【悠々自旅のfolk*scapes】酸いも甘いも知り尽くす大阪ソウル!今も昔もその情念は街に人に宿る(後編)

小林泰彦が描く日本のディスティネーション alongside 『OMO7大阪 』 vol.3

PR/星野リゾート

星野リゾートとのコラボレーションで、日本を旅することの魅力をより深く、多彩に追求していく連載企画。長年日本の津々浦々を旅してきた画家・イラストレーターの小林泰彦が、日本各地の星野リゾートを訪ね、その地の魅力の実像を掘り下げる。今回は『OMO7大阪』を起点に、大阪における「なにわ文化」に関して、さまざまな場所や担い手たちを訪ね見聞することで、その現在のありようを探っていく。

SPECIAL Sep 11,2026
【悠々自旅のfolk*scapes】酸いも甘いも知り尽くす大阪ソウル!今も昔もその情念は街に人に宿る(後編)

目次 /

・変化しつつ受け継がれるなにわ文化
・『OMO7大阪』その2~新世界さんぽなど、大阪を味わう各種アクティヴィティ~
・『OMO7大阪』の宿泊券をプレゼント

画家、イラストレーター
小林泰彦

こばやしやすひこ/画家、イラストレーター。1935年、東京・日本橋生まれ。武蔵野美術学校中退。社会風俗、環境、街、旅、自然、スポーツ、登山やハイキングなどのイラストレーションを中心に、制作活動中。小説の挿絵や本の装丁などのほか、絵と文によるレポートや紀行のような仕事も数多い。また、文具類、食器類、衣類など小林泰彦のライセンスプロダクトも展開されている。国内外の旅によく出かけ、自然の中で過ごすことが多い。近刊は『にっぽん建築散歩』『続・にっぽん建築散歩』(ともに山と溪谷社)、『イラスト・ルポの時代』『ヘビーデューティーの本』(ともにヤマケイ文庫)、『ヘビトラ大図鑑』(トゥーヴァージンズ)など。

変化しつつ受け継がれるなにわ文化

『たこやきの老舗・会津屋本店』のイラスト
  たこやきはいまでは日本中に普及したスナックだが、本来は大阪のソウルフードであり、西日本の粉もの文化のひとつにちがいないと思う。なのでこの際本場大阪のたこやきの名店はと探したら『たこやきの老舗・会津屋本店』と出たので、さっそく西成区玉出の同店へと出向いた。

 タコのロゴが目立つ会津屋本店は確かにたこやきの老舗らしい構えで、店頭に立つとたこやきの香りに包まれる。職人さんの焼き方の手際のよさに見とれていたら店主らしい方に声をかけられ、それがマネージャーの坪内裕也さんだった。

 さっそくですが看板に「たこやき」と別に「ラヂオ焼き」とありますがあれは何ですか。

 はい、あれは昭和8(1933)年に創業したときの名称で、つまりたこやきは初めはラヂオ焼きだったんです。当時はラジオが時代の先端を行くモノだったので、それだけの理由で新商品の名前にしたわけです。

 鉄板のくぼみに粉を流して焼いたものをラヂオ焼きといって始めたわけですね。ネタも牛筋や豆やこんにゃくやいろいろ試して、そのうちに明石の方でタコを入れてるのでこっちも入れてみたらどやとやったのがたこやきで、それが昭和10年です。他にもちょぼ焼きとか言われたりしたけど、結局たこやきに落ち着いたのです。

 会津屋というのは創業者が会津の人だったからです。ラヂオ焼きも会津の郷土料理の出汁(だし)で生地に味つけをしたときいています。

 いまはタコ以外のネタを入れたのをラヂオ焼きとしています。星野リゾートさんのところの『OMO』の屋台限定のたこやきでは「味噌ホルモン」のラヂオ焼きが名物です。大阪らしさを出したいということで始めましたが、新世界らしい、西成らしいと評判をいただいています。

 たこやきのコツはやはり火加減ですね。一番おいしいパリッと焼ける瀬戸際のタイミングが難しいです。焼きすぎて焦げてはダメだから、これはもう経験で覚えるしかないです。

 たこやきが生まれたあとでアメリカからファストフードが入ってきましたが影響はありましたか。

 マクドナルドやケンタッキーですね。これらは洋食系でたこやきは和食系なので直接の影響はなくて、逆に学ぶことがあったようです。向こうはバラエティーが多くメニューが豊富なので、あそこまでは行けんかな、新しいこと考えなあかんかなとか。

 それでイカ焼きとかチキンを入れるとかやりましたが続かなかった。大きさも考えましたが、たこやきはこの大きさがええのでね。タクシーの運転手さんが走りながら食べられるとかお巡りさんがちょっと後ろ向いて召し上がるとか(笑)。だからこの大きさは変えたくないし価格もこのままでいきたい思います。結局いまのままでよいということで。
『MEG』の編集長の杉岡ちず子さんのイラスト
 杉岡ちず子さんは文楽の大ファンとのことで、音楽や演劇などエンタテインメントの情報誌『MEG』の編集長を務めるほどだからその愛し方も相当なものに違いなく、そこで杉岡さんに大阪の古典芸能・人形浄瑠璃文楽の深遠を伺うことにした。

 文楽との出会いを知りたいです。私が文楽にはまったきっかけですね。ある時、伝統芸能が好きな友人に勧められて初めて文楽を観に行きまして、その時の演目は「本朝廿四考」でしたが、鶴澤藤蔵さんの三味線を聴いたとたんに「これってめちゃくちゃロックやん、かっこええ!」と衝撃を受けて、そこでいっきにファンになったんです。なので初めは床(ゆか、太夫と三味線で演じる義太夫節)に魅かれたんですね。

 それから世話物(人情劇)を観るとセリフが完全に古い大阪言葉なんで、おばあちゃんたちが喋っていた「ちべたい(冷たい)」とか「おひさん(お日さま)」といった言葉がそのまま舞台で語られるのが本当に心地よくて、自分の中の大阪の出汁(だし)感性とぴったりシンクロしてますますはまってしまいました。

 私は西成(にしなり)生まれの西成育ちで、おばあちゃんが入れ墨しているようなやんちゃな環境で育った純粋な大阪人です。なので出汁の効いたお吸い物のような大阪文化にどっぷり浸った人間なんです。

 浄瑠璃だけでなく人形の動きにも驚きました。「菅原伝授手習鑑」の「寺子屋」の段で吉田簑紫郎さんの人形を見ていたときに、ちょっとした仕草だけでその人物の繊細な感情、心の動きが伝わってくるのに、これは凄いと感想しました。

 女性の人形には足がなくて、足遣いは裾の捌きだけで動きを表現します。これなどは人形が人の動作を単純化してエッセンスだけを見せるという人形劇の大切なポイントをいちばんよく表していますよね。それも凄いです。

 お客さんの方も大阪のお客さんは人形浄瑠璃を観てストレートに反応します。面白かったら手を叩いて面白がる。悲しかったら遠慮なく声を出して泣く。八百屋お七がやぐらに上って半鐘鳴らすときはおもわず「頑張れ」とか「行け」とか言いそうになります。そんなのは実に大阪のお客さんらしいと思います。お金払った分充分楽しんで帰るで、ぐらいの勢いで観に来てるんです。

 そういうのは歌舞伎でも同じだけど、人形浄瑠璃は案外、庶民的な芸能だなと思っています。事件がすぐ芝居になって、ある意味ストリートカルチャー的ですね。

 義太夫節のパワーというのも大事です。あの太棹の深い、腹の底に響くような音。夜の場面でデーンという音ひとつで劇場全体が闇に包まれる。三味線の音色ひとつで「悲しいわ」「あんたが好きやわ」などの感情を表します。凄いチカラです。

 そういう人形浄瑠璃の世界の砦として大阪は文楽を守って行かないとと思うし、自分がつくっているフリーペーパー『MEG』もそれに役立てればうれしいです。

 文楽の初心者向けの冊子も編集しているんですが、表紙の人選やいろんな提案をするのが楽しくてしかたないです。企画がスッと通ると特に(笑)

 この人が(と誌面を指して)イタリア人でモデルもやるファッションデザイナーの友だちで、人形浄瑠璃が好きで一緒に観に行きます。イタリアオペラも何言ってるかわからなくても楽しめるので文楽も同じだと。プロットも男が女を横取りしたり心中したりお金持って逃げたり、オペラと通じる部分があるみたいです。

 文楽は若手も充実して後継者の心配はないです。養成所に応募してくる方も多いです。お客さんの方も若い方が多くなってるようなので、若い人が遣う人形を若い人たちが観る人形浄瑠璃もいいんじゃないかと思っています。
『慶沢園』と“植治”こと七代目・小川治兵衛のイラスト
 大小三つの島が浮かぶ大池とそれを囲む森林、そこを巡る林泉回遊式庭園『慶沢園』は天王寺公園の中にあり、いまは市立美術館の庭にもなっているが、とても市街地の庭園とは思えない静かな場所なのでぜひ訪れてほしい。

『慶沢園』の作庭は“植治”こと七代目・小川治兵衛、といえばほうと頷く方も多いか。近代日本庭園の先駆者とされる明治大正の作庭家で京都の平安神宮神苑、円山公園、無鄰菴(むりんあん)、東京の旧古河庭園、国際文化会館日本庭園など多くの作庭や修景に名を残した人だ。その作風は自然景観と水の流れを活かした古典と近代の融合といわれる。

 関西では住友家の本邸別邸の庭を多く手がけて『慶沢園』もそのひとつ。国内各地から名石名木を集め、住友家茶臼山本邸庭園として大正7(1918)年に完成した。大正14(1925)年に住友家本邸が神戸に移転したとき本邸敷地(現大阪市立美術館)や北側の茶臼山とともに大阪市に寄贈され、現在はすべて天王寺公園の一部になっている。

『慶沢園』の佇まいの特徴は何といっても鬱葱とした森の広がりだが、21世紀に入って異変が生じた。それは平成26(2014)年に森の近隣に超高層ビル『あべのハルカス』が建ち上がって、『慶沢園』はこの高さ日本一(現在は麻布台ヒルズ森JPタワーに抜かれたが)の超高層ビルを借景とすることになってしまったので、“植治”もあの世で苦笑いかと思うが、これも後世に残る名庭ならばこその運命と思うことにしよう。

 ところで『慶沢園』と一緒に住友家から大阪市に寄贈された茶臼山だが、現在は大阪市指定史跡として修景保存されているので、『慶沢園』と併せて散策したいものだ。

 5世紀ごろの前方後円墳とされる茶臼山は大阪の歴史に派手に登場する。すなわち慶長19(1614)年の大坂冬の陣では徳川家康の本陣が置かれ、慶長20年の大坂夏の陣では真田幸村が布陣した天王寺口の戦いの舞台になったことで知られ、いまも山頂付近にその案内がある。

 茶臼山の南側には池(河底池)があり、和気橋という丹塗りの橋が架かってなかなかの風情を醸している。ちなみに茶臼山は標高26mで「大阪五低山」のひとつといわれる。他の四低山は天保山4.53m(港区天保町)、帝塚山20m(住吉区帝塚山)、聖天山14m(生野区勝山南)、というトリビアでこの項を終える。

イラスト・文/小林泰彦

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