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ピアノの旋律が印象的な「She's a rainbow」や「Jealous Guy」。ドラマティックな映像、エモーショナルな情動、心が弾み、色彩がどんどん広がっていく。ロックピアノのセッションマン、ニッキー・ホプキンズとの感情の赴くままに奏で合うインプロヴィゼーションは、 数々のミュージシャンを虜にする。短い人生を駆け抜けたロック界のショパンたる豊かな才能を思う存分堪能したい。
ニッキー・ホプキンズの名前を聞いて、反応する人は相当なロック通だろう。けれど、彼の名前は知らなくても、耳はその偉業を知っているはずだ。彼の奏でるピアノの旋律は時代を超えて、世界中の人に今なお愛され続けている。
『セッションマン:ニッキー・ホプキンズ ローリング・ストーンズに愛された男』はそんなロック史に名を刻む伝説のセッション・ピアニストであるニッキー・ホプキンズの軌跡を辿った音楽ドキュメンタリーである。
ロックンロール黄金期から、50歳で逝去するまで30年以上、ミュージック・シーンにおいて活躍し続けてきた彼は60~70年代、ザ・ローリング・ストーンズ、ザ・ビートルズ、ザ・フー、キンクスといった、時代を代表するバンドから引っ張りだこの人気者だった。
ストーンズの名曲「シーズ・ア・レインボー」は彼の弾くバロック調のピアノのイントロから始まる。元々はロンドンの名門・王立音楽アカデミーでクラシックを学んでいたニッキー。それがロックに傾倒し、自主退学。やがてサヴェージズのピアニストとしてキャリアをスタートさせる。必要がないので、リハーサルはほどんどやらず、アドリブでどんな曲にも独自のアレンジを施していくので、様々なバンドから重宝がられ、やがてロック・シーンに欠かせない立場になっていた。
特にストーンズとは縁が深く、『ビトウィーン・ザ・バトンズ』(1967)、『サタニック・マジェスティーズ』(1967)、『ベガーズ・バンケット』(1968)、『レット ・イット・ブリード』(1969)、『スティッキー・フィンガーズ』(1971)、『メイン・ストリートのならず者』(1972)など、14枚ものアルバムに参加している。「シーズ・ア・レインボー」をはじめ、「悲しみのアンジー」「悪魔を憐れむ歌」など、ストーンズの代表曲はニッキー無くしては生まれなかった傑作である。
クラシックの素地があり、ロックンロール、ブギウギ、ブルースと様々なスタイルが弾ける。彼が手を加えると曲の幅が広がり、特別なものになる。キース・リチャーズは「俺は曲を捻り出すんだが、道半ば、半分だけだ。ニッキーが足りない部分を埋める。“半分はできた、ニッキー。あとの半分はよろしく”ってね」と当時を振り返り、証言している。サービストークもあるだろうが、ミック・ジャガーとキース・リチャーズ共作であるジャガー/リチャーズのクレジット曲のどれぐらいの部分をニッキーが助けていたのか。下世話だが、ギャラや印税はどうなっていたのか。現代では信じられない、奔放な当時のロック事情に思いを馳せる。
どこかのスタジオで粋にコメントする永遠のロッカー、キースとは対照的に調度品が飾られた豪華ホテル風一室で、当たり障りのないコメントをするミック。さらにはかつてのメンバーであるビル・ワイマンも顔を出し、さすがはストーンズ所縁のミュージシャンである。今、見てもバラバラの個性のメンツの間を人間性のできていた、穏やかなニッキーが潤滑剤のように存在していたのだろう。その結果、紆余曲折しながらもストーンズは解散せずに済んだ。音楽ばかりではない、ニッキーの遺産に感謝せずにはいられない。
ちなみにビートルズの場合、ニッキーは「レボリューション」の一曲だけにしか参加していない。解散後、ジョン・レノンもポール・マッカートニーもジョージ・ハリスンもリンゴ・スターもこぞってアルバムにニッキーを起用しているところを見ると、音楽性は合っていたようだ。ストーンズではなく、ビートルズがニッキーを重用していたら、彼らも少しは長く続けていたかもしれないと妄想してしまう。
ちなみにニッキーはあのジョンのアルバム『イマジン』に参加している。タイトル曲の「イマジン」はジョン自身がピアノを弾くミュージック・ビデオが有名だが、アルバム内の「ジェラス・ガイ」のピアノはニッキーである。「自分は独占欲の強い男。君を傷つけるつもりはなかった」とジョンが自分自身を見つめ直し、反省し、後悔する歌詞にヨーコのことを思い浮かべる人も多いはず。「イマジン」の映像で、白いピアノを弾いているジョンとヨーコの姿が重なり、てっきり「ジェラス・ガイ」のピアノもジョンが弾いているものだと思いこんでいたが、ニッキーによるものだった。
映画ではニッキーのピアノ演奏法の特徴も詳しく解説。シンプルでない、手数の多い弾き方はなるほど、ニッキーにしか生み出せないメロディーであり、改めてその個性に舌を巻く。主張し過ぎず、独特であり、誰も真似できない、唯一無二の存在。
驚くのは1963年、病院に緊急搬送され、クローン病と診断されたニッキーは闘病生活を送りながら、演奏を続け、生涯で250枚を超えるアルバムと膨大な数のシングル・リリースに貢献したのである。
自らをピアノの詩人、フレデリック・ショパンの生まれ変わりと話していたニッキー。ロック界きってのピアノの伝道師は39歳で亡くなったピアノの詩人よりほんの少しだけ、長生きした。
9月6日(金)より、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほかにて公開中。
出演:ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ビル・ワイマン(ザ・ローリング・ストーンズ)、ピーター・フランプトン、ピート・タウンゼント(声/ザ・フー)、デイヴ・デイヴィス(ザ・キンクス)、ニルス・ロフグレン、グリン・ジョンズ、ベンモント・テンチ(トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ)、チャック・リーヴェル、モーガン・フィッシャー、テリー・リード、グレアム・パーカー、P.P.アーノルド、ハリー・シアラー、モイラ・ホプキンズ
監督・脚本・製作:マイケル・トゥーリン
字幕監修:ピーター・バラカン,朝日順子
©THE SESSION MAN LIMITED 2024
ニッキー・ホプキンズ/Nicholas Christian Hopkins ミュージシャン、ピアニスト。1944年2月24日生。ロンドン郊外のイーリングに生れる。1960年、サヴェイジズの一員に。1962年、シリル デイヴィス&ヒズ R&B オールスターズに加入。1965年、キンクス、ザ・フーの作品に参加。1966年、アルバム『レヴォリューショナリー・ピアノ・オブ・ニッキー・ホプキンズ』発表。1967年、ローリング・ストーンズの作品に参加し始める。1968年、ビートルズの「レボリューション」参加、ジェフ・ベック・グループに加入。 1969年、クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスに加入、サンフランシスコに拠点を移す。1972年、『レット・イット・ブリード』制作の合間のセッションが『ジャミング・ウィズ・エドワード』(エドワードはニッキーのニックネーム)として発売。1973年、アルバム『夢みる人』発表。1988年、アート・ガーファンクルのバックとして初来日。1992~93年、日本のドラマ「逃亡者」「パ★テ★オ」「並木家の人々」、映画『ラストソング』の音楽を手掛ける。1994年9月6日、病のためナッシュビルで死去。
MOVIE WRITER
髙山亜紀
フリーライター。現在は、ELLE digital、花人日和、JBPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。
STAFF
Movie Writer: Aki Takayama
Composition: Kyoko Seko
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