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日本に暮らす人々にとって、近くて遠い国、ペルー。スペイン征服以前のインカ帝国の首都、クスコを擁する、ラテンアメリカの主要国である。また、ペルーを含む南米大陸は、トマト、ジャガイモ、カカオ、ピーナッツなど、現在の食卓を彩る、欠くべからざる食材の原産地域でもある。さらには、多くの日系ペルー人が、社会の主要なメンバーとして存在感を放っていることも、ペルーと日本の、心理的な親近感を生じさせている。さて、このペルーが、近年、ガストロノミーの世界で注目されている。2022年に、東京・紀尾井町にオープンし、瞬く間に人気となった、『MAZ』は、今回、紹介する『CENTRAL』のコンセプトを日本で展開させた店で、すでに訪問した読者も多いだろう。近くて遠い国、と書いたが、物理的な距離があるリマまで食べに行くのはそれなりのハードルだ。今回は、訪問の機会を得た本紙記者が紹介したい。
ペルー・リマの富裕層エリアに位置する『CENTRAL』は2008年にオープン。その後、年々評価を高め、前述した『The World’s 50 Best Restaurants』で、2022年に2位、2023年には世界1位を獲得している。
敷地内側の壁にサイン。公道からは、ここが世界最高のレストランだと示すものはない。

当地のセキュリティの問題もあり、目立たない灰色の壁で囲まれた敷地に一歩足を踏み入れると、そこには自家栽培の畑、自然農園といった趣の、緑なす庭園が広がる。




瀟洒な平屋づくりの建屋に入ると、まずはプレゼンテーション。
ナチュラル・ハーブティーでのどを潤した後に目に入ったのは、『CENTRAL』で使われている食材や調味料などを少量ずつ盛った、プレパラート状の石板だ。
ここで、このレストランの食材の簡単な説明を受けるのだが、席に通されてからの驚きは、このプレゼンテーションをはるかに上回った。


看板のテイスティングメニューの名は『MUNDO EN DESNIVEL』(高低差のある世界)。レストランのメニューなので、確かに、皿ごとに名付けられた名前と、使用される食材が書かれているのだが、これが、標高別に分かれているのである。
縦軸に海面下15mから、地上高4200mまでの高低差が明示され、横軸に、供される料理に従って、左から右に皿名と使用食材が書かれる。

高低差を示すスケールは左右にスライドするようになっており、例えば、メニューの最下段に見えるWARM SEA CURRENT「温かい海流」という代表的な料理の記載位置は水深15mと読み取れる。これはペルー沿岸の暖流で捕れるrazor clams(マテ貝)、lobster(ロブスター)、murike grouper(ムリケハタ)を使った料理だ。このように、一皿ごとに、同じ標高・深度で産する食材に限定して標高別に食材を整理し、同標高の食材を掛け合わせることによって、独創的な一皿一皿をクリエイトするという手法で、これには衝撃を受けた。
イノベーティブなレストランは、一皿一皿に、未知の世界が広がることを目指し、手練れの美食家たちは、今度はどのような、見たことのない(食べたことのない)一皿に出合えるだろうと、世界中を旅しているのだが、この食材の整理の仕方そのものが、イノベーティブというほかない。
そして、この方法は、食材王国、ペルーだからこその見せ方でもある。
前述のように、メニューには、海面下から地上高4200mに至る高低差が刻まれている。
日本もその地形的特性から、食材の宝庫と言えるだろうが、広大な経済水域を持つ太平洋、南米大陸の背骨であるアンデス山脈、さらにアマゾン源流域までをも版図に持つペルーの食の多様性は想像に難くない。
CENTRALには、既存の郷土料理を発展させた高級な皿、というものがない。例えば、セビーチェなどは、南米ペルーを代表する郷土料理なので、普通なら、それを洗練させた皿が供されるのでは、と考えるのが普通なのだが、それが一切ないのが潔い。








このように、実際に記者の眼前に現れた料理は、使用しているすべての食材が標高ごとに再構築され、ここにしかない一皿として提供された。唯一無二という表現は、まさにこのレストランのためにあるといっても過言ではない。
ただし、急いでつけ加えておきたいのは、このレストランは、まったく新しい体験をするために、世界中から名うての食べ手が集まってくるレストランではあるが、ただ単に、おいしいものを食べたい、美食を極めたいといった向きにはそぐわないということだ。そもそも、おいしさとはきわめて保守的なもので、多くの人は自分が馴染んだものを基準に旨い・不味いを判断するよりなく、例えば、好き嫌いや、偏食のきらいがあるタイプは、CENTRALの本領を体験しきれない。客のリクエストを訊いて料理を調製することは基本的にないし、ペルーの豊かな生態系を皿の上で昇華・表現することがCENTRALの意義なのである。
世界一位の価値を五感で味わうためには、にわか勉強であったとしても、ペルー及び南米の食文化への一定の理解がないと、CENTRALの価値は感じ取れないだろう。
食欲を満たすだけでなく、知的欲求を満たすために存在するレストランというものが、ある。
ラグジュアリーなテーブルを求めるフーディならずとも、いつか実現したいバケットリストには、ぜひともこの『CENTRAL』を加えておきたい。
STAFF
Photography and text by KAMIYAMA Atsuyuki
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