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つげ義春の漫画を原作にした映画『旅と日々』は、特別なことは何も起こらず、静かに時が流れていく穏やかな作品。美しい日本の原風景に魅了されながら、それぞれの心の繊細な動きが鮮明に際立って、観る者たちに同調を迫ってくる。映画、テレビ、舞台と数多くの作品に関わってきた堤真一は脚本を読んで、「ぜひやりたい」と即答したという。
トンネルを抜けると、そこは一面の銀世界だった。思い立って旅に出た脚本家の李はそこで古びた宿にたどり着く。今にも崩れそうな宿を営むのは、ものぐさな主人・べん造。暖房もなく、まともな食事も出ず、布団すら自分で敷かなければならない。ロカルノ国際映画祭で日本映画では18年ぶりとなる金豹賞《グランプリ》及びヤング審査員賞特別賞を受賞した映画『旅と日々』。「まさか賞を取るような作品だとは思わなかった」と話すのは、べん造を演じた堤真一。「楽しかった」という撮影の日々、そして自身の旅への想いを語る。

――堤さんのべん造が話す東北弁に旅心をくすぐられる作品でした。
「自分は関西人なのですが、方言って、土地の人にとってはものすごく大事なものです。完璧に話すのはもちろん不可能ですが、かといってリアルさを求めて、その土地の同じ年代の人が使っている言葉で喋ったら、何を話しているかわからなくなるかもしれない。やっぱり寒い地方ならではニュアンスもあるだろうから、その加減を大事にしようと心がけました」
――他の作品と違って、台詞を全部、覚えて現場に入ったそうですね。
「今回は方言の台詞だったので、シーン数はそんな多くはないけれど、きちんと入れた形にしておかないと、大変なことになるぞと思って、覚えたんです。普段は、現場に行ってみないと微細な部分はわからないところがあるので、最初から最後までは台詞を覚えていかないことが多いですね。前もって決め付けて覚えてしまうと、そこから変更して、切り替えることが難しくなります。なので、ある程度まで覚えたら、それ以上、覚えることはあまりしません。とはいえ、最近は、若い時と違って、台詞を覚えるのに時間がかかるんですよ。これからはクランクインする前にある程度、入れておかないとヤバいかもしれません(笑)。これはもうしょうがない。年齢とともにそうなるんでしょう。それすらもできなくなったら、辞めるしかないですね」


――脚本家役のシム・ウギョンさんとの会話が絶妙な間合いです。シュールで、原作である「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」で描かれている、つげ義春の世界観が実にリアルに描かれていると思いました。
「普通に芝居していただけです。僕はつげさんの世界をどう表現したいかと思っていたわけではないんです」
――それでも、二人が雪の中を歩くシーンは原作そのまま、画のような美しさでした。
「かんじきを履いて雪の中を歩いているシーンは実際には映画の何倍も歩いています。べん造は雪の上を歩くことに慣れている人なわけですから、一生懸命歩くというよりは淡々と歩く。そんなにペースを上げることなく、ただただ歩いていましたね。山を登ったりする人もそうだと思うんですけれど、慣れていれば、いるほど、ペースを上げたりしない。山では2段とばし的な歩き方の人とか、絶対、いないじゃないですか(笑)。そういうイメージです。とはいえ、いつもなら、何回も試せるところを雪だからテストができないんです。『あの柱の何番目の木に向かって歩いてください』と指示されて、黙々とやっていました。シムちゃんの方は都会からやって来て、雪に慣れていない設定ですから、すっ転んだりして、必死さが出ていて、よかったですね」
――雪の中で歩くことは相当、体力を使いそうですが、日頃からトレーニングしているのですか。べん造の体力がありそうな、なさそうな、絶妙さ加減がぴったりでした。
「生活の中で体ができている、生活に必要な筋肉のつき方をしている。作品ごとの“その人”になるために、自分は常にフラットでいようと思っているんです。鍛えたりはしていません。だけど、最近はちょっと体力が不安ですね。ちょっと動きがある舞台だと、息が上がってしまうんです。発声の問題もあるし、体力はあった方がいいですから、今からでも、ちょっとでも何かやらなきゃいけないなと思っているところです。今、やっている舞台が終わったら、時間がある時にまずはウォーキングから始めようかなと思っています」
――出来上がった『旅と日々』を見て、どんなことを感じましたか。
「本当にいい作品に参加できたんだな、良かったなと思っています。まさか、映画の賞をいっぱい、いただいたりするイメージはあまり、なかったんですけど(笑)。三宅監督の作品は何本か見ていますが、何とも言えない説得力のようなものがあるんですよね。面白い作品に出ることができたって思っています」

――堤さんにとって、旅のイメージとは?
「ドキュメンタリーの仕事で海外に行くことが多いんです。行くところは大変なところが多いから、日本と違って、治安が良くなかったりします。あえて、プライベートでは行きたいとは思わないですね。例えば、家族を連れていくことになったら、心配でそれだけで疲れそうです(笑)。だから、仕事で行けるのはすごくありがたいんですよ。普通の旅行では行けないところばかりですから」
――旅の必需品を教えてください。
「ヘッドライトと怪我した時に備えて、応急処置ができるセットのようなものは必ず持って行きます。予定外に夜、突然、暗くなってしまうと身動きが取れなくなってしまう。そんな時にヘッドライトは役立ちます。といっても、本来は暗くなったら、動かない方がいいんですけどね。後は体温を下げないための衣類も持っていきますね」
――ドキュメンタリー番組の過酷さが偲ばれます。今年は10年ぶりの朝ドラ出演も話題で、映画の公開も多く、映像でも大活躍ですね。
「単にいただいた仕事が重なっただけです。朝ドラはそんなに出ていないので、むしろ若い方たちの方が大変なスケジュールだと思います。同じセットだと、脚本がここまでできているから、何話から何話まではここで撮っておこうとか。特に朝ドラの場合はスケジュールが入り組んでいるので、役者としては本当に大変な作業です。若い人たちが中心に頑張っているのは頼もしい限りです」
――堤さんもいつまでも年齢を感じさせません。
「最近はもう無茶ができなくなりました。酒を飲んでいても、眠くなってしまう。昔は朝まで飲んで、そこからまた舞台をやったりしていたものです。僕らの年代はそれが当たり前で、次の日に舞台があっても楽しくなったらそのまま、飲み続けて、二日酔いで舞台に立ったこともしょっちゅうでした。若い時は強い分、無茶をするから、それで風邪ひいたり、体調が悪くなったりしていた。今はそんなこと、できません。不可能です。おかげで、ここ2、3年は風邪を引いていないんです。特に体調管理は何もしていないんですけど、無茶ができなくなったおかげかもしれません(笑)」


11月7日(金)からTOHOシネマズ シャンテ、テアトル新宿ほか全国ロードショー
監督・脚本:三宅唱
原作:つげ義春「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」
製作:映画『旅と日々』製作委員会
キャスト:フル:シム・ウンギョン 堤真一 河合優実 髙田万作 佐野史郎 斉藤陽一郎 松浦慎一郎 足立智充 梅舟惟永
© 2025『旅と日々』製作委員会
配給・宣伝:ビターズ・エンド
https://www.bitters.co.jp/tabitohibi/
堤真一/つつみしんいち 俳優 1964年7月7日生まれ。兵庫県出身。『弾丸ランナー』(96)で映画初主演を果たし、00年のドラマ「やまとなでしこ」で幅広い世代の支持を獲得する。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』(05)で日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞ほか国内の映画賞を多数受賞。『クライマーズ・ハイ』(08)、『神様はバリにいる』(15)、『決算!忠臣蔵』(19)などで主演を務める。ほか『容疑者Xの献身』(08)、『土竜の唄』(14)、『日本のいちばん長い日』(15)、『本能寺ホテル』(17)、第45回日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞した『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』(21)、『お前の罪を自白しろ』(23)など数多くの話題作で活躍している。25年の作品は映画『室町無頼』、『木の上の軍隊』、『アフター・ザ・クエイク』、舞台「ライフ・イン・ザ・シアター」など。
MOVIE WRITER
髙山亜紀
フリーライター。現在は、ELLE digital、花人日和、JBPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。
STAFF
Movie Writer: Aki Takayama
Composition: Kyoko Seko
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