行きたいところへ行っても、いつも満たされない。憧れが生む悲しい運命。

平野:渋谷に閉じ込められてしまった主人公の〈想い〉をはじめとして、「閉塞的な空間に閉じ込められる」という主題が様々な形で書かれていますが、意識的に書いたテーマなのでしょうか。

ツィマ:意識的です。書いていた頃は、日本に行くのが大きな夢でしたが、なかなか留学が実現せず、精神的に行き詰まっていました。

平野:プラハにいるヤナの心情はよくわかるんですが、逆に〈想い〉が渋谷に居続けるという発想がすごいですよね。

ツィマ:遠い国に対する憧れがあると、人間は満足できない状態になってしまう。私の場合は、チェコにいるときには日本に行きたくて、日本にいるときは、家族がいるチェコが恋しい。どこに行っても何かが欠けている。だから、ヤナは行きたいところに行ってもいつも満たされず、同じような悩みになる悲しい運命なんですね。

平野:この本が日本で刊行されたのは、コロナ禍の真っただ中でした。家から出られないし、諦めて家で本を読んでいるときに、渋谷のスタジオの地下室に閉じ込められてる青年の話などを読むと、それに感情移入するところもあったんです。外国にしばらく行っていないから、外国に行きたいという気持ちも重なりました。ある意味では日本の読者もいいタイミングで、この本を読んだんじゃないのかなと思います。

影響を受けた日本の作家は?

──読者からの質問です。

Q: 本作品の執筆にあたり、影響を受けた作家と作品を教えてください。

ツィマ:好きな日本作家は村上春樹で、夜の渋谷の描写は、『アフターダーク』から影響を受けていると思います。また執筆中に、大江健三郎の『万延元年のフットボール』を英語で読み、「いつかこういうものを書けるようになりたい」と強く思いました。歴史や現実と神話などレイヤーが多く、とても深い、目指すべき作品だと思います。いつかチェコ語に翻訳したいとも思っています。

Q: チェコ文学でおすすめの作品はありますか?

ツィマ:カレル・チャペックの『白い病』は、すごく面白い作品です。エピデミックをテーマにしている作品で、コロナの時代にとても読まれるようになりました。個人的には彼の書いた短編集が好きです。あと、チェコでも女性作家がかなりブームで、ビアンカ・ベロヴァーさんの『湖』がおすすめです。賞も多く受賞されていて、日本語訳も出ています。「ある国」を舞台にした神話的な話で、地球温暖化とか環境問題をテーマにしている、いい作品です。

Q:お二人は、作品を発表したあとに読者の声を聞いて、考えが変わることがありますか?

ツィマ:最近はインターネットの時代なので、読者の意見を直接読めますね。作家にとってはある意味、難しい時代になりました。読者にどう読まれたのか興味はあるのですが、見るか見ないか悩みます。こういうふうに書くべきだとか、変えたほうがいいという声を聞きすぎると、オリジナリティが消え、自分が書きたいものを書けなくなる気がします。これはインターネット時代の大きな問題です。

私は作品を書き終わるときには本当によく考えて、「これは書きたかったものなのか、出したいものか、これで満足できるか。」って自分に問います。決意したら、出版後にたとえ後悔しても、あのときはこれ以上いいものは書けないと思ったのでしょうがない、と自分を慰めることができます。

平野:長い目で見て10年20年ぐらい経つと、段々考えが変化するのはある気がしますけど、書き終わって数年以内で変化するというのは、僕の場合はあんまりないですね。

アンナさんと同じようにどこまで見た方がいいのかと、考えあぐねている作家は多いと思います。僕は、Amazonで自分の作品の翻訳本のレビューを見るとき、ポジティブなレビューだけに絞って見ると、「自分のことをこんなに理解してくれてる人が世界中にいる!」と思って励まされます。でも、どうしてもネガティブなレビューも目に入るので、その時は目の焦点をぼんやりさせて、しっかり読まないようにします(笑)

ツィマ:良い評価を10個もらっても、悪い評価を1つもらうと、頭に残るのはそのひとつなんです。

平野:そうなんですよ。人を不愉快にさせる天才的な能力を持ってるような人がいるから、そういうレビューを見ると、3日ぐらいずっとそのことを考えてしまう(笑)

ツィマ:ああいう星づけはなくなって欲しいと思います。厳しい人も優しい人も、結局何も基準がないですから。

この続きは、平野啓一郎さんと「文学の森」でもっと語り合ってみませんか? 

「平野啓一郎の文学の森」は、平野啓一郎をナビゲーターとして、古今東西の世界文学の森を読み歩く文学サークルです。月に一度のライブ配信で読み解く、小説家による小説解説!

1月〜2月のテーマは、アンナ・ツィマ著の『シブヤで目覚めて』。ご参加後は過去のアーカイヴでも視聴可能です。

次回は、平野啓一郎の最新短篇『富士山』を特別配信。

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PROFILE
小説家 平野 啓一郎
小説家
平野 啓一郎

1975年愛知県・蒲郡市生まれ。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作ごとに変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2004年には、文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在。著書に、小説『葬送』『決壊』『ドーン』『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』『マチネの終わりに』『ある男』など、エッセイ・対談集に『私とは何か「個人」から「分人」へ』『「生命力」の行方~変わりゆく世界と分人主義』『考える葦』『「カッコいい」とは何か』など。2019年に映画化された『マチネの終わりに』は、現在、累計60万部超のロングセラーに。『空白を満たしなさい』が原作の連続ドラマが2022年6月よりNHKにて放送。『ある男』を原作とする映画が2022年秋に公開、と映像化が続く。作品は国外でも高く評価され、長編英訳一作目となった『ある男』英訳『A MAN』に続き、『マチネの終わりに』英訳『At the End of the Matinee』も2021年4月刊行。「自由死」が合法化された近未来の日本を舞台に、最新技術を使い、生前そっくりの母を再生させた息子が「自由死」を望んだ母の<本心>を探ろうとする最新長篇『本心』は2021年に単行本刊行。ミステリー的な手法を使いながらも、「死の自己決定」「貧困」「社会の分断」といった、現代人がこれから直面する課題を浮き彫りにし、愛と幸福の真実を問いかける平野文学の到達点。2023年、構想20年の『三島由紀夫論』を遂に刊行。『仮面の告白』『金閣寺』『英霊の声』『豊饒の海』の4作品を精読し、文学者としての作品と天皇主義者としての行動を一元的に論じた。三島の思想と行動の謎を解く、令和の決定版三島論。

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