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トルーマン・カポーティの『ティファニーで朝食を』を平野啓一郎が解説。天才とされるカポーティの小説の「うまさ」とはどこにあるのか。ヒロイン、ホリー・ゴライトリーが伝えているものとは…。作品の読みどころを、作者への深い敬意を込めて語ります。
~あらすじ~
ニューヨークに住むホリー・ゴライトリーは、名士の男性たちからの求愛を巧みにかわしながら、社交界を泳ぐパーティガール。郵便受けの名札には「旅行中」と記し、飼い猫には名前をつけず何ものにも束縛されない日々を送る…。同じアパートメントに住んでいた小説家志望の主人公の回想を通して、彼女の自由を求め続けた生き方を描く。
平野:カポーティは1924年生まれで、安部公房とは同い年、三島由紀夫とは一歳違い、つまり同世代なのです。三島はNYに行ったときにカポーティに面会しようとしたものの、果たせなかったようです。カポーティの『ティファニーで朝食を』は、三島のエンタメ系の作品に少し近いようなリラックスした雰囲気もありますね。
カポーティの作品の多くは、日常的な題材を扱っていて、実験的な作品が次々に書かれていたあの時代としては保守的とも言えるかもしれません。ですが表現の仕方は極めてエレガントで、洗練されていて、洒落ているけれど気取りがなく、ほのかにユーモアもあって、ノーブルな雰囲気を醸し出しています。
僕の好きなジャズミュージシャンのマイルス・デイヴィスが、「音楽を作ることはひとつのムードを作り出すこと」だと言っています。突き詰めれば、小説もそういうところがあります。登場人物のキャラがたっているとか、重大なテーマを扱っているとか、そういうことも大事ですが、しかし、トータルで醸し出す「ムード」が重要です。
アメリカの編集者と話していると、「文体」というより、「ヴォイス」というのを強調されます。この作家のヴォイスが非常に好きだとか、特徴的だとか。カポーティもやはり、そのヴォイスが絶妙に優れていると感じます。我々は翻訳で読んでいますから、間接的に味わってはいますが、ベースとなる彼独特の調子に、曰く言い難い巧さがあります。
平野:もしカポーティ以外の作家が『ティファニーで朝食を』を書いていたらと考えると、登場人物の捉え方が変わり、全然違った物語になると思います。もし、ゴリゴリの保守的なオジさんが書いたら、きっと、これでもかというくらいホリーはこっ酷く書かれたことでしょう。19世紀ヨーロッパの作家なら、「カルメン」のようなファムファタール(魔性の女)に仕立てたかもしれません。
しかし、カポーティが書くホリーは、言い寄る男たちを軽やかにかわして、男たちが逆に間抜けに見えます。ホリーの境遇は悲惨で哀れではあるけれど、そこから花開いた魅力が非常にうまく掬い取られていて、手の届かないような魅力のある人物として描かれている。主人公にとっても、ホリーは憧れのような存在です。彼女に対するこの主人公の眼差しは、カポーティの眼差しとも重なっているように見えます。この優しい眼差しが、実にいいんですよね。
平野:この物語の読みどころは、自由でいるために何かに依存せず、常に場所を変えながら生きていくホリーの生き方と、それに翻弄されつつも憧れを抱く主人公の心情です。どこか自由な世界に生きたいというのは、文学において常に描かれてきた大きなテーマです。ただし、この小説ではホリーという女性主人公が「自由」を体現するところが面白いですよね。これまでの男性の勇壮な冒険的な物語とか、あるいは軍国主義とも結びついたマチズモのようなところから発される「非日常の世界への憧れ」といったものとは違う。
もっと軽やかな自由への期待のようなものが、ホリーという人物によって表現されている。自由であることは孤独でもあり、どこかさみしさ、寂寥感のようなものが裏腹にあります。このペーソスのニュアンスが作品全体に感じられるのが、この小説の素晴らしさだと思います。
周りの人物たちはそういう生き方に、半分笑っちゃうような、どこか呆れているところもあるけれど、なんだか突き抜けた明るいものを感じているのではないでしょうか。僕は、なんというか、ホリーには不幸になってほしくないと感じるんです。不幸になるとホリー本人がかわいそうということだけではなくて、「彼女のような生き方を選んだ人間が、不幸になる社会」であってほしくない。この作品を読むと、そう思わされます。
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1975年愛知県・蒲郡市生まれ。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作ごとに変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2004年には、文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在。著書に、小説『葬送』『決壊』『ドーン』『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』『マチネの終わりに』『ある男』など、エッセイ・対談集に『私とは何か「個人」から「分人」へ』『「生命力」の行方~変わりゆく世界と分人主義』『考える葦』『「カッコいい」とは何か』など。2019年に映画化された『マチネの終わりに』は、現在、累計60万部超のロングセラーに。『空白を満たしなさい』が原作の連続ドラマが2022年6月よりNHKにて放送。『ある男』を原作とする映画が2022年秋に公開、と映像化が続く。作品は国外でも高く評価され、長編英訳一作目となった『ある男』英訳『A MAN』に続き、『マチネの終わりに』英訳『At the End of the Matinee』も2021年4月刊行。「自由死」が合法化された近未来の日本を舞台に、最新技術を使い、生前そっくりの母を再生させた息子が「自由死」を望んだ母の<本心>を探ろうとする最新長篇『本心』は2021年に単行本刊行。ミステリー的な手法を使いながらも、「死の自己決定」「貧困」「社会の分断」といった、現代人がこれから直面する課題を浮き彫りにし、愛と幸福の真実を問いかける平野文学の到達点。2023年、構想20年の『三島由紀夫論』を遂に刊行。『仮面の告白』『金閣寺』『英霊の声』『豊饒の海』の4作品を精読し、文学者としての作品と天皇主義者としての行動を一元的に論じた。三島の思想と行動の謎を解く、令和の決定版三島論。
STAFF
Photo: Manabu Mizuta
Movie: Cork
Text: Jun Mizukami
Editor: Yukiko Nagase,Kyoko Seko
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