事への意識はどうですか。

「生活するための収入を得るためにやるものを仕事だと考えたら、来たものをやるのは当然なんですけど、同時に自分から能動的に動いて作るものには、“早くやっておかないと”という思いがあります。やり残したことはなんだろうか。仕事に関わること以外でもそうかもしれない。『1人の舞台、最近、やってないですね。もうやらないんですか』とよく、言われます。やらないと決めているわけじゃないので、まだやれるうちにやろうかなってやっぱり、思うんです。このまま、じっとしていたら、やれなくなっちゃうだろうから、その前に、事を起こさなきゃいけないとは思っています。若い頃と同じことはどうしたってできないし、違うことになるだろうと思うけど、それは日々、考えてはいます。全盛でやっていた頃のものとは違う形で現れる可能性はありますね。どうでしょうね(笑)」

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元妻も登場し、剣持だけでなく、妻・郁子もまた、嫉妬が止まらない。(C)2026「鍵」製作委員会

――動くために筋トレなど、普段からしていますか。

「それは一番必要なことですね。運動とトレーニングは欠かせません。普通の人がジムに行ったりするように、趣味も兼ねて、なるべくやるようにしています。お金にはなりませんけど、お金を払って仕事をしているみたいな感覚です」

――最近はライティングセラピーやジャーナリングなど、書く瞑想を求めて、それこそ日記を書く人も増えていますが、そちらに関してはどうですか。

「日記ではないですけど、思いついたことは書いています。そこに日付をつければ、日記になるのでしょう。ネタ帳的なものは携帯のメモに入れています。自分で台本を作る時は携帯を開いて、全部、文字にして、パソコンではなく、ノートに書き込みます。僕の携帯には企業のトップシークレットが入っているわけです。なくすと、何千、何億という財産を失うことになります(笑)。単体ではどうしようもないものだけど、例えば、舞台をやる時などにすごいアイデアになって、生きてくるんです」

人の力ではどうにもならない自然の作用にものすごく感動したりする

――60代になった吹越さんの「ソロ・アクト・ライブ」、楽しみにしています。最後になりますが、吹越さんにとって幸せとは?どんな時に幸せを感じますか。

「感動的なものってあるじゃないですか。あくまでも感動的なものであって、それを見て感動する行為は果たして、本当の感動なのかと僕は思うんです。感動した人はそれでいい。でも僕は、感動させようとしてやがると思うんです。本来、人って、何にでも感動できる才能を持っているはず。他の人に伝わらなくてもいい。人と一緒じゃなくてもいい。例えば、いつも見ている歩道の木の葉っぱに、翌朝まで降っていた雨が、水滴となって、ぼたっと落ちる瞬間を見て、人の力ではどうにもならない自然の作用にものすごく感動したりする。そういったことに感情を動かせる才能を人は持っている。そういうものに出合った時に感じられることが幸せなのかなと僕は思います」

吹越満さんと菅野恵さんの画像
「俺が死んだ後、誰かに抱かれるなんて我慢できない」。死を前に燃え上がる男の執着と偏愛の行き着く先は?(C)2026「鍵」製作委員会

「鍵」

2026年6月12日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開
出演:吹越満 菅野恵 小出恵介 丸純子 那波隆史 佐倉萌 新藤まなみ 釜國まひろ 治田敦
配給:ムービー・アクト・プロジェクト
制作:レジェンド・ピクチャーズ
2026年/日本/94分/カラー/ステレオ/R-15作品©2026「鍵」製作委員会
公式サイト:https://mikata-ent.com/movie/2209/

PROFILE
俳優 吹越 満
俳優
吹越 満

吹越 満/ふきこしみつる 俳優。11965年2月17日生まれ。青森県出身。近年の主な出演作に、「Winny」(松本優作監督)、「リボルバー・リリー」(行定勲監督),「Love Will Tear Us Apart」(宇賀那健一監督)、「i ai(アイアイ)」(マヒトゥ・ザ・ピーポー監督)、「アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師」(上田慎一郎監督)、「フロントライン」(関根光才監督)、「アフター・ザ・クエイク」(井上剛監督)、「兄を持ち運べるサイズに」(中野量太監督)、「未来」、ドラマでは「9係」&「特捜9」全シリーズ、「キンパとおにぎり~恋する二人は似ていてちがう~」(テレビ東京系)、「東京P.D. 警視庁広報2係」(フジテレビ系)、6月28日から放送の「勿忘草の咲く町で~安曇野診療記~」(NHK BS)などがある。6月12日(金)に主演映画「鍵」、6月27日(土)に映画「バナ穴 BANA_ANA」の公開が控えている。


MOVIE WRITER
髙山亜紀

フリーライター。現在は、ELLE digital、花人日和、JBPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。

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