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年齢を重ね、渋みを増した、今の永瀬正敏にしか演じられない『箱男』。生き様を刻みつけた作品に魅せられる。アイデンティティが交差する世界の大舞台で、現在に至るまで、役者の経験を積み重ねる努力。第一線で活躍し、走り続けるために意識していること、そして幸せの軸とは何か。
【前編】永瀬正敏が語る『箱男』。安部公房から直接、映画化を託され、27年間諦めなかった石井岳龍監督と形に。
──箱男になりながら、迷っている『わたし』と箱男になろうとまっしぐらなニセ医者の対峙する構図が実にユニークです。ニセ医者役の浅野忠信さんとは石井監督の作品だけでも『五条霊戦記 GOJOE』(2000)、『ELECTRIC DRAGON 80000V』(2001)、『パンク侍、斬られて候』(2018)とこれまでに何度も共演しています。今回はどのような関係性を築けましたか。
「それが空き時間はお互い、作品に全然、関係ない話ばかりしていて、大した話し合いもしていないんですよね(笑)。僕は彼に絶対的な信頼があるから、お互いの化学反応、作用、変化が毎回、楽しみなんです。彼もそう思ってくれているとうれしいですけど。
やる前に『僕はこう思うから、こうしてくれ』とか、『こうやるから、君はどうする?』というような会話がなくても、現場に立って、一緒に動く。そうすると、僕の想像していたニセ医者とは全然、違っているんです。それが面白いんですよね。『なるほど。こうなるのか。それなら、こうもいける?』という風に言葉でなく、芝居で問いかけていく。すると今度は向こうが受け取りながら、別の問いかけをしてくる。もちろん、監督さんの作られた世界の中でやることですけど。彼と一緒に現場に立つのは実に楽しいです。出会ってから長いので、その信頼関係もあると思います。
彼のリミッターの振り切り方というのは、毎回、僕の想像を超えてきます。それできっと僕も変わる。お互い、そういう存在であればと願っています」
──お二人とも海外で活躍されていますが、常に第一線で活躍し続けるために、永瀬さんが意識的にしていることはありますか。
「浅野くんに比べたら、僕なんてとてもとても。ただ、デビュー作の監督が教えてくれない人だったんです(『ションベン・ライダー』相米慎二監督)。『こうだから、こうしろ』っていうような監督ではなくて、『俺が知っているわけないじゃないか。お前が演じているんだから、お前が一番、知っているはずだろう。掘り起こせ』っていうような監督でしたから。だから、何よりまず、作品のことを常に考えていますね。きっと彼もそうでしょう。そうでなければ、海外の監督さんやクルーと仕事をする時にその程度の役者なんだって思われてしまいますから。底が知れてしまうというのかな。『何かアイディア、ない?』って言われた時に『これはどうですか』っていうようなストックを持っていないと。何がなんでもやりたいって言うのはなくてもいいけど、簡単に言えば、どれだけ役としての引き出しを持っているか、なんです。そういう話はよくしますね」
──引き出しのヒントみたいなものはどこにあるのでしょうか。どうやって、ストックしていくんですか。
「いろんなところにいろんなものがあると思います。普段の生活の中でも感じることもあるでしょうし、監督から音楽など、作品のイメージのヒントをもらえる時もあります。そうすると、『なるほど、こういうリズムなんだ』と知ることで、自分の出し方がちょっと変わってきて、『どう思う?』『だとすると、こっち、どうですか』というやりとりもできます。監督がそんな風に付き合ってくれる方だと、ずいぶん違ってきますね。
イランの役者さんたちと以前、一緒に仕事をしたことがあるのですが(『ホテルニュームーン』2022)、台本があって、監督もいるんだけど、彼らは勝手にリハーサルを始めるんですよ。突然、ブワ〜っと芝居が始まる。『これはどう?』『こういうのは?』って、役者同士でシーンを作りあげてしまうんです。その後で監督にジャッジしてもらう。僕は言葉もわからないし、最初はポカンと見ているしかできなかったんですけど、英語でこういう感じでやっているんだと説明してもらって、参加しました。勝手に芝居を作っていっちゃう国もあるのかと驚きましたね。そういう場合は芝居をガチガチに固めていると、どうにも対応できなくなる。投げる球、受けるミットがないと、プレイできないのと同じです。どれだけ自分がその役について深く考えているか。だからこそ、できる行為ではあるんですけど、感嘆しました。いろんな意味で規制があるから、それぞれがその中の自由を探していらっしゃるんでしょう。極端な話をすれば、シャワーのシーンでも女性はヒジャブを外せないですし、キスシーンなんてとんでもない世界。そんな制約のある中で、どう表現するのかを考えている俳優さんたち。だから、普段、僕らが考えてないようなアイディアが出てくるんです。僕らとは違うアイデンティティを持っているから、興味深かったです。とても刺激になりました」
──世界で活躍されているからこそ、知られる感覚ですね。永瀬さんは『ミステリー・トレイン』(1989)以来、27年ぶりに『パターソン』(2016)に出演するなど、ジム・ジャームッシュ監督とも関係が深いですよね。石井監督とも長いですが、監督との関係性は同志のような感覚なんでしょうか。
「どうでしょう。相手からもそう思っていただけていたら、光栄ですけど。1回、仕事して、『はい、さよなら』ではなく、そんな風に現場にまた、呼んでいただけることは単純にうれしいです。ジムもそうですけど、ずっと長い間、交流がありますから、強いて言えば友人といえるのかもしれません。新しい出会いも求めているけれど、そこはそこで大事にしたいですね」
──読者層は永瀬さんと同世代も多いのですが、「自分の幸福の軸は何だろう?」と再考しだす世代でもあります。永瀬さんにとっての幸せの軸は何だと思いますか。
「難しいですね。きれいごとじゃないですし、それを感じる世代です。いろんなことの起きる年代でもあります。若い頃は夢や希望、いろんなものがあったけれど、それだけでは過ごせないこともわかっています。でも、半歩でいいから踏み出したいって、いつも思うんです。
僕たちは表現するのが仕事ですから、年齢によって役柄も違ってきます。続いているものではなく、その時々の発見があります。そういう意味では、ちょっと特殊な職業と言えるのかもしれません。だからこそ、新しい作品に向かう時には、攻めるというわけではないですけれど、半歩でいいから前に進んでいたい。そういう気はしますね。そうあるべきじゃないかなと思います」
──永瀬さんがいま、一番、幸せ感じる時はいつですか。
「やっぱり、作品を見ていただいた時ですね。意見はいろいろ、あっていいんですけど、スルーされるのが一番、辛いです。何も引っかからない、見てももらえない。僕らの仕事は出会ってもらわないと始まらないので、出会っていただけた時は本当にうれしいです。特にコロナの時はすごくそう思いました。リモートで挨拶することもありましたけど、舞台挨拶ができないから、お客さんに直接、届けることができず、反応がわからない。僕は役者で、主軸が映画なので、久しぶりに舞台に立った時に劇場にお客さんがいていただけて、こんなに幸せなことはないと、ぐっときました。多分、役者全員が感じたことではないでしょうか。
配信や地上波のテレビにもそれぞれの楽しみ方があって、それはそれでいいですけど、舞台挨拶を何度、やっても、あの時のことを思い出します。そこにいるお客様の反応が直接、目に見えるということ。そのありがたさ。できれば、劇場に来て、観ていただきたい。どの作品でもそう思っています」
監督:石井岳龍
出演者:永瀬正敏、浅野忠信、佐藤浩市、白本彩菜
原作:安部公房『箱男』新潮社
脚本:いながききよたか、石井岳龍
2024年8月23日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2024 The Box Man Film Partners
公式サイト:映画『箱男』オフィシャルサイト 2024年全国公開(happinet-phantom.com)
1966年7月15日生、宮崎県出身。 1983年『ションベン・ライダー』で俳優デビュー。『ミステリー・トレイン』(’89)で主演を務めて以降、海外映画出演も多数。台湾映画『KANO~1931海の向こうの甲子園~』(’15)では、金馬奨で中華圏以外の俳優で初めて主演男優賞にノミネートされた。『あん』(’15)、『パターソン』(’16)、『光』(’17)でカンヌ国際映画祭に3年連続で公式選出された初のアジア人俳優となる。出演だけでなく、スチール撮影も担った日仏合作映画『徒花ーADABANAー』が’24年10月18日より全国順次公開。
MOVIE WRITER
髙山亜紀
フリーライター。現在は、ELLE digital、花人日和、JBPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。
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Composition: Kyoko Seko
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