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週刊プレイボーイの元編集長であり、現在はエッセイスト&オーナーバーマンの島地勝彦が語る『お洒落極道』。第8回は、コルムのコインウォッチをご紹介します。自分でもアンティークコインをリングやペンダントヘッドにカスタマイズして、お洒落小物として身に着けているシマジさんにコインウォッチの魅力を語ってもらいました。
シマジはコインマニアである。はじめて金貨の美しさに魅了されたのは、今東光大僧正が入寂するまで肌身離さずネックレスとして愛着していたのがナポレオン一世の金貨だった。それを今きよ未亡人が惜しげも無く大僧正の形見としてシマジに永久貸与してくれたのだった。この話は「お洒落極道(小学館刊)」に詳しく記述している。さらにシマジは熱狂的なファンからプレゼントされたものや、ロンドンのアンティークショップで見つけたもので、アレクサンドロスの銀貨、クレオパトラ銀貨、そしてジョージ4世の銀貨も手に入れた。それらはすべてリングにカスタマイズして指に嵌めているのである。コインを通貨や鉱物としての価値を愛でるよりも、よっぽど上等な趣味だと思っている。なかでもシマジは英国の稀代の浪費王ジョージ4世が大好きで、いまでもバーのカウンターに立つときいつも骸骨のリングと一緒に嵌めているのである。
ジョージ4世は昨年亡くなられたエリザベス女王2世の祖父にあたる父王がルビほりゅうの質だった。若いときからジョージ4世になる前、プリンス・リージェントとして国政に参加していた。現在も燦然と輝いているバッキンガム宮殿は19世紀前半にジョージ4世が大改造したものである。また大英博物館、大英図書館、国立美術館はまさにジョージ4世の美意識の結晶である。いまをときめくロンドンのリージェント・ストリートもまたジョージ4世の贅沢を慕う存在なのだ。
だが1830年ジョージ4世が逝去された翌日の「タイムズ」紙には「浪費王ジョージ4世がやっと死んでくれた」と一面に載った。ジョージ4世が使った莫大の費用はもちろん税金で賄われたのだ。でもいま世界中からロンドンに観光客を呼び寄せている美しい遺産を作ったのは、浪費王ジョージ4世その人である。そんなジョージ4世がもしいま生きていたら迷わずコルムのコインウォッチを愛用したのではなかろうかと、ふと思ったのである。
コルムというブランド名は、1955年にスイスの時計産業の中心地、ラ・ショー・ド・フォンで創業したとき、創業者のルネ・バンヴァルトとその叔父にあたるガストン・リースが閃いた。ラテン語の「Quorum」を簡略化してCORUMとしたのである。意味は「議会で議決を取るための絶対多数」ということである。懐中時計の時代から時計を作り続けていきたブランドと比べると、腕時計へと移行した時代に創業したコルムは比較的若いブランドといえる。
時計を腕に着けるようになった新時代となって、コルムは新しい試みに次々と挑戦した。そのひとつが、コルムの名を一躍世界に轟かせた、1964年発表のコインウォッチである。コインウォッチとは、その名の通りアメリカの本物の20ドル金貨を正確に半分にスライスして、そのなかにムーブメントを組み込み、針をセットして腕時計にしてしまった衝撃の傑作である。この20ドル金貨は1904年に金貨として作られ実際に使われていたものだ。西部時代のカウボーイたちは10ドルをイーグルと呼び、20ドル金貨をダブルイーグルと呼んでいた。その20ドル金貨の表面の文字盤には、盾と強さの象徴である3本の矢、平和の象徴するオリーブの枝を持ったアメリカの国鳥であるハクトウワシが刻印され、裏面には外周に13個の星とリバティキャップと呼ばれる冠をかぶった自由の女神の横顔が描かれている。13個の星はアメリカ独立時の13州を意味し、ダブルイーグルと呼ばれたのはもちろん20ドル金貨だったからである。
このコルムの20ドル金貨コインウォッチは18金のイエローゴールドケースとしている。薄型ながら独特の重厚感があり、バックル部分にはブランドロゴである「完全な時への鍵(Key to perfect time)」を象徴する鍵のモチーフでありお洒落な印章のデザインとなっている。1964年に世界ではじめて発売されて以来、この超薄型コインウォッチは「成功者を象徴する時計」として、ロナルド・レーガン、ジョージ・W・ブッシュといった歴代のアメリカ合衆国大統領をはじめ、ノーベル賞受賞者やアンディ・ウォーホルたちにコインウォッチの輝けるオーナーとして愛用された。本来、本物のコインを加工して販売することは禁止されているが、コルムだけは文字盤に採用した腕時計を発売することを許されている。コイン自体の価値が高騰するにつれ年々プレミアがつくのも魅力の一つだろうが、コインウォッチはコルムのアイデアと高い技術力によってそのプレミアをはるかに上回っていると断言できる。わたしの希少コインもコルムに頼んでコインウォッチに作ってもらいたいものである。
金貨の通貨としての効用は、価値をストックできること、価値の尺度を測れること、交換できることである。コルムのコインウォッチはそれらの役割を残念ながら放棄してしまった。しかし、それ以上の価値と、新たに成功者としてのステイタス性を獲得している。“時は金なり”というアフォリズムの具現化ともいえるコインウォッチが、所有者を成功へと駆り立てているのかもしれない。
アメリカを象徴する20ドル金貨を半分にスライスしてその間に機械式ムーブメントを挟み、針やラグを備え付けて腕時計にしたコインウォッチ。ケースサイドはコインさながらのギザギザのコインエッジに仕上げている。1964年の誕生から30種類ほどのバリエーションが製作されてきたが、ベースとなる希少コインの在庫状況に製造本数は左右される。アメリカの国鳥ハクトウ鷲の面を文字盤にし、自由の女神は裏面に配置する。シンプルな2針がコインのデザインを引き立てる。ムーブメントはフレデリック・ピゲ製の自動巻きムーブメントを搭載。自動巻き。ケース径36mm。18Kイエローゴールドケース。4,620,000円。
大学卒業後、集英社に入社。「週刊プレイボーイ」編集部に配属され、1982年には同誌の編集長に就任し、100万部の雑誌へと育て上げた。その後「PLAYBOY」「Bart」の編集長を務める。柴田錬三郎、今東光、開高健、瀬戸内寂聴、塩野七生をはじめとした錚々たる作家たちと仕事を重ねてきた。「お洒落極道」「お洒落極道 最終編」(小学館)など著書多数。現在は西麻布にあるサロン・ド・シマジにて、バーカウンターの前に立つ。
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