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小説家・平野啓一郎氏と金原ひとみ氏が、互いに「自分に影響を与えた3冊」を選び、深掘り対談。前編では、それぞれが2冊の本を紹介。偶然重なったドストエフスキー作品については、特に熱いトークが交わされました。
対談者:金原ひとみ
小説家/1983年東京都生まれ。2003年第27回すばる文学賞 『蛇にピアス』で デビュー。04年、同作で第130回芥川賞を受賞。08年映画化。10年『TRIP TRAP』で第27回織田作之助賞、12年『マザーズ』で第22回Bunkamuraドゥマゴ文学賞、20年『アタラクシア』で第5回渡辺淳一文学賞、21年『アンソーシャル ディスタンス』で第57回谷崎潤一郎賞、22年『ミーツ・ザ・ワールド』で第35回柴田錬三郎賞を受賞している。他『パリの砂漠、東京の蜃気楼』、『デクリネゾン』、『腹を空かせた勇者ども』、『ハジケテマザレ』などがある。
平野啓一郎(以下、平野):今日は金原ひとみさんをお招きして、ルイ・ロデレール2016年のロゼをいただきながら、お互いが心に残る3冊の本について話していきたいと思っています。お久しぶりにお会いしますね。
金原ひとみ(以下、金原):はい、平野さんに最初に会ったのが、私のデビューしたての頃で、女性誌での対談だったのですが、その頃の平野さんは、今よりもニヒリスティックな方という印象でした(笑)
平野:そうでしたか(笑) 金原さんの芥川賞受賞作の『蛇にピアス』非常にセンセーショナルで、当時、瀬戸内寂聴さんがすごく興奮して、「谷崎の『刺青』が霞んで見えるわ!」と絶賛されていたのが印象的でしたね。僕も好きな作品なので、瀬戸内さん気が合いますねと話しました。
金原:大変嬉しいです。
平野:少し前に、金原さんの『パリの砂漠、東京の蜃気楼』という本が文庫化されて、あとがきを書かせてもらいました。エッセイのようにも一人称体の小説のようにも読めるような内容で、僕の大好きな作品です。金原さんのパリ滞在の様子が詳しく書いてありますが、そもそも書くきっかけは何でしたか?
金原:Bunkamuraのドゥマゴ賞を頂いたのがきっかけで、ウェブでのエッセイの依頼があり、お受けしました。後から振り返ると、あの時期に依頼を頂いたのはとてもいいタイミングでした。毎回のエッセイが思ったより長くなり、帰国後の東京の1年間も引き続きそのまま書いて、最終的に本にすることができたんです。平野さんの解説によって完成したような作品なので、みなさんぜひお読みください。
平野:では、まず1冊目、作家になるのに影響を受けた本と題して、金原さんはジョルジュ・バタイユの『眼球譚』(河出文庫 / 生田耕作訳)と、僕はミルチャ・エリアーデの『鍛冶師と錬金術師』(せりか書房 / 大室幹雄訳)を持ってきました。
平野:金原さんはデビューの頃から、バタイユ特有の、生々しい描写が好きだとおっしゃっていましたね。
金原:私はほとんど学校に行かず、小学校も行ってなければ、中学校も行ってないという状態で、本当に文学部の「ぶ」の字も知らず、ただ小説を読むという読書好きの子供でした。体系的に捉えているわけじゃなくて、一つひとつの作品に出会うことが新鮮だったし、とにかく楽しむということだけを考えていました。
父親が大学で創作ゼミをしていて、中2の時に一時期潜っていたことがあって、そのときに仏文好きな男子学生に、「バタイユは読んでおいた方がいいよ、『眼球譚』がおすすめ!」と言われたので読んだら、グロテスクの権化みたいな、こういう世界観があるんだと驚きました。文学はいろんなものをとっぱらったところに、自分の思い付きや衝動を自由に提示していいんだ、と。ちょうど小説を書きたいと思い始めた時期だったので、自分の中の「小説」という枠を全部とっぱらってもらった1冊だと思います。
平野:僕も大学時代にバタイユを読んで、影響を受けました。三島由紀夫を経由して、『エロティシズム』という理論書の方を読んでから、小説を読みました。「エロティシズム」という概念に、神との対面という過大な意味が込められているんですが、『日蝕』を書くときは、このバタイユ的な発想に影響されました。
ただ、その後、瀬戸内寂聴さんと話をしながら考えたんですが、瀬戸内さんは、性について非常に世俗的なものとして話されるんです。僕自身、性行為の途中で神様が見えたりということもないですし(笑)、性というものにそこまで形而上学的なものを期待するのはどうなのかと思うようになって書いた作品が、『高瀬川』という短篇でした。
平野:入学したての頃は、大学デビューして爽やかな好青年になるんだと思って、小説を読むのはもうやめようと思ったんですよね。でも京大生協の書店に行ったら、地方では見たことのない数々の本に出合いました。そのひとつにエリアーデの著作集があり、神話や象徴の話が豊かなイマジネーションを与えてくれて、たちまち夢中になりました。彼は宗教学者でもあるけれど、ノーベル賞候補になるほどの小説家でもありましたから、やっぱり文章がうまいんですよね。特に第5巻の『鍛冶師と錬金術師』は高く評価されています。
僕は‘90年代の閉塞感の中で、厭世的になるのではなく、この世界を価値化するような思考を求めていて。それが、同じく社会に不安が蔓延していた中世末期の、錬金術の話と重なったんです。
この本でエリアーデは、人間の不安の根源は、時間がとにかく一直線に流れて、いずれは死にたどり着かざるを得ない条件のもとに生きていることだと書いています。中世のキリスト教では地上の存在にも救いがあると考えられ、どんなつまらないものでも最後は善である神に至るような、目的論的な世界観に基づいています。
錬金術は、その作業プロセスの大変が需要で、目的論のプロセスに介入して、それを促進させ、単なる石ころを金のような存在にさせる技術で、時間の流れに介入することができる知的な体験と説明されています。賢者の石を使って錬金術を行えば、石が金になるように、無価値な世界を価値化することによって現実を肯定していける、それが当時、つまらない世の中をどう生きていこうかと思っていた僕の心にも非常に響いたところがありました。
STAFF
Photo: Manabu Mizuta
Movie: Cork
Text: Jun Mizukami
Editor: Yukiko Nagase,Kyoko Seko
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