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Gen Z世代のミューズが世界を席巻するダイナミックなムーヴメントが起こった2024年。チャーリーxcxの“brat summer”現象は、SNS1500万人超のインフルエンサーたち、It Girlの勢いも相まって、アッパー世代や政財界からも大きな注目を集めている。関係性が希薄で冷めていると捉えられがちなデジタルネイティブたちを、彼女は、圧倒的な存在感と、生身の人間が没入した時に溢れ出す激しい汗とバイブで、その場にいる人々を自由へ解放し、一体感を加速させ、ボルテージを最高潮にチューンアップする。次世代を牽引するかっこよさとは?
「So I」は21年に屋上からの転落事故で亡くなった、チャーリーの親友だったプロデューサー/ソングライターであるソフィーの死を悲しみや感謝で追悼したナンバー。チャーリーの師匠でもあり、多大な影響を与えたというソフィーは、マドンナほか多くのアーティストに楽曲提供する一方で、17年にトランスジェンダー(女性)とカミングアウトしている。「ソフィーとの仕事は、ハイパー・クリエイティヴィティを育んだ」、「彼女は『NO!』と言うことを恐れないし、時には残酷なまでに正直だったわ。彼女は私に、創造的な決断や状況において対立を恐れず、自分の立場を貫く勇気をくれたし、自分らしくいることを許してくれた」と、チャーリーは明かしている。
“brat”は「飾らないありのままの自分」であり、「やりたいことをやる」「好きなことを諦めない」というポジティヴな価値観の象徴でもあり、それはソフィーから学んだ姿勢でもあるだろう。しかも、ソフィーに捧げたアルバム『CRASH』(22年)が全英チャートで初めて第1位を獲得したことはチャーリーにとって大きな自信となった。
アルバム『brat』の大ヒットでbratというワードがミーム化し、その年2024年の夏に“brat summer”現象が巻き起こる。女性らしさや繊細さ、完璧な身だしなみを強要するミソジニーから距離を置き、カオスな状態を受け入れる強さを強調していく。ソーシャルメディアでのフィルター加工された写真や厳選された動画などに対して、チャーリーは次のように語った。「私たちは完璧さを維持するプレッシャーが非常に強い世界にいるけど、それは現実的じゃない。誰かが自分がミスしたことをさらけ出すのを見ると、私も自分の一部を認めることができる。私でもミスしてもいいと感じるから」。つまり、“brat”は、固定概念や周囲の意見に左右されず、自分を愛し、自分らしく生きることでもあるのだ。
7月22日にアメリカ合衆国の大統領選に臨むカマラ・ハリスに対し、チャーリーがXに「kamala IS brat(カマラはbrat だ)」という投稿をすると、カマラ自身も公式アカウントを『brat』仕様に変更して“brat”に賛同。「ありのままの自分でやりたいことをやる」という“brat”にカマラも共鳴し、“brat summer”は世界的に広まった。
確信犯的に準備された同年11月に発売したリミックスアルバム『brat and it’s completely different but also still brat』では、以前から親しい、ゲイと公表しているトロイ・シヴァンや、アリアナ・グランデ、ロードなど豪華なゲストが参加し、楽曲の意味を濃厚にしていく。なかでもビリー・アイリッシュとの共演「Guess」では、お互いの下着の色についてなどの生々しい会話が話題になった。
もともとチャーリーは「歌詞は会話のようにしたかった」と、友人にチャットのテキストを書くように歌詞を書いたという。だから歌詞カードは全部小文字だ。つまり、グループチャットのネタのような歌が詰まった『brat』は、ゲストを迎えることでさらに噂話や悩みをこぼしたい女子たちの、みんなのbratになっていったのだ。この勢いは止まることを知らず、賞レースでも話題を集め、チャーリーが25年4月のコーチェラでの公演終了時に、「brat summerが永遠に続いてほしい」と、この先にリリース等が待たれる後継アーティストたちの名前をスクリーンに26組あげることによって、舞台を降りた。
チャーリーこと、シャーロット・エマ・エイチスンは、子供の頃は自分のことを「いつも負け犬だと思っていた」そうだ。ウガンダ生まれのグジャラート系インド人の母とスコットランド人の父の間に生まれた一人っ子の彼女は、両親のどちらの世界にも馴染めなかったという。学校でも、「友達はいたけど、私の学校は金髪の白人女子ばかりで、私はインド系のハーフでくせ毛の髪と、人とは違った趣味を持つ少女だった。そのため少し拒絶されているように感じていた。心の底での最も大きな恐怖は、『つまらない人間だと思われたこと』だったわ」と語っている。ただイディ・アミン政権時にインド系移民ゆえにウガンダから追放され、イギリスへ逃げて来た母親家族の苦労を知っているだけに、チャーリーのこの時とばかりに集中して仕事を頑張る姿は、母からの影響が強いのではないだろうか。
ブリトニー・スピアーズやスパイス・ガールズを知って、彼女たちを崇拝するようになったチャーリーは、そこからフレンチエレクトロのジャスティス、アフィーなどに魅了され、曲を作ってMySpaceに投稿し始める。そこで音楽の才能が開花し、負け犬の人生が大きく変わる。14歳でイースト・ロンドンでの違法レイブ・パーティへの出演招待を受けると、アンダーグラウンドなクラブが彼女の故郷となり、音楽性の核となった。
2000年にはアライサム・レコードとメジャーレーベル契約し、スウェーデンのシンセポップデュオ、アイコナ・ポップと共作・共演した「I Love It」が13年に世界的に大ヒット。翌14年にはイギー・アゼリアとのコラボ曲「Fancy」が、ヒップホップとポップスを融合したパーティーアンセムとして、世界中で大ヒットした。チャーリーは、自身のデビューアルバム『True Romance』(13年)では思うような結果は出なかったものの、ソングライティングの評価は高く、それ以降もカミラ・カベロ、セレナ・ゴメス、ブロンディなど、さまざまなアーティストの楽曲を手掛けて、パーティ好きなハイパーポップの先駆者として才能を存分に発揮していく。
2018年にはテイラー・スウィフトの「レピュテーション・ツアー」のサポートアクトに抜擢されたことで、一般的な知名度を上げた。日本にも同行している。最近では映画『バービー』(23年)のサウンドトラックにも参加したことも話題となった。
MVではパーティガールらしく仲間たちと騒いだり、ダンスを披露したりするが、ステージでのパフォーマンスはほぼ一人で貫く。2025年4月に2週にわたって開催されたコーチェラ・フェスティバルでのステージも、LISAやJENNIE、ミーガン・ジー・スタリオン、レディー・ガガなど多くの女性アーティストはダンサーが多数参加した群舞でステージを華やかに魅せたが、チャーリーは違った。ビリー・アイリッシュやロード、トロイ・シヴァンといったゲストを曲ごとに迎えつつも、まさにアンダーグラウンドでのクラブDJとしてグイグイ盛り上げていくパワーで大観衆をダンサーとして踊らせ、「私こそがbratの象徴よ!」と見せつける大ステージを独占し、自在に動き回るアグレッシヴなパフォーマンスで圧倒した。最初はスマホでチャーリーを撮影しようとしていた大観衆が、その動きに追いつかず、もしくは楽しすぎて撮影よりも一緒に踊ることを選択してしまうほど、ひとりの圧倒的な存在感でコーチェラのステージを制覇し、世界各国に配信された祭典を闘い抜いたのだ。
「ステージでの衣装は、私が実際に着る服のように感じることがとても重要。ステージの衣装は私の普段の服と同じ」といい、なかでも黒のサングラスと膝下までの黒のレザーブーツはトレ―ドマークと言っていいだろう。そして、チャーリーは「ありのままの自分であること」で、ファンたちにも自分らしくいられるような力を与えている。『Vogue Singapore』誌でのインタビューで、かつてはクラスメイトにくせ毛と濃い眉毛でバカにされていた特徴を、「今では、みんながいつも私の髪と眉毛を褒めてくれるの」と話していたが、欠点だと思っていたことを長所に捉えた発言にも、励まされるファンたちは多いはずだ。
2024年に“brat summer”という現象を巻き起こしたアルバム『brat』で、チャーリーは英国のブリット・アワード2025で最優秀アーティスト賞、最優秀アルバム賞など最多4冠に輝き、第67回グラミー賞では9部門ノミネートされ、最優秀ダンス /エレクトロニック・ミュージック・アルバム賞など3部門で受賞。そしてこの5月15日には、4枚目のアルバム『How, I’m Feeling Now』(2020年)が発売から5周年を迎えたことを祝うような形で、またInstagramにファンへの感謝の言葉などを書きながら、そのアルバムの収録曲「Party 4 u」のMVを発表した。そして現在はワールドツアー中で6月5日からはヨーロッパツアーが始まったが、今後は映画界でもひと暴れしそうだ。
公開を待たれるのは、ダニエル・ゴールドハーバー監督によるカルトホラー映画『Faces of Death』(1978年)のリメイクで主演を務めた同名作、キャシー・ヤン監督のアート界を舞台にしたダークコメディ『The Gallerist』やグレッグ・アラキ監督のスリラー映画『I Want Your Sex』、さらには三池崇史監督の新作に主演で参加することが決まっている。
また、チャーリー自らのアイデアを基にした映画『The Moment』をA24とチャーリーの新しい制作会社Studio365と製作し、出演することも決まっている。音楽面でも、ジャック・アントノフと共同エグゼクティブ音楽プロデューサーとしてA24の映画『Mother Mary』のスコアを担当。今年の5月15日から配信が始まったPrime Videoのコメディドラマシリーズ『オーバーコンペンセイト〜イケメン男子の自分探し〜』でも、エグゼクティブ音楽プロデューサーとして楽曲提供とカメオ出演している。彼女はいつの間にこんなに撮影に参加していたのだろう。
2025年の後半、チャーリーxcxは、どのような世界を私たちに見せてくれるのだろうか。
チャーリー・エックス・シー・エックス/Charli xcx 本名シャーロット・エマ・エイチソン。シンガー・ソングライター、プロデューサー、俳優。1992年8月2日、イングランド、ケンブリッジ生まれ。早くからソングライティングの才能が認められ、アイコナ・ポップの「I Love It」(12)や、第57回グラミー賞で最優秀レコード賞にノミネートされた、イギー・アゼリアと共演した「ファンシー」(14)の大ヒットで注目される。2019年には既にシングルで共演していたトロイ・シヴァンやリゾに加え、ハイム、スカイ・フェレイラなどを迎え、セルフタイトルのアルバム『Charli』を発表し、ミュージシャンとの交流を深めていく。2015年に初の単独来日公演、2022年には『CRASH』のリリースタイミングで、都市型フェス「TONAL TOKYO」にヘッドライナーとして出演した。その我が道を行くそのスタイルから予想がつかず、今、最も目が離せないアーティストの1人。
参考記事
https://www.gq-magazine.co.uk/article/charli-xcx-interview-2024
https://www.harpersbazaar.com/uk/fashion/fashion-news/a62984269/charli-xcx-style-interview/
https://vogue.sg/charli-xcx-cover-story/
音楽ジャーナリスト・アメリカ文学研究
伊藤なつみ
デヴィッド・ボウイ、坂本龍一からマドンナ、ビョーク、宇多田ヒカル、ロバート・グラスパーなど、取材アーティスト数は数え切れないほど。『ユリイカ』2023年5月号に掲載の論考「ヒップホップ・フェミニズムの変遷」など、現在は黒人女性のエンパワーメントについても研究中。
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