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今回は、スケザネの通称で広く活躍する書評家・渡辺祐真氏を招き、平野啓一郎の最新短篇集『富士山』について深掘りトーク。作品に込めたテーマや短篇ならではの小説の書き方を語り合いました。
小説は、いかに着想して形にしていくのか?モチーフや人称はどう決めるのか?作家ならではの創作法を、平野啓一郎が昨年12月に発表した最新短編『富士山』を題材に解説している過去記事は下記から。
> 婚活アプリで出会った男女のストーリー。最新短編『富士山』を小説家・平野啓一郎が語ります
1992年生まれ。作家、書評家、書評系YouTuber、ゲームクリエイター。文学を中心に幅広く、本を紹介している。著書に『物語のカギ』。編著に『みんなで読む源氏物語』、『あとがきはまだ 俵万智選歌集』。共著に『吉田健一に就て』、『左川ちか モダニズム詩の明星』など。TBSラジオ「こねくと」などに出演。
~あらすじ~
マッチングアプリで知り合った男女は東海道新幹線で小旅行に出かけるが、途中、女性がたまたま目にした光景から、二人の運命が大きく変わっていく表題作『富士山』。大腸内視鏡検査を受け、命拾いをしたことに安堵する主人公。しかし、実は検査を受けなかったほうの自分にも現実味が出てくる…『息吹』他、計5つの短編を収録。
渡辺祐真(以下、スケザネ):平野さんの最新短篇集『富士山』を大変面白く拝読しました。コロナ禍以降に書かれた5作品が収められていますが、なんと10年ぶりの短篇集ですね。コロナ禍にまつわることや、いくつかの社会的事件を踏まえての短篇集ということで、平野さんから執筆の経緯をお話しいただいてもいいでしょうか?
平野啓一郎(以下、平野):僕は長篇のシリーズを書いているときには、あまり短篇を書かないようにしているんです。長篇が一段落して、次のフェーズに向かうときに、その方向性を探ったり、思索を深めていくような意味も込めて、まとめて短篇を書くというような仕事の仕方をしています。
今回は、最初はテーマを絞らずに、「ストレスリレー」という短篇から書き始めました。そのあと「富士山」を書き、次に「息吹」を書き始めた頃から、”偶然性”が大きなテーマになる手応えを感じました。
スケザネ:『富士山』の帯には、「あり得たかもしれない人生の中で、なぜ、この人生だったのか?」というメインコピーが書かれています。書き進めるうちに、「偶然に左右される人生」という短篇集を通底する主題が浮かび上がっていったのですね。
平野:短篇を書き始めた頃は、コロナ禍でした。街から人や犬がいなくなるとか、飛行機が飛ばなくなって外国に行けなくなるとか、「もしこうなったらどうする?」みたいな仮想世界が、そのまま現実になったような数年間を過ごしましたよね。それで結構、パラレルワールド的な想像力を刺激されたところもあって、それが「ちょっとした偶然で人生は変わりうる」という主題と、「別の人生だったらどうなっていただろうか」というイメージの膨らみが、パラレルワールド的な想像力と結びつくような形で作品になっていきました。
スケザネ:平野さんが、“偶然性”という主題にこだわるのは何故なのか。そしてその主題と、パラレルワールド的なものを書くことの関連が気になっていました。確かに言われてみると、コロナ禍での生活は、僕らがこれまで生きてきた日常とあまりにもかけ離れていましたよね。そこから並行世界の発想が生まれたのだと腑に落ちました。
平野:2000年代以降流布された「自己責任論」はおかしいんじゃないかと多くの人が思うようになってきて、最近は「親ガチャ」という言葉も流行りました。生育環境の違いとか、本人の努力ではどうしようもない要因が、人生に影響を与えているということが共通理解になるにつれて、「もっと違う環境に生まれていたら、自分はどんな人生を歩んでいたんだろう?」という想像が刺激されてきたのではないでしょうか。
スケザネ:ひとつひとつのちょっとした偶然が積み重なっていって、最終的には凶悪事件のような悲劇に繋がることもある。一方で逆にたどっていくと、どこか一つでもずれていたらまったく変わっていたんじゃないか、という想像もできる。その発想を真正面から扱ったのが、「息吹」という作品になるのではと思いました。「息吹」の主人公は、たまたま耳にした大腸内視鏡検査の話がきっかけで検査を受け、命拾いをします。しかし、「もしかすると僕、死んでたんじゃないか」と考えるうちに、そっちの現実の方が強くなっていき、飲み込まれてしまう。
平野:僕の身近にもガンで亡くなった方がたくさんいますが、「もっと早く検査していたら」という思いは、病気になった人の中に非常に強くあるんですよね。それがやっぱり、パラレルワールド的な世界に対する非常に切実な想像力になっていて、しかもそれは、主体的な決断で選び取った「今の人生」「この自分」ではないので、検査を「受けなかった」自分というのを肯定的に捉えるということはなかなか難しい。今の自分が、自分の主体的な決断の結果だと思えれば、肯定していくしかないけれども、現実的には運に大きく左右されていると思うと、非常に割り切れないものが残る。「なんでなんだ」という思いがなかなか消えないんじゃないかというのが、この本のテーマでもありました。
スケザネ:『探求Ⅱ』という本の中で、柄谷は「現実性とは、いろんな可能性の一つの選択と排除である」ということを書いています。本当に今ここにいる「この僕」っていうものが唯一絶対であるということを自覚するためには、反実仮想、つまり「起こらなかったこと」を想定することによって、翻って自分が唯一だと実感できる。要するに、いろんな自分の可能性を逆に裏返していくことによって、今ここにいる自分の唯一性、単独性というのが際立ち、それが自覚できるということなんです。「あり得たかもしれない」可能性を踏まえることで今の自分が際立ってくるというこの考え方は、『富士山』という短篇集を読むにあたって、補助線の一つになるのではないかと思っています。
平野:僕はいつも言ってるんですけど、自分はロスジェネ世代なので、自己責任論が非常に嫌なんです。たまたま社会に出るタイミングで景気が悪かったから、就職がうまくいかなかったというのが自分の世代ですけど、それを努力が足らんとか言われると非常にカチンとくる。それに対して、親ガチャとか文化資本とか、いろんな言葉を使って、やっぱり環境要因が非常に大きいんじゃないかっていうのがこの数年言われてきたことだと思います。「人生は一瞬一瞬の決断と選択の結果なんだ」という実存主義的な発想は、ある程度はそうかもしれないけど、一方でまったくコントロールできない偶然性も僕たちの人生に大きく影響している。それが今回の作品で強調したかったことなんです。
スケザネ:表題作では、タイトルにもなっていて、かつ最後にも登場する「富士山」が大事なキーワードだと思いました。僕なりに解釈すると、富士山は決して姿を変えないけれど、ブラックボックスのようなもので、見る人によって解釈が変わってくる。登場する男性の津山も、彼の友人は「優しい人でした」と語り、主人公の加奈は理想的なパートナーを最初は見ていましたが、まさに富士山のように、関わり方によって見え方が変わっていたのかなと思いました。だから皮肉にも最後に、加奈は富士山には興味がなかったという言い方をしています。
平野:いろいろと深く読んでいただき、嬉しいです。僕自身、富士山というと、ステレオタイプな日本観に抵抗もあり、あまり関心がなかったんです。でも、間近で見る機会があったときに、何万年も前からそこにある、生々しい姿に興味が出てきました。浮世絵などでは、波や鳥など、富士山は一緒に描かれるものによって多くのバリエーションがある。ちょうど、僕が提唱する「分人主義」のように、環境との関係性で解釈が変わります。それが、今回の主題とうまく重なりました。
スケザネ:平野さんが短篇を書くときに意識していること、長篇との違いなどについてお話しいただけますでしょうか?
平野:これはあくまで一般論ですが、アメリカ人の知人から、「アメリカ人はオーバーインフォメーションを嫌う」という話を聞いたことがあります。例えば会話で、片方があんまり長くしゃべると、主導権を独占されている感じがして、キャッチボールにならない。だから、10まで話したいことがあるけど、2か3くらいまで話して、「それってこうなの?」と相手が質問して、「いやそれでね、」と残りを話していくような会話の仕方を好むということでした。
確かに、過剰に情報が与えられると、窮屈な感じがするというのは、小説にも通じると思うんですよね。一方で、あんまり読者に委ねすぎると、今度は読者がそのわからない部分を、自分がすでに知っている考え方や知識だけで埋めようとしてしまう。そうすると、「この作家は私のことわかってるんだ」という共感は生まれるかもしれないけど、自分の考え方の反復強化になってしまう。
スケザネ:そうすると、読者の思考が開かれていかないということですね。
平野:読者が自分の知っている考え方でうまく埋めきれないところまで、作者がしっかり考えて、その上で余白が残っている。だから、「わからないけど、こういうことかもしれない」と埋めようとするようなバランスを探らないといけない。単なる共感だけじゃない、読む前と後で自分が少し変わった感じがするという手応えを得るためには、作者がある程度のところまでは書き込まないといけないと思っています。
この続きは、 平野啓一郎さんと「文学の森」でもっと語り合ってみませんか?
「平野啓一郎の文学の森」は、平野啓一郎をナビゲーターとして、古今東西の世界文学の森を読み歩く文学サークルです。3か月毎に定めたテーマ作を、月に一度のライブ配信で読み解く、小説家による小説解説!
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1975年愛知県・蒲郡市生まれ。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作ごとに変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2004年には、文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在。著書に、小説『葬送』『決壊』『ドーン』『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』『マチネの終わりに』『ある男』など、エッセイ・対談集に『私とは何か「個人」から「分人」へ』『「生命力」の行方~変わりゆく世界と分人主義』『考える葦』『「カッコいい」とは何か』など。2019年に映画化された『マチネの終わりに』は、現在、累計60万部超のロングセラーに。『空白を満たしなさい』が原作の連続ドラマが2022年6月よりNHKにて放送。『ある男』を原作とする映画が2022年秋に公開、と映像化が続く。作品は国外でも高く評価され、長編英訳一作目となった『ある男』英訳『A MAN』に続き、『マチネの終わりに』英訳『At the End of the Matinee』も2021年4月刊行。「自由死」が合法化された近未来の日本を舞台に、最新技術を使い、生前そっくりの母を再生させた息子が「自由死」を望んだ母の<本心>を探ろうとする最新長篇『本心』は2021年に単行本刊行。ミステリー的な手法を使いながらも、「死の自己決定」「貧困」「社会の分断」といった、現代人がこれから直面する課題を浮き彫りにし、愛と幸福の真実を問いかける平野文学の到達点。2023年、構想20年の『三島由紀夫論』を遂に刊行。『仮面の告白』『金閣寺』『英霊の声』『豊饒の海』の4作品を精読し、文学者としての作品と天皇主義者としての行動を一元的に論じた。三島の思想と行動の謎を解く、令和の決定版三島論。
STAFF
Photo: Manabu Mizuta
Movie: Cork
Text: Jun Mizukami
Editor: Yukiko Nagase,Kyoko Seko
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