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映画化した石井岳龍監督は1992年になんと安部公房本人から直接、映画化を託されていた。ところが1997年に制作が決定し、スタッフ・キャストが撮影地のドイツ・ハンブルクに渡ったものの、クランクイン前日に撮影が頓挫。今回の主演はその27年前に辛酸を舐めた一人である永瀬正敏が担っている。20代から50代へ。年齢を重ね、渋みを増し、今の彼しか演じられない『箱男』となり、作品の再起を果たした永瀬。生き様を刻みつけた作品にかけた思いを語る。
──『箱男』は1997年に製作が決定し、撮影地のドイツ・ハンブルクに渡りながら、クランクイン前日に撮影が中止となった幻の企画でした。今回、27年ぶりに制作されましたが、永瀬さんにはリベンジ的な気持ちもあったのでしょうか。
「それも大きいですね。まあ、滅多にないことですが、直接、映画化を託された監督は安部公房さんとの約束を果たしたい、その一心だったと思います。僕らもまた、諦めることのなかった監督の思いをひしひしと感じながら、取り組みました。一言で27年と言っても、その期間に実はいろんな物語があったんです。実際に企画が立ち上がったこともありました。もちろん、うまくいかなかったのですが、それでも監督はずっと諦めてないっておっしゃり続けていて。それだけに思い入れの強い作品になったと思います」
──俳優は作品のために役を作り、演じることで解放するのだと思いますが、27年前、撮影初日に頓挫した時はどのような思いだったのでしょう?
「苦しかったですね。まさにクランクインの前日だったんです。街中に箱を置いて、その中に僕が入って、写真を撮る。それが僕のクランクインだったのですが、やろうとしたその日に『この映画を中止します』って言われて、それはもう辛かったです。ドイツのスタッフの方々もすごく思い入れを持って、準備していただいていたので。もちろん、僕よりも監督の方が失われたものが大きいと思いますけれど」
──例えば、『光』(2017)の時には撮影の始まる随分前からロケ地に住んだり、永瀬さんは徹底した役作りをする印象があります。今回はどのように役作りをしたのでしょうか。
「毎回、そうではないんですけど、河瀨直美監督はその地で何か受け取ってくれという監督なので、クランクインの1か月前ぐらいから、ロケ地に住みます。今回は27年前もそうだったように、箱を1つお借りして、自分の家で、その中にずっと入っていました。さすがにトイレは箱に入ったままではできなかったですけど、トイレとお風呂に入る時以外はご飯もその中で食べていました。そういう生活をしていました」
──箱の中で暮らすことで、何が見えてくるんですか。どんな感覚が得られるのでしょう?
「映画の中の回想シーンでは、『わたし』が箱に入っていく様子が描かれます。でも、冒頭では最初から『わたし』は『箱男』なんです。『スタート』と撮影が始まる際、自分の中で何か安心感を植えておきたかった。役作りというより、きっと自分が安心したいだけなのかもしれません。だけど、箱の中で感じるものは、やはり映画の中に出てくる『わたし』と同じなんですね。それを体感しておくのと、現場で初めて箱をかぶるのとでは多分、違うんだろうと思うんです。
あの小っちゃな空間の中にいると、空気の流れが変わるので、空気の音さえ違って聞こえます。外を遮断することで、思いっきり手に入れられる自由もあり、恐怖心もあります。それでいて、心地よさもあります。その心地よさにここから出られなくなったらどうしようという不安もあるんです。禅の世界と近いのでしょうか。無になっていく。なかなかな体験です。
監督にお会いするまではそんな風には思っていなかったんだけど、安部さんが小説を書かれた50年前より、現在の方が、作品のリアリティが増しているんじゃないかと思いますね。今の世の中、四角い箱(スマートフォン)がなくてはならない存在で、それがごく普通のことになっている。匿名性の自由もあるし、怖さもある。知識が格段に広がって、世界との距離も箱のおかげでとても身近にはなっている。でもコミュニケーション上の問題が多々あって、まさに箱に囚われている状況。安部さんは預言者ですね(笑)」
──原作には「見ることには愛があるが、見られることには憎悪がある」とありますが、見ること、見られることに関して、作品を通じて、どんなことを感じたり、考えたりしましたか。
「僕らの仕事は見ていただくことでもあるので、見られることは多いです。かといって、僕は写真も撮るので、『わたし』と同じで、見る側もやっています。両方の自由度も、ネガティブな部分もわかるというのかな。何とも言えないところがありますね。圧倒的に便利になったけれど、失ったものももしかしたら、あるんじゃないかなとも思っています。安部さんの世界とそれを作品化した石井監督の凄さに感じ入るばかりです」
──例えば、写真を撮る方の中にはフィルムにこだわる方もいらっしゃいますが、永瀬さんはどうですか。
「僕はあんまり、ないですね。何でも受け入れます。フィルムでも撮りたいという欲求もあれば、ぱっと撮れて、すぐ見てもらえるのがデジタルの良さだったりもする。道具としてのこだわりはないです」
──「わたし」にとって、箱は鎧のように守ってくれているようで、コントロールが効かなくなる、自由にも不自由にもなる存在ですが、永瀬さんにとって、そういう存在は何かありますか。
「改めて、考えてみると、不自由とはちょっと違いますが、作品を作るということはそういうことなのかもしれないですね。監督に作っていただいた世界観の中で、僕らは自由に演じているわけですけれど、すべてを全部、コントロールはできるわけではないんです。編集作業や音楽は僕らが(映像を)お渡ししてから後の作業になりますし、お客さんにどう受け取ってもらえるかっていうのも僕らが決めることではありません。手にして、手放して……もしかしたら、ちょっと似たような体験を毎回、しているような気もします」
──オファーされた時には20代でしたが、今だから演じられたと思われるところはどんなところですか。
「原作的には前回の方が、世界観は近いのかもしれません。ただ今回は、監督が年表を作ってくださって、原作が発表された時に『箱男』が生まれたという設定になっています。いろんな選択肢があって、自分が原作に近い芝居をすることもその一つですが、それでは“現代でやりたい、今の世の中で撮りたい”という監督の意図との間にギャップが出てしまう。なので、作っていただいた年表をもとに、どんなことがあった時期に生まれて、大学に行って、バイトして、就職して……と年表を見ながら、そちらにシフトしました。27年前だったら、もしかしたら、思いなのか何なのか、そこまで理解できない部分があったかもしれない。もしかしたら、この27年という月日が自分にも良かったのかもしれない。そう思いたいですね。
20何年前の僕は、1人に1台、手軽にコンピュータを持ち歩いて出かけられるような時代になるなんて、思ってもいませんでした。今は見る、見られることもそうですし、匿名性の良さと悪さ、ものすごくいろんなものが身近にあります。だからこそ、できた、演じられたのかもしれません。
「劇中では、『わたし』が一番、迷っています。自分で箱の魅力に取り憑かれて、中に入ってしまったものの、ノートに自分の存在証明を書き綴っている。そんな揺れがある。勝ち得て箱男になったはずなのに、誘惑してくる女性・葉子(白本彩奈)に出会って、一回、箱を脱いでもいます。葉子の存在は『わたし』にとっては天使かもしれないけれど、謎に包まれています。一方、完全犯罪を企む軍医(佐藤浩市)はいわゆるタナトスに向かっていて、箱を最終的な着地点にしている。ニセ医者(浅野忠信)は本物の箱男になろうという道を突き進む。きっと観ていただく人にとっては、『わたし』こそが実は一番、身近な存在なのかもしれません。生きていると、確信を持ちながらも悩んだり、あるいは悩みながらも確信を導いたりしていきます。日々、選択で揺れるのが人間味であり、人間性なのかなと思っているんです」
監督:石井岳龍
出演者:永瀬正敏、浅野忠信、and佐藤浩市
原作:安部公房『箱男』新潮文庫
脚本:いながききよたか、石井岳龍
2024年8月23日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2024 The Box Man Film Partners
公式サイト:映画『箱男』オフィシャルサイト 2024年全国公開(happinet-phantom.com)
1966年7月15日生、宮崎県出身。 1983年『ションベン・ライダー』で俳優デビュー。『ミステリー・トレイン』(’89)で主演を務めて以降、海外映画出演も多数。台湾映画『KANO~1931海の向こうの甲子園~』(’15)では、金馬奨で中華圏以外の俳優で初めて主演男優賞にノミネートされた。『あん』(’15)、『パターソン』(’16)、『光』(’17)でカンヌ国際映画祭に3年連続で公式選出された初のアジア人俳優となる。出演だけでなく、スチール撮影も担った日仏合作映画『徒花ーADABANAー』が’24年10月18日より全国順次公開。
MOVIE WRITER
髙山亜紀
フリーライター。現在は、ELLE digital、花人日和、JBPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。
STAFF
Movie Writer: Aki Takayama
Composition: Kyoko Seko
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