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──いろいろな解釈ができる話だと思いますが、実際、何が言いたいのだろうかと迷います。平野さんはどう考えますか。
平野:解釈の幅があることがいい作品の証拠だと思います。一つは、血まみれの首に接吻する若い女性という表象を残酷に愛でる、それこそが世紀末美学というような受け止め方があると思います。それを豪奢に飾り立てて、神秘的に描いたのがモローでした。そこからサロメってというのは、ファムファタールとして語られてきました。ただ、ファムファタールというとカルメンのような恋愛経験が豊富な女性にイメージされがちですが、実際に、ワイルドはサロメの処女性を強調しています。ほとんど恋愛もキスもしたことがない女性として描かれています。実際、物語のもとになっている聖書では、サロメはただの女の子で悪女である母親のヘロディアに利用されています。しかし、ワイルドはサロメ自身が、一人の自立をしようとしている女性として描き、そこがお手柄だったと思います。
平野:ヨカナーンがサロメを拒絶する理由は何なのか、明確には書かれていませんが、僕は、キリスト教の一つの核心である「原罪」をテーマにしているのだと思っています。人間はアダムが犯した罪を「原罪」として生まれながらに持っている。だからサロメは処女のように描かれているにもかかわらず、母親が露骨に示しているような、へロディア的なものを無自覚に持っている。
だからサロメはあどけなくヨカナーンに話しかけているにもかかわらず、キスしたいという性的な欲望が現れてくると、ヨカナーンは非常に厳しく批判してサロメを傷つけてしまう。それはワイルド自身の投影ではないでしょうか。彼自身が最終的には同性愛を告発されて投獄されますが、サロメがピュアであるように、ワイルドは自身の善性を信じていたと思います。当時はそういう欲望を抱えていること自体が「悪」として見なされていましたが、本当にそういう見方が正しいのだろうかと、社会に問いたい気持ちがあったのではないでしょうか。
ワイルドの童話や、『ドリアングレイの肖像』などの他の作品にも、「二重性」が描かれていますし、評論でも、「仮面」や「嘘」といった、表面的なものと本質的なものがテーマになっています。
『サロメ』では、表面的なサロメと、本当の彼女をテーマにしています。物語の前半では、非常に純粋に描かれながらも、その内側にある一種の原罪的な欲望をヨカナーンが厳しく指摘します。最後は内なる欲望が爆発したような残酷な行為に及びますが、そのときこそ彼女の中の純粋性が、そのセリフの中で逆説的に際立ちます。この“反転”が、物語の転換の中では重要なんだと思います。
──「訳者あとがき」で、「登場人物の心の動きは行き詰まるほどに緻密だが、セリフ自体には俳優演技とよく絡む隙があり、私はそれを言葉で埋めすぎないように気を遣った」とあります。具体的な例や工夫したところを教えていただけますでしょうか?
平野:まず小説の会話文は、話し言葉に書き言葉を混ぜて書くと結構スムーズに読めるものだと思います。文字は等間隔のリズムで紙の上に置かれていきますが、実際の話し口調は、接続詞の「だから」を早く言ったりなど、テンポが早くなったり遅くなったりします。それをそのまま文字にすると不自然ですよね。
舞台のセリフは、話しながら演技ができるような言葉でないといけないと思います。意味的にはっきりしていても、表現自体は身振りで補わないとニュアンスが伝わらない。そういう余白を残す必要がある。そういう意味では、あまりに詩的に磨き上げた文体にしてしまうと、俳優の体が自然に動いていかない気がするんです。洗練させすぎないことを洗練させるというか(笑)、セリフに身振りをつけて完成させる余白を残すことだと思います。
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1975年愛知県・蒲郡市生まれ。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作ごとに変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2004年には、文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在。著書に、小説『葬送』『決壊』『ドーン』『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』『マチネの終わりに』『ある男』など、エッセイ・対談集に『私とは何か「個人」から「分人」へ』『「生命力」の行方~変わりゆく世界と分人主義』『考える葦』『「カッコいい」とは何か』など。2019年に映画化された『マチネの終わりに』は、現在、累計60万部超のロングセラーに。『空白を満たしなさい』が原作の連続ドラマが2022年6月よりNHKにて放送。『ある男』を原作とする映画が2022年秋に公開、と映像化が続く。作品は国外でも高く評価され、長編英訳一作目となった『ある男』英訳『A MAN』に続き、『マチネの終わりに』英訳『At the End of the Matinee』も2021年4月刊行。「自由死」が合法化された近未来の日本を舞台に、最新技術を使い、生前そっくりの母を再生させた息子が「自由死」を望んだ母の<本心>を探ろうとする最新長篇『本心』は2021年に単行本刊行。ミステリー的な手法を使いながらも、「死の自己決定」「貧困」「社会の分断」といった、現代人がこれから直面する課題を浮き彫りにし、愛と幸福の真実を問いかける平野文学の到達点。2023年、構想20年の『三島由紀夫論』を遂に刊行。『仮面の告白』『金閣寺』『英霊の声』『豊饒の海』の4作品を精読し、文学者としての作品と天皇主義者としての行動を一元的に論じた。三島の思想と行動の謎を解く、令和の決定版三島論。
STAFF
Photo: Manabu Mizuta
Movie: Cork
Text: Junko Tamura
Editor: Yukiko Nagase,Kyoko Seko
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