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浮き沈みが激しいショービズの世界で生き残る。脚光を浴び続ける日々のなかに、幸福感に浸る瞬間はなく、成功の熱狂と表裏一体の孤独、そして終わりへの恐れが静かに滲んでいる。「いつか必ず時代は去り、自分は必要とされなくなる」と不安を抱えながら、今や多忙を極めるチャーリーxcx。彼女自身が主演し、制作に参加した『the moment/ザ・モーメント』はリアルとフィクションを織り交ぜた音楽業界の裏側を描いた話題のモキュメンタリー映画だ。
チャーリーxcxが企画し、主演を務める映画『the moment/ザ・モーメント』が、彼女らしくメチャクチャに面白い。特にアリーナ・ツアーを3週間後に控えた、その混乱の現場を描いているが、カメオ出演しているカイリー・ジェンナーとイビザ島のホテルで遭遇したシーン以降は、ホラーもコメディもシニカルさも怒涛のように押し寄せる。
「自分で『brat』を終わらせるか、誰かにダメにされるか」という友人でもあるセレステ監督の問いに、「自分でダメにするほうがいい」と劇中で語っているように、この映画は2024年に発表したアルバム『brat』から生まれた「brat summer」という社会的現象に自ら区切りをつけ、「完全に終わったもの」とするために、チャーリー自身のアイデアから生まれたもの。盟友エイダン・ザミリを監督に迎え、その崩壊のメカニズムをユーモアたっぷりに客観視して風刺的に描いている。
別の言い方をすれば、SNSによってカルチャーの消費速度が極限まで加速した現代において、チャーリーというポップスターが生み出した狂乱を通じて、現代のSNS社会を生きるすべての人が抱える「他者評価への依存」や「自己喪失の恐怖」、そしてアーティストが直面する芸術と商業主義とのバランスを描いた作品としても読める。本作は、チャーリーxcxが2024年に生んだ「熱狂」に対するモキュメンタリーであり、同時に批判的な考察でもあるのだ。
アルバム『brat』の成功によって世界的現象となった裏で、彼女が感じていたのは幸福感よりも、「いつか必ず時代は去り、自分は必要とされなくなる」という恐怖や不安だった。それがこの作品の出発点。もともとよくあるようなツアー・ドキュメンタリーの企画を打診されていたが、「普通のドキュメンタリーをやることに、あまり創造的な意義を感じなかった。だからフォーマット自体をひっくり返せないかと思った。そこから、私を主人公にしたフェイク・ドキュメンタリーというアイデアが生まれたの」と、チャーリーはインタビューで話している。
チャーリーは劇中で、誇張された自分を演じる。この期間はポップスターとしての絶頂期を意味していたはずなのに、長期にわたる過酷なプレス・ツアーやアリーナ・ツアーの準備中に襲った不安が、彼女を苦しめる。そこに追加される、コンサート映画の製作やメガタイアップ……。どこまでがリアルで、どこからがフィクションか。モキュメンタリーという手法を用いながら、実際にレイチェル・セノット、ジュリア・フォックス、カイリー・ジェンナーらが本人役でカメオ出演するため、まさに「どこまでが本当なんだろう?」と混乱しそうになる。
一方で、スタイリストとしてメル・オッテンバーグ(スタイリスト/『Interview』誌編集長)が起用されたり、映画監督のヘイリー・ゲイツが同じく映画監督のセレステを演じていたりすることもあり、さらにフィクションと現実の境界線がブレて見えるもの面白く感じる理由だ。また、周囲のスタッフの描き方も絶妙で、「あっ、こういう人いるよね」と、クスッと頷いてしまう場面は少なくない。
こうした著名人が登場する一方で、チャーリーの夫であるジョージ・ダニエルは一切登場しないし、チャーリーが最も尽力し、楽しんできたはずのクリエイティヴな音楽制作の様子も意図的に排除されている。つまりこの映画は、過酷なプロモーション・キャンペーンやブランディングの最中、チャーリーが「いかに孤独であるか」を提示しているといってもいい。
実際、チャーリー自身もこの映画について、どこまでが現実で、どこからが演出なのかの境界線は分からないと語る。
「ペルソナって不思議なの。最初は演じているつもりでも、続けていくうちにそれ自体が自分になっていく。この映画は、まさにその話でもあると思う。ある意味でアーティストの苦悩を描いているといえるし、人生の岐路に立たされた人の葛藤を描いた物語だと思う。映画の中で私が常にプレッシャーにさらされている状態こそが必要だった。私が作ったこのレコードによって、より多くの人に自分自身を曝け出すことになったから」
「“本当の自分”や“演じている自分”、“人々が期待する自分”の境界線は、もはや曖昧になっているのよ。映画のチャーリー、音楽のチャーリー、素の私。全部自分から生まれているけど、全部パフォーマンスでもあるわ」

劇中では、周囲のあらゆる人々が「brat」という巨大なプロジェクトから利益を搾り取ろうとするせいで、チャーリー自身からその主導権がどんどん逃げていくような構図が展開される。周囲は「brat summerは永遠」としたいからと、その圧力は凄まじく、彼女はクラブカルチャーを全否定するようなヴィジョンを受け入れざるを得なくなる。そして、超人気女性アーティストがよくやるような空中でのステージ演出まで要求される。ここでは、一連の言動をかなりダサく見せているので、今後の女性アーティストたちのライヴパフォーマンスに影響が出るかもしれない……。
「成功も失敗も、いろんな形で経験してきた。だから“セレブリティ”や“成功”といったものを少し引いた視点から語ることに興味があるの」と、常にメタ的に物事を捉えてきたチャーリー。この企画について2024年の夏頃に連絡したというエイダン・ザミリとは、多くのイット・ガールが出演したチャーリーの「360」などのMVで既にコラボし、信頼できる関係だ。
彼がティモシー・シャラメが主演する映画のプロモーション・ツアーに同行した自身の経験から、「ツアーが終わることへの恐怖など、チャーリーが抱える感情の多くをリアルに自分ごととして共有していた」というエピソードは興味深い。長編監督デビュー作として彼が映画で投げかける中心的な問いは、「あまりにも過剰に煽り立てられた期待の構築が、最終的に巨大な落胆に終わる時、一体何が起きるのか?」というものだったという。そして、「チャーリーの頭の中の混乱」 vs 「現実に起きていること」の境界線のブレを捉えることだった。
音楽を担当するA.G.クックは、チャーリーの初期からの音楽制作のパートナーだ。自身にとって初の映画音楽となる本作において、「ポップスターの精神状態そのもの」のような音楽を作るにあたり、彼女の実際のヴォーカルを可能な限り使わずに、『brat』の要素を抽出しつつ、ある種、非常に冷たいものに仕上げ、それらを感情的なものへと昇華させる挑戦を試みたという。たとえば、コンサート映画の監督としてヨハネスを紹介されたあたりから流れる不穏な音響は、チャーリーの不安感を象徴するように鳴り響きはじめる。

また音楽面で注目すべきは、最後にザ・ヴァーヴの「Bittersweet Symphony」(1997)を使用している点。この曲はローリング・ストーンズのサンプリングを巡る権利問題で泥沼化し、近年ようやく原作者のリチャード・アシュクロフトに権利が返還されたという歴史を持つ。ザミリ監督は「その複雑な経緯こそが、この映画のラストにとってテーマ的に完璧だった。それはチャーリーにとってビタースイートであると同時に、解放でもある。さらに、この曲のMVは、僕が『360』のMVを作る際、唯一参考にしたリファレンスだった」とも話している。そして伏線として、権利にこだわるヨハネス監督の話も貼られている。
監督は映画『ブラック・スワン』からの影響も認めている。カイリー・ジェンナーとの遭遇後に洗面台の鏡の前で電話を続けるシーンでは、完璧なイメージを求められるプレッシャーの中でアイデンティティが崩壊していくサイコホラーを思わせる。そして劇中の発言にもあるように、鏡はこの映画の重要なモチーフになっている。
ザミリ監督は説明する。「何よりもまず、僕たちが作ったのは『極めて具体的な対象』についての作品。つまり特定のアルバムから生まれた歴史の中の特定の瞬間(モーメント)。でも同時に、これがどこか普遍的でもあり、誰もが自分自身の物語として共感できる何かに触れていればいいな、と願っているんだ。ファッションや広告業界で働いている人なら、瞬時にパーソナルな繋がりを感じてくれるはず。たとえすべてが失敗に終わって、全員から嫌われたとしても、人生の最後には外側の記号に汚されずに『自分自身』という存在が残るんだ、という感覚をね」
チャーリーは、「16歳の頃から音楽業界にいるから、キャリアの中でいろんなステージを経験してきたわ。世界の頂点にいるように感じたこともあれば、完全にクズみたいに思えた時期もあった」と語る。「だから、この映画に出てくるすべての登場人物たちの『実在する別ヴァージョン』のような人たちにも、これまでの人生でイヤというほど出会ってきた。それらを演技に引っ張り出してきただけなのよ。私は基本的に“次へ次へ”と進む人間。でもこの映画は、“今起きたこと”に初めてちゃんと立ち止まって見つめさせてくれた。すごくカタルシスがあったわ」
自虐を含め、圧倒的なメタ視点を見せつけたことで、彼女は時代の寵児としての存在から、レディー・ガガやビヨンセのような「ポップカルチャーの構造そのものをコントロールできるゲームチェンジャー」へと完全にシフトしたといえるのでははないか。そして彼女がいまやセレブとしてメジャーの舞台に立っても、コアな層から信頼され続けるのは、「誰と組めば一番ヤバい化学反応が起きるか」を知り尽くした一級のキュレーターだからだろう。それはこの映画でも、無理に変身し続けなくても、自分らしさを貫きながらアーティスト活動できることを仄めかしている。
『the moment』に加え、グレッグ・アラキ監督の『I Want Your Sex』、そしてキャシー・ヤン監督の『The Gallerist』にも出演が決まっているチャーリー。映画に力を注ぎつつ、音楽面では映画『嵐が丘』のアルバムに続いて、この7月には通算7作目となるアルバム『ミュージック、ファッション、フィルム』をリリースする。同じくザミリが撮影したジャケット写真には、ジョン・ケイル、マーク・ジェイコブス、マーティン・スコセッシが登場しており、3人がアルバム・タイトルを象徴するような形となっている。自ら生み出した神話を自ら破壊した彼女の次の一手は、すでに始まっているのだ。

6.5(fri)より渋谷ホワイトシネクイント他、全国順次公開
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配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式HP:https://a24jp.com/films/moment/
公式X:https://x.com/A24HPS
チャーリー・エックス・シー・エックス/Charli xcx 本名シャーロット・エマ・エイチソン。シンガー・ソングライター、プロデューサー、俳優。1992年8月2日、イングランド、ケンブリッジ生まれ。早くからソングライティングの才能が認められ、アイコナ・ポップの「I Love It」(12)や、第57回グラミー賞で最優秀レコード賞にノミネートされた、イギー・アゼリアと共演した「ファンシー」(14)の大ヒットで注目される。2019年には既にシングルで共演していたトロイ・シヴァンやリゾに加え、ハイム、スカイ・フェレイラなどを迎え、セルフタイトルのアルバム『Charli』を発表し、ミュージシャンとの交流を深めていく。2015年に初の単独来日公演、2022年には『CRASH』のリリースタイミングで、都市型フェス「TONAL TOKYO」にヘッドライナーとして出演した。その我が道を行くそのスタイルから予想がつかず、今、最も目が離せないアーティストの1人。
音楽ジャーナリスト・アメリカ文学研究
伊藤なつみ
デヴィッド・ボウイ、坂本龍一からマドンナ、ビョーク、宇多田ヒカル、ロバート・グラスパーなど、取材アーティスト数は数え切れないほど。『ユリイカ』2023年5月号に掲載の論考「ヒップホップ・フェミニズムの変遷」など、現在は黒人女性のエンパワーメントについても研究中。
STAFF
Music Journalist: Natsumi Itoh
Edit&Composition: Kyoko Seko
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