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難解とされる大江文学の中でも、読みやすい初期の短編から『不意の唖(おし)』と『セヴンティーン』を取り上げ、平野啓一郎が読み深めます。今年3月に亡くなられた大江さんとの思い出話や、生前に受けたアドバイスについても明かしました。
~あらすじ~
夜明けに、一台のジープが谷間の村にやってくる。乗っていた数人の外国兵と一人の日本人通訳は、夕方まで村で休憩をするという。村人は、好奇と警戒の入り混じった思いを抱きながら、滞在を見守る。外国兵たちが谷川での水浴びをした後、通訳の靴がなくなる。通訳は、村の長である主人公の父親の責任ととがめ、追及の果て銃殺する。
17歳の誕生日を迎えた「おれ」は、過剰な自意識を抱えるも何事もふるわず、自涜することで自己の存在を確認するばかりだった。翌日、学校からの帰り際、右翼の街頭演説を聞くアルバイトに誘われる。思いがけず内容に感化され、「おれ」は皇道派に入党。不安を抱いていた死の恐怖への解決も得られ、学校でも家庭でも全く違った立場を獲得していく。
——大江健三郎さんが亡くなられたと伺った時はどういうお気持ちでしたか。
平野啓一郎(以下、平野):関係者を通じて、どういうご様子かは伺っていましたが、命に関わるという話は耳にしていなかったので、大変ショックでした。日本の文壇にとって非常に大きな意味を持つ方であり、僕にとっても大きな存在でしたので、喪失感がとても大きかったです。
——大江さんの作品との出合いについてもお聞かせください。
平野:大江作品を読み始めたのは高校三年生の時です。当時の高校の先生が、「次にノーベル文学賞を獲るとしたら大江健三郎だ」と力説していたのがきっかけで、『燃えあがる緑の木』を読み始めました。ですがこれは大江入門としては適切ではないというか(笑)、相当熱心な大江読者でないと読み通せないところがあり、歯が立ちませんでした。やや関心が薄れかけたのですが、大学に入学して、熱心な大江読者に会い、初期作品から読むべきだとアドバイスを受けたんです。それで、新潮文庫の『飼育』『死者の奢り』『不意の啞』が入っている巻から読み、大きな衝撃を受けましたね。
平野:初期作品は、まず主題の選び方からはじまって、非常に緊迫感のある文体、豊かな詩的なイメージと瑞々しい感受性、社会との緊張関係を表現したところなど、才能に満ち満ちていて、それに圧倒されてしまいました。しかも不思議なもので、三島由紀夫を読み始めた時は「こういう文章や小説を書いてみたい」と憧れを抱き、小説家になりたいという気持ちを強くしたのですが、大江さんの初期作品を読んだときには、「小説とはこういう人が書くものだ、自分なんかが書くもんじゃない。」という感じで、すっかり自信喪失しました。 これは僕だけじゃなくて、大江さんの小説をリアルタイムで読み、自分は駄目だと諦めた作家志望者がたくさんいたという話が、伝説のようになっています。古井由吉さんでさえ、大江作品を読んで小説家になるのをためらい、しばらく大学の先生をされていた、という話です。意外なところでは、最近亡くなったムツゴロウさんも、大江さんの作品を読んで小説家の夢を断念したそうです。
——大江さんご本人と初めて会われたのはいつでしょうか?
平野:2006年に雑誌「群像」で大江さんとの対談企画がありました。その直前に大江さんの講演があり、楽屋にご挨拶に行ったのが初めての対面となりました。その時は僕の顔を数秒まじまじと見つめられ、かすかに微笑みを称えるような表情をされて、「今、これを読んでいるんです」と、英語版のサイードの本を見せてくださいました。そのご様子から、ああ、大江健三郎に自分が会っているんだなと、感慨深かったです。
時間が遡りますが、芥川賞を受賞したときに、当時読売新聞で記者をされていた尾崎真理子さんを通じて、伝言をいただきました。「30歳になるまでは、自分が書きたいものしか書いてはいけない。それさえ守ることができれば、あとは大丈夫だから。」ということでした。僕のことを気にかけてくださったということに驚きましたが、それは墨守しました。
——「30歳まで書きたいものしか書いてはいけない」というのは、どのような意味が込められているんでしょうか?
平野:30歳までにもみくちゃになると、その後の作家としての人生がぐちゃぐちゃになってしまうから、30歳までは自分のやりたいことは何なのかよく考え、それができる仕事の仕方と環境を作ることが重要で、それができれば、その後の方向付けも自ずとできるということではないですかね。
——そのアドバイスに従って何かアクションをしたことがありますか。
平野:僕が第2期に出した短篇集は、実験的で、難解すぎるという評判も多かったのですが、大江さんの助言を思い出して、気が済むまでやりました。あの時期があったからこそ今があるとも思うので、大江さんのアドバイスは的確だったと思います。
STAFF
Photo: Manabu Mizuta
Movie: Cork
Text: Junko Tamura
Editor: Yukiko Nagase,Kyoko Seko
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