新しい時代の新しい小説を生み出し続ける小説家・平野啓一郎の〝越境〟体験とは?

小説家
平野 啓一郎

大学在学中に投稿した『日蝕』で鮮烈なデビューを飾り、’99年に同作で芥川賞を受賞。その後も数多くの賞を受賞し、映像化される作品が後を絶たない、気鋭の人気小説家へのスペシャルインタビュー。

LIFESTYLE Apr 15,2022
新しい時代の新しい小説を生み出し続ける小説家・平野啓一郎の〝越境〟体験とは?

“孤立していた僕を救ってくれたのは文学でした”

平野啓一郎さんの画像
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越境。〝境界を越える〟こと。時間、空間、国境、民族、ときには思考や主義主張すらも越えて、その向こうにある魂と触れ合う。それは旅やファッション、アート、音楽にもつながる。弊誌のテーマがまさにその、越境だと伝えると、小説家・平野啓一郎さんは、楽しそうに自身の〝越境〟体験を語ってくれた。

「僕は北九州の工場地帯で育ちました。巨大な工場に煙突、煙。そんな景色を見て育った僕にとって、大学時代、京都で暮らしたことが、人生で最初の大きな〝越境〟体験だったと思います。盆地の真ん中を静かに流れる鴨川。高い建物がなくて、空がとても広く感じられる。ちょっと歩くと、歴史の教科書で習ったような神社仏閣とそこかしこで出会しますし、観光地に住むというのは特別な経験だと思います。大学も多いですし、学生街としてのアカデミックな雰囲気と、おおらかでのびやかな風景。長いタイムスケールと、僕の中の〝街〟に対する、ひとつの越境体験だったと思います」

それは、小説家としての感性も大いに刺激したという。続く越境体験は、一年間のパリ留学。長い歴史と文化に裏打ちされた、パリ特有の空気感。どこへ行っても、何を食べても、見るもの、触れるものすべてに新しい発見があったと語る。

「京都やパリといった物理的な移動を伴う越境ではなく、心の越境体験でいうと、最初の体験は中学生のころだと思います。僕は『変わってる』とよく言われましたけど、表面的には取り繕っていても、段々、みんなと話が合わなくなっていくんですね。宗教の時間にシスターと対立して職員室に呼び出されたりとか、ちょっとした問題児でもありました。その頃から、通学の電車の中でよく文学作品を読むようになって、そうしたら、本の中には、僕と同じようなことで悩んでいる人たちがいるんですね。特に、三島由紀夫の小説に夢中になって、しばらくは三島作品と彼が影響を受けた作家の小説を先祖返り的に読んでいました。そういう小説の登場人物たちは、みんな、生きている時代も環境も、使う言葉も文化も違うのに、どうしてこんなに僕の心情が理解出来るのかと不思議でした。そういう精神的な越境体験がありましたね。中学生ながら、物理的な移動をしなくても、文学を通して、国境や民族、時間や言語を越えた〝私的な共感〟を体験していました」

──文学を通じて境界線を越えることの喜びは誰にだってある。文学にはそんな力がある。静かに、でも力強く、そう語る彼の眼差しは優しい。

“こんな時代だからこそ文学や映画、音楽を通して自身の思考や感性を「越える」体験を”

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「コロナ禍において、移動することや会話、接触が制限される中で、旅をすることや、ライブや舞台のようにその場で時間や空間、音や匂いや味を体感、共有することが難しい日々が続いています。僕自身、海外での講演やイベントなどが中止になる一方で、オンラインでつながった相手と会話する機会が増え、新しいコミュニケーションも刺激になっています。こんな時代だからこそ、文学や映画、音楽などを通して、思考や感性を自由に開放することで、今しかできない〝越境〟体験があるのではないでしょうか。僕の作品もそのひとつのきっかけになればうれしいと思います」

PROFILE
小説家 平野 啓一郎
小説家
平野 啓一郎

1975年愛知県・蒲郡市生まれ。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作ごとに変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2004年には、文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在。著書に、小説『葬送』『決壊』『ドーン』『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』『マチネの終わりに』『ある男』など、エッセイ・対談集に『私とは何か「個人」から「分人」へ』『「生命力」の行方~変わりゆく世界と分人主義』『考える葦』『「カッコいい」とは何か』など。2019年に映画化された『マチネの終わりに』は、現在、累計60万部超のロングセラーに。『空白を満たしなさい』が原作の連続ドラマが2022年6月よりNHKにて放送。『ある男』を原作とする映画が2022年秋に公開、と映像化が続く。作品は国外でも高く評価され、長編英訳一作目となった『ある男』英訳『A MAN』に続き、『マチネの終わりに』英訳『At the End of the Matinee』も2021年4月刊行。「自由死」が合法化された近未来の日本を舞台に、最新技術を使い、生前そっくりの母を再生させた息子が「自由死」を望んだ母の<本心>を探ろうとする最新長篇『本心』は2021年に単行本刊行。ミステリー的な手法を使いながらも、「死の自己決定」「貧困」「社会の分断」といった、現代人がこれから直面する課題を浮き彫りにし、愛と幸福の真実を問いかける平野文学の到達点。2023年、構想20年の『三島由紀夫論』を遂に刊行。『仮面の告白』『金閣寺』『英霊の声』『豊饒の海』の4作品を精読し、文学者としての作品と天皇主義者としての行動を一元的に論じた。三島の思想と行動の謎を解く、令和の決定版三島論。

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初出:2022年4月16日発行『AdvancedTime』11号。掲載内容は原則的に初出時のものです。

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