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デビュー25周年を迎える平野啓一郎が、自身の作品を振り返るトークイベントを開催しました。主だった作品を振り返り、読者が選んだ「一節」と共に、作品テーマや執筆背景を解説。まだ平野作品を読んだことにない人に向けて、おすすめの読み方も紹介されました。
──小説家生活25周年を迎えられましたが、お気持ちはいかがでしょうか。
平野啓一郎(以下、平野):デビューが23歳で、小説家生活25年ということは、小説家になる前に生きてきた時間よりも、なってからの人生の方がついに長くなったということで、感慨深いものがありますね。ここまで続けられていることはありがたいことですし、本を読んでくださる方がいることが何よりですから、本当に感謝してます。
──平野作品を読んだことのない方に向けて、まずはどの作品から読むのがおすすめでしょうか?
平野:SNSでも、「どこから読むとよいのか」というつぶやきをよく目にします。多くの人の意見を総合すると、「最近のものから遡って読んでいく」というのが、僕の作品の場合は良いようです。デビュー作の『日蝕』から読み始めようと取り組んでくださる方もいらっしゃいますし、それはそれで嬉しいのですが、やはり今やっていることから遡って読んでもらった方が入りやすいですし、全体の流れを理解しやすいと思います。
──それでは、まずは最近の作品から振り返っていただきたいと思います。
~あらすじ~
舞台は「自由死」が合法化された近未来の日本。最新技術を使い、生前そっくりの母を再生させた息子は、「自由死」を望んだ母の<本心>を探ろうとする。「最愛の人の他者性」を主題に、愛と幸福の真実を問いかける平野文学の到達点。
僕は、彼女を愛さない。彼女から愛されることを願わない。ただ、今、僕の命が突然尽きるとして、その“死の一瞬前”に、彼女と一緒の自分でいられるならば、僕は、幸福とともに死を迎えられる気がする。つまり、宇宙そのものになることを、喜びのうちに受け容れる、ということだが。
読者が選んだ「一節」
僕は、彼女を愛さない。彼女から愛されることを願わない。ただ、今、僕の命が突然尽きるとして、その“死の一瞬前”に、彼女と一緒の自分でいられるならば、僕は、幸福とともに死を迎えられる気がする。つまり、宇宙そのものになることを、喜びのうちに受け容れる、ということだが。
僕は、彼女を愛さない。彼女から愛されることを願わない。ただ、今、僕の命が突然尽きるとして、その“死の一瞬前”に、彼女と一緒の自分でいられるならば、僕は、幸福とともに死を迎えられる気がする。つまり、宇宙そのものになることを、喜びのうちに受け容れる、ということだが。
平野:私たち人間は、職場や家庭、SNSなど、環境や対人関係ごとにいろいろな人格に変化します。それは、中心にいる「本当の自分」が複数の仮面を使い分けているのではなく、複数の自分すべてが「本当の自分」なんだという考え方を、僕は「分人主義」という言葉で提唱しています。そして「分人」のなかには、生きていて心地の良い分人もあれば、非常に不愉快な分人もあって、できるだけ心地のいい分人の比率を高めていくことで、自分の人生が生きやすくなるのではないかと考えています。
この小説の主人公は、亡くなった母が生前に「自由死」を希望していたことを知り、その理由を知ろうとします。「自由死」、そして選んでいただいた一節にある「死の一瞬前」というのも、分人主義から派生したコンセプトです。僕たちは死ぬときも、やはり何らかの「分人」を生きているはずですよね。そうすると、できれば、愛する人に見守られて、死の恐怖を共有してもらいながら、心地のいい分人で死にたいんじゃないかと思います。非常に不愉快な分人で最期を迎えるというのは、嫌だと思うんですよね。
小説のなかの一つの思考実験として、人間が自分の死のタイミングを自由に決められるとしたら、その社会はどうなのかということを考えたかったんです。愛する人に見守られながら死ねるという、死に対する自己決定権を持つことができる一方で、例えば、経済的な理由や周囲からの圧力で、自由死を選ばざるを得ないという問題も出てくると思います。この問題を巡る両義的な可能性について書きました。
~あらすじ~
天才ギタリスト蒔野聡史とジャーナリスト小峰陽子との愛と孤独を書いた長編小説。イラク戦争、難民問題、リーマン・ショック、東日本大震災、2000年代後半から10年代初頭にかけての世界的な事件を背景に、芸術と生活、父と娘、グローバリズム、生と死など、現代的テーマが重層的に描かれる。
世界に意味が満ちるためには、事物がただ、自分のためだけに存在するのでは不十分なのだと、蒔野は知った。彼とてこの歳に至るまで、それなりの数の愛を経験してはいたものの、そんな思いを抱いたことは一度もなかった。洋子との関係は、一つの発見だった。この世界は、自分と同時に、自分の愛する者のためにも存在していなければならない。
読者が選んだ「一節」
平野:この小説を書いた時期は、日本の政治的な状況も含めて、日々のニュースにうんざりさせられて、精神的に疲弊していました。この世の中のいろいろなことを、つかの間でも忘れさせてくれるような、美しい物語を読みたい、そんな気持ちが高まっていたんです。ただ、僕の精神状態にフィットする作品がなかったので、自分で書いたんです(笑)。
選んでいただいた一節で伝えようとしたのは、抱擁し合うときの官能的な情熱よりも、「話が合う」という一見単純なことが、愛し合う上で一番重要なのではないかということです。この小説の主人公たちは、二人で話した時間がとにかく楽しかった、という思い出を共有し、互いに惹かれ合うことになります。
人間は経験したことを抱えているだけではなく、人に話して共感したくなる。これは人間の根源的な欲求だと思います。例えば子供って、何か発見したりした時に、自分だけの胸に秘めておくということはできなくて、「見て見て!」と、大人に見せようとしますよね。それはおそらく、SNSで今日起きたことをシェアしたくなるのとつながっているんじゃないかと思います。
そして、単に綺麗な花とかではない、もっと複雑なことになると、誰に言っても通じるわけじゃない。「あの人にこそ聞いてもらいたい」という話ってありますよね。そういう人が恋愛の相手であれば、この世界を幸福に生きていけるんじゃないかと思います。何を見ても、何を感じても、あとであの人に話したいと思える。逆に別離の悲しみは、その話を共有する相手がいなくなってしまうことではないかと思います。
STAFF
Photo: Manabu Mizuta
Movie: Cork
Text: Jun Mizukami
Editor: Yukiko Nagase,Kyoko Seko
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