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ニューヨークを拠点に、展覧会のキュレーションや写真集の編集を数多く手がける河内タカさんが、貪欲に進化しつづける現代アートの世界を語ってくれました。
オークションハウスから届く高額な落札価格のニュースは、いつの時代も注目のトピックス。アートも商品である以上、各作品につけられた価格は美術界の〝今〟を理解する格好の手がかりになる。ZOZOの前澤友作氏が、ジャン=ミシェル・バスキアの作品を約123億円で落札したのは2年前のことだが、未だ記憶に新しく、また、今年4月には日本人ファッションデザイナー、NIGOⓇの個人コレクションによるオークションがサザビーズ香港で開催され、ニューヨークのストリートアーティスト、カウズ(KAWS)の作品が予想価格の十数倍にもおよぶ約16億円で落札されている。
昨今注目される現代アートの多くは、都庁で公開され話題となったバンクシーをはじめ、ニューヨークのアンダーグラウンドから発生したグラフィティにルーツをもつものが多い。そして、70〜80年代に第一次ピーク期を迎えたこのムーヴメントを間近で見てきたのが、長年ニューヨークを拠点に展覧会のキュレーションや作品集の制作を手がけてきた河内タカ氏だ。河内氏によれば、ハイカルチャーの中核を担う美術界がストリートアートを認めるに至った背景には、当時の美術界の趨勢があるという。
「グラフィティは、作家がその身元を明かさない匿名性に特徴があり、壁や電車に描く作品だけにすべてを語らせるという、ある意味とても純粋な表現行為です。一方、当時の美術界では〝自分で作らなくてもアイデアがあればOK〟という、頭でっかちなコンセプチュアルアートが主流の時代が続き、その反動からか70年代末に自分の感情を描きなぐるような絵画が登場してきました。この新表現主義の動きと、地位もお金もないキッズがスプレー缶を使って自由に表現するグラフィティは、感覚的にとても近いものがあったんだと思います」
そんななか登場したのが、バスキアだった。しかし、実際に本人に遭遇したこともある河内氏によれば、本能的もしくはプリミティブと形容されることの多い彼の作風は、実は戦略的に練られた〝サンプリング〟の成果だというのだ。
「バスキアは美術系の高校を中退してホームレス状態になっていたときに、ライム(ラップ音楽の歌詞)のような言葉をスプレー缶で描いていた時期もありましたが、それはほんの数年の間だけ。芸術をきちんと学んでいないというコンプレックスからか、伝統芸術を貪欲に学ぶと当時に、サイ・トゥオンブリーやフランツ・クラインといった目利きには注目されながらも、まだ一般的ではなかったアーティストたちのエッセンスを研究して、自作に取り入れていました。彼は作家としての成功を強烈に望み、そのためには黒人としてのヘリテージも躊躇なく利用したんです。不幸にも、27歳で夭折したことが、彼の作品の価値をこれ以上ないほど高める結果となってしまいました」
先のカウズは、現代アートの現状を示す象徴的存在だ。彼が90年代末にフィギュアとして登場させたキャラクター《コンパニオン》は、その後も繰り返し作品に使われ、今年の7月には富士山の麓で全長40メートルもあるバルーン作品となって登場した。大量生産品を想起させる単純化されたフォルムは一見バスキア作品とは対極にあるようだが、これもサンプリングの手法によって生み出されたもの。パーツの一つ一つをよく見れば、鉄腕アトムやミッキーマウスなど誰もが知るキャラクターから形や要素を引っ張ってきていることがよくわかる。
「過去の作品からモチーフをもってきて、自由に組みあわせる。このやり方はヒップホップの楽曲制作にも通じるもので、カッコいいと気づいてもってくるセンスが素晴らしい、ということになる。
「過去の作品からモチーフをもってきて、自由に組みあわせる。このやり方はヒップホップの楽曲制作にも通じるもので、カッコいいと気づいてもってくるセンスが素晴らしい、ということになる。 〝オリジナリティ〟という価値に対して疑義を呈したのはあのアンディー・ウォーホルでしたが、作品として成立する土台はついにここまで変貌をとげてしまったわけです」
河内氏が最後に強調していたのが、このストリートアートの戦略的手法といえるサンプリングには、ジャンルを軽々と横断してしまう特徴があるということ、そして、その背景には日本のサブカルチャーからの大きな影響があるということだ。
現在活躍しているアーティストの多くは、フューチュラやキース・ヘリングなどグラフィティ第一世代やヒップホップ文化の再評価がさかんに行われた90年代末以降のサブカルチャーから登場、ないしは大きな影響をうけているという。そして、これらのムーヴメントを支えていたのが、当時の裏原宿ファッションを牽引したデザイナーたちだ。さらにこのとき、大きな影響力をもっていたのが、音楽やアート、グラフィックやファッションなど、ジャンルを問わずに、良いもの、カッコいいものであれば、吸収して解釈し、引用するクレバーな感性をもった目利きたち。
「さまざまな要素を自作に取り入れるのに長けた作家として、ビースティ・ボーイズやソニック・ユースといった音楽のアーティストたちが知られていますが、彼らの共通点は、日本におけるサブカルのファンだったことです。情報の発信源となっていた『relax』や『スタジオ・ボイス』といったカルチャー雑誌には、一号の中にジャンルを横断したさまざまな内容が掲載されていましたが、これは世界的にみて他に例のない特殊なフォーマットでした。読み手がページをめくるうちに予期しない情報に出合えるチャンスを提供していたのです。こうした日本の雑誌文化が、現在につながるサンプリングカルチャーの土壌を育んだと考えて良いのではないでしょうか」
貪欲に進化しつづける現代アートの世界。どこか知的ゲームのようにも感じるが、日本のカルチャーが少なからず影響を与えていることを知れば、より深く楽しむことができそうだ。
Jean-Michel Basquiat : Made in Japan
開催中~11月17日(日)
森アーツセンターギャラリー
https://www.basquiat.tokyo
10月1日(火)~11月24日(日)
東京都写真美術館
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3441.html
蛇を踏む
10月16日(水)~12月15日(日)
東京オペラシティ アートギャラリー
http://www.operacity.jp/ag/exh226/
-感覚の島- 暗闇の美術島
11月3日(日)~12月1日(日) 猿島公園
(神奈川県横須賀市猿島1番)
https://senseisland.com/
長年ニューヨークを拠点に、展覧会のキュレーションや写真集の編集を数多く手がける。現在は伝統的な印刷技術を守る便利堂の海外事業部を統括し、写真印刷技法・コロタイプを国際的に広めるための活動を行う。著書に『アートの入り口 アメリカ編』など。
初出:2019年09月23日発行『AdvancedTime』02号。掲載内容は原則的に初出時のものです。
STAFF
Realization: Akiko Tomita
Editor: Mai Nakata
Text: Akiko Tomita
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