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色褪せることなく、美しさを持続できるエナメル文字盤。製作できる技術者は少なく、生産数も限られることから、その時計は愛好家向けのコレクターズアイテムとなっている。見本市であるウォッチ&ワンダーズ ジュネーブだからこそ見ることができた珠玉のアートピースをご紹介する。
時計の文字盤で、今も昔も最高級品とされるのがエナメル文字盤だ。金属の素地に釉薬を載せ、高温で焼いてガラス質に変化させる技法である。
焼成の際、金属とガラスは熱での伸縮率が異なるため、焼成後の冷却時に歪みが生じやすく、破損が多いことがエナメル製造を困難なものとしている。そのため、熟練の技術を要し、時計業界でも限られたブランドしか作ることができない。しかしその完成品は、日焼けや酸化による変色が起こりづらく、その美しさは長い年月を経ても維持される。つまりエナメルは、製造の困難さと美しさの持続性によって、工芸的な価値が高いのだ。
エナメル技法といっても、いろいろな技法がある。その多くは約800度前後の高温で焼成するグラン・フ―で製作される。そして図案の輪郭を金線で区切り、エナメルで色分けするクロワゾネ(有線七宝)、下地の金属を彫り、その窪みにエナメルを施すシャンルヴェ、暗色下地に白エナメルで陰影を描くグリザイユエナメル、ギョーシェ装飾を施した上に透明なエナメルを載せるフランケ・エナメル、金箔・銀箔(パイヨン)の上に透明なエナメルを施すパイヨン・エナメル、極細筆で人物や風景、動物などの多色を用いて細密画を描いて焼くミニアチュールエナメルなどエナメル技法も多様化している。
とりわけ多色使いのエナメルは一色ごとに焼成が必要な場合もあり、工程数が多くなる。さらにエナメル顔料は焼成で発色するため、焼き上がるまで最終的な色味がわからないという難しさもある。
新作でもそうしたエナメル技法を駆使して、風景から動物、夜空までアートの域まで高めたエナメルウォッチが数多く登場した。そんなウォッチを見ていこう。
19世紀、日本の浮世絵師であった葛飾北斎は東洋と西洋の美術運動の架け橋となる存在であった。ジャガー・ルクルトは2018年『富嶽三十六景』シリーズから始まり、『諸国瀧廻り』シリーズまで、その作品をミニアチュールエナメルによってレベルソで再現してきた。
今年はその『諸国瀧廻り』シリーズの最終作として4モデルが登場。『相州大山ろうべんの滝』、『東海道坂ノ下清滝くわんおん』、『美濃ノ国養老の滝』、『東都葵ヶ丘の滝』だ。その中からご紹介するのはレベルソの裏面に描かれた『東都葵ヶ丘の滝』モデル。静止画なのに、水が流れ落ちる滝の躍動感が見事に表現されている。力強い流れが岩肌を伝い、滝の源流となる静かな湖水と滝壺の荒々しい水流のあいだに、鮮烈な静と動のコントラストを生み出した。
これは2cm²の文字盤の裏面にエナメル細密画で描かれ、14層のエナメルを800℃で焼成し、各層を完全に硬化させながら重ねていく工程には、合計で80時間に及ぶ緻密な作業を要する。表面には360本に及ぶ線が施されたギョーシェ彫りを施し、その上から4~5層の半透明カラーを重ねるフランケ・エナメルを採用する。

1912年に誕生した亀の甲羅をモチーフのトノー型フォルムの「トーチュ」から、数多くの新作が登場した。そのハイライトは、カルティエの象徴でもあるパンテールを文字盤からケースまで大胆にあしらったメティエダール ウォッチだ。
全面に雨が降り注ぐ中、メゾンのアイコンであるパンテールが描かれている。最大の特徴は、西洋画ではあまり見られない“雨そのもの”を可視化した点だ。これは葛飾北斎や歌川広重といった浮世絵の影響が見て取れる。この浮世絵的な構図をメティエダールによって表現しているのだ。
雨粒の表現にはシャンルベエナメルの技法が用いられている。まず下地を彫り、その上に半透明のエナメルを塗って焼成、その後金箔や銀箔をあしらい、さらにエナメルを塗り重ねて焼成する。これはパイヨン・エナメルを応用した複合技法である。雨粒はひとつひとつ異なるカラーエナメルで構成され、15種類の色調を用いながら36回以上の焼成を重ねた。わずかに膨らんだエナメルの立体感がパンテールとの間に奥行きを生み出している。さらにパンテールの目にはツァボライト、鼻にはオニキスがセットされている。トーチュとパンテールというカルティエを代表する2つのモチーフを融合させた1本だ。

七夕伝説をモチーフにして、織姫(ベガ)と彦星(アンタイル)の逢瀬を文字盤上に再現した「レディ ランコントル セレスト」。それを表現するために数々のエナメル技法を駆使して情景を描き出した。
まずホワイトゴールド製の恋人たちは、ローズカットダイヤモンドによる顔で表現され、お互いを見つめ合うように配置。織姫(ベガ)の頭部のダイヤモンドやダイヤモンドの月のセッティングビーズも情景の一部となっていて、芸が細かい。背景となる星空には複合的なエナメル技法を採用。貴金属に彫り込まれた窪みにモチーフを描き、そこへ幾層ものエナメルを流し込んで各工程ごとに焼成するシャンルヴェ エナメルに加え、濃紺の空と白い星のコントラストを効かせた2色のエナメルで表現したグリザイユ エナメル、さらに細かな天の川を描いたミニアチュールペインティングによって、誌的な夜空を浮かび上がらせた。

さらに手前の雲は金枠だけで裏板を持たず、ステンドグラスのように光を透過させるプリカジュール エナメルで表現。それに加えてプリカジュール エナメルに直接ダイヤモンドを固定する独自技術の“セッティング イン エナメル”を施すことで、透明感と透過性を向上させた。メゾンのメティエダールを満喫できる1本といえる。

クロノスイスのパルスコレクションに、GMT機能を搭載した新作が登場した。2つのインダイヤルのうち、3時位置はローカルタイム、9時位置は第2時間帯を表示する24時間表示を備え、2つの地域の異なる時刻を確認できる。センターから伸びるブルースティール針は、太い針が分針、細い針が秒針を示している。このユニークなレギュレーター表示は、クロノスイスのDNAを感じさせる。
天空に見立てた文字盤中央には、エナメル技法による装飾をあしらった。まずクロノスイスが得意とする、100年前の手動旋盤機を用いて、ホワイトゴールド製の文字盤にギョーシェ彫りを施す。その上から半透明のブルーエナメルを幾層にも塗り重ね、高温で焼成することでうっすらとギョーシェの模様が浮かび上がるネイビーの空を表現した。さらにその上から星型に切り出した金箔を配置し、さらにエナメルでコーティングして星が輝く天空を浮かび上がらせた。これは前者がフランケ・エナメル、後者がパイヨン・エナメルという技法の重ね技で、長い工程を経て完成したものだ。実用的なGMT機能と伝統的な職人技でまとめ上げた点に、クロノスイスの魅力が現れている。

STAFF
Writer: Katsumi Takahashi
Editor: Kyoko Seko
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