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安部公房の『箱男』を取り上げる第2回目は、作家・島田雅彦氏を招いての対談。安部公房作品の書評を書いていたこともあり、直接、安倍公房に会ったことがあるという島田氏。「書評を書いた島田でございます。」と挨拶し、初めて言葉を交わしてから深まる親交、貴重なエピソードも語られました。
*第20回「安部公房『箱男』は、何故ダンボール箱をかぶり続けるのか?謎の混沌ストーリーを読み解く!」の記事を見逃してしまった方や、もう一度ご覧になりたい方はこちらから
対談者:島田雅彦
1961年、東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒。1983年、大学在学中に『優しいサヨクのための嬉遊曲』を発表し注目される。1984年『夢遊王国のための音楽』で野間文芸新人賞、1992年『彼岸先生』で泉鏡花文学賞、2006年『退廃姉妹』で伊藤整文学賞を受賞。2019年には、安部公房、中上健次ら文豪との交流も描かれた自伝的小説『君が異端だった頃』を発表。昨年3月には長編小説『パンとサーカス』、今年5月には『時々、慈父になる。』を刊行。戯曲、オペラ、詩集、随筆、対談集など著書多数。
~あらすじ~
社会とのつながりを絶ち、どこにも帰属することなく、段ボール箱をかぶって、街の中で生きていくことを選ぶ「箱男」。一人の箱男である「ぼく」は、あるとき箱を買いたいと看護師の女性から持ちかけられる。箱を破棄することに抵抗を抱き、依頼を断るために彼女が勤める病院に赴くと、贋の箱男になっている医者の存在を知る。ぼくと贋箱男、看護師との奇妙な関係の進行と同時に、他の箱男や少年のエピソードが差し込まれ、読者に謎と驚きを誘う。
平野啓一郎(以下、平野):安部公房が生誕100年を迎えるにあたり、あらためて注目を集めています。島田さんは、安部公房作品をいつ頃から読み始めましたか?
島田雅彦(以下、島田):私が文学に目覚めたのは中学生の頃です。安部公房と大江健三郎と、五木寛之は、生前から全集が既に出ていました。なかでも安部公房の真っ黒なシリーズは新潮社から刊行されていて、図書館内の一等地の本棚にあったのを手に取りました。
平野:最初に読んだ作品を覚えていますか?
島田:『壁』ですね。なんだこれはと思いました。文学青年少年が最初に手に取り、インパクトを受ける本は、その後の道筋をある程度決めてしまうので、とても危険ですね。
その意味では、安部公房を手に取ってしまったのは、何か運のツキという感じがしないでもない(笑)。それで非常に強い免疫ができた感じがします。高校生の頃から新興芸術派とか、夢野久作にもつい手を出してまったわけですが、そんなに大きな違和感はなかったし、安部公房の免疫のせいで、「太宰治なんてくだらない」などと思うようになっていましたね。
平野:安部公房の影響によって、太宰のような内面吐露の私小説より、アバンギャルドな方向性に進んだのでしょうか。
島田:私小説もその後書きましたが、日本の私小説というのは、田山花袋の『布団』という作品から始まっているという不幸があります。貧乏くさい、性格破綻者の愚行の記録のようなジャンルになってしまったから、そんな道をティーンエイジャーは進んではいけないと思う(笑)。安部公房が引いてくれた形而上学的な道、存在論は、十代のうちに通らないといけないトンネルだと思いますよ。
平野:島田さんは、生前の安部公房と直接会って話したご経験をお持ちですよね。そのきっかけは、何だったのでしょうか?
島田:文芸誌『新潮』が累積で1000号になり、それを記念して、巻頭グラビアをやることになりました。特集企画で、新旧世代の交歓というテーマです。そこで安部公房と私がカップリングされたんです。その前に私が安部公房作品の書評を書いて、ご本人も「あいつはよくわかってる」と認識してもらっていたようで、それがきっかけです。当日、「書評を書いた島田でございます。」と挨拶して、そこで初めて言葉を交わしました。
平野:当時の安部公房の文壇での存在感というのはどういう感じだったんでしょう?
島田:それが、ご本人の存在は希薄なんですよ。もちろん文壇での地位は揺るがない存在でした。「賞男」という異名を取るぐらい、国内の文学賞を取り尽くし、生前から文学全集が刊行され、既に文豪の名を欲しいままにしていました。ノーベル賞候補でしたしね。ただ、あの人自身が「箱男」だから。ほとんど引きこもっていたんです。
平野:対面した時に、どんな会話をされたか覚えていらっしゃいますか?
島田:写真撮影が終わると後、神楽坂に寿司を食べに行くことになったんです。でも文学の話はね、これっぽっちもしないんですね。シンセサイザーとか写真とか、趣味の話ばかりでした。当時シンセサイザーは日本に3台しかなくて、冨田勲とNHKと安部公房が所有していたんです。それから、当時600万円したIBMの日本語ワープロの初号機も所有して、1980年代終わりくらいからワープロで原稿を打っていました。自動車のタイヤのチェーンの発明をしてその特許を取得した話なども。
文学の話はしないのかなとか思って、「ロシア文学だとどの辺りがお好きなんでしょうか?」と伺ったら、「みんな、ドストエフスキーがどうだとかよく言えば文学の話をしてるようだけれども、本当に読んでるのかね。馬鹿がそんなにわかるわけないと思うんだな」とか言うんですよ。「それでも先生の作品から察するにカフカには一目置いてらっしゃるんじゃないですか」と振ったら、「私が思うにね人類はカフカが理解できるほど賢くないよ」と(笑)。面白い人でしたね。
平野:安部公房に会った人の話はいろいろ残っていますね。随分前にテレビ番組でタモリが言っていましたが、一回だけ飲みに行ったことがあるけれど、その時も文学の話はいっさいしなくて、ずっとピンクフロイドの話をしていたそうです。
島田:安部公房はコロンビア大学名誉博士号を授与されるにあたりニューヨークに行っているんです。その際にアテンドした先生から聞いた話なんですが、セントラルパークサウスにあるホテルに何日間か宿泊していたけれども、一回しか外に出なかったそうです。その一回も、セントラルパークを歩いてずっとホームレスを観察していただけ。その後はすぐ部屋に戻ってこもり気になっていたとか。それを見ていた先生は、He is real Box man.──彼は本当の箱男ですね、と言っていたそうです。
STAFF
Photo: Manabu Mizuta
Movie: Cork
Text: Jun Mizukami
Editor: Yukiko Nagase,Kyoko Seko
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