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前回に引き続き、テーマはロシアの文豪・ドストエフスキーの作品。小説家・中村文則氏を招いて、『白痴』を中心に作品や作家自身について、熱く深く意見を交えました。中村氏からは、小説を書くモチベーションや作家志望へアドバイスなども。現代の同世代作家ならではの、フランクなトークが繰り広げられました。
対談者:中村文則
1977年9月2日。小説家。愛知県東海市生まれ 2000年、福島大学行政社会学部、応用社会学科卒業。 以後、作家になるまでフリーターを続ける。 2002年、『銃』で第34回新潮新人賞を受賞してデビュー。2004年『遮光』で第26回野間文芸新人賞を受賞。2005年『土の中の子供』で第133回芥川賞を受賞。愛知県芸術選奨文化賞、東海市民賞を受賞。2010年『掏摸』で第4回大江健三郎賞を受賞。2014年ノワール小説への貢献でDavid L.Goodis賞を受賞。2016年『私の消滅』で第26回ドゥマゴ文学賞受賞。2020年第73回中日文化賞を受賞。
平野啓一郎(以下、平野):中村さんとは飯田橋文学会や、名古屋で開催されたドストエフスキー学会でお会いしていますが、対談は今回が初めてです。どうぞよろしくお願いします。まず中村さんの最新作『列』についてお伺いしたいと思います。並んだ先に何があるかもわからない行列に並び続けるという象徴的な設定ですが、どのように着想したのでしょうか。
中村文則(以下、中村):人間が置かれているその状況を書くことにより、人間そのものを表すという、文学の手法があります。カフカなら虫に変身してしまうという状況、安部公房なら「砂」という不毛なものに囲まれている状況を書くことで、「人間とは何か」を炙り出しました。これを前からやりたいと思っていて、コロナの閉塞感の影響もあり、「行列」というものが浮かびました。
平野:現代社会は、あまりにも情報量が増えすぎていますよね。例えば殺人事件を書くにしても、昔の閉鎖的な村だったら、その村の中の人間関係くらいしかない。でも現代は、マスメディアが加わり、ネットの世界にも波及し、3倍も4倍も情報量があり、さらに過去も調べると、とんでもない規模になってしまう。かといって、具体的な話を削ってしまうと、現代社会を書いていることにはならないというのは、僕自身の創作の悩みでもありました。
中村:この作品では、「列に並ぶ」というメタファーを使うことによって、比べ合うことを表現しようと思いました。まさに今、SNSの時代なので、人類史上最も、人間がお互いに比べ合ってる時代に突入しています。この、比べ合うとか、羨ましくなってしまうとか、人より上に立ちたい優越感といった現代の感覚を、「列」で表してみようと思ったんです。書く対象を絞るという意味において、気持ち的には原点回帰に近いんです。
平野:今年、安部公房が生誕100年を迎えたことを機に、あらためて読み直して、半分はリアリズムのように、半分は抽象的な話として書くというのは、物語を圧縮する手法として有効ではないかと思っていました。そんななか、中村さんの『列』が刊行されて、ちょっとやられた感がありました。
中村:いえいえ。今日のテーマにもつながる話なのですが、ドストエフスキーは自分が世界的な作家になると知らないまま亡くなっているんですよね。そういうのを見ると、作家の真の評価は死後だと思うようになったんです。それで、「比べ合う」ということを結構客観視できるようになった結果、『列』が書けたのかもしれません。もっと周りを気にしていた若い頃には書けなかった作品だと思います。
平野:わざわざ言わないだけで多くの人は、人と比べることとか、自分の状況に対する煩悶、嫉妬の苦しさを抱えていると思います。それに対しどう克服していくかというところまで、この作品はカバーしていると思います。『列』については聞きたいことはまだまだありますが、今日のメインテーマであるドストエフスキーのお話に移りたいと思います。
平野:名古屋のドフストエフスキー学会で、中村さんは『白痴』をテーマに発表されていましたね。『白痴』は恋愛小説の最高傑作という人もいますが、ドストエフスキーの五大長編の中で、中村さんにとって『白痴』はどのような作品でしょうか。
中村:学会でもお話したのですが、ナスターシャが自分に加害行為をした相手に反抗するという意味で『白痴』は初の「Me too小説」かもしれない、その萌芽がある小説だと思っています。当時のロシアには、女性の権利を考える風潮があり、ドストエフスキーも敏感に反応をしていたのだと思います。ただ本来はナスターシャは救われるべきですが、小説の構造的にそれができず、ジレンマを感じます。神について言えば、ドストエフスキーはキリスト教の信者なんですが、無神論のことも異端のことも、むしろそっちが好きなのではというぐらいの熱量で書いています。そういったところも、彼の現代性を表していると思います。
平野:囲いもののようなナスターシャを、受け止める側のムイシキンがもっと精神的に落ち着いてキャラが首尾一貫していれば、崇高な恋愛小説になるのだと思います。ほとんど無意味に近いような会話が連綿と続いていくのを読まされると、ムイシキンがだんだんと壊れていく過程に妙に説得力があるんですよね。重要な挿話が自由に組み込まれているところが19世紀の小説だなあと思う所以ですが、逆にそれが現代的であるかもしれず、構造的に不思議なものを感じる小説なんですよね。
STAFF
Photo: Manabu Mizuta
Movie: Cork
Text: Jun Mizukami
Editor: Yukiko Nagase,Kyoko Seko
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