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中村:ドストエフスキーの文体は、不思議ですよね。翻訳なのに、ドストエフスキーの文章ってわかるんですよ。細かい言い回しに、ドストエフスキーならではの個性がある。こういう海外の作家って僕は他に知りません。
平野:ドストエフスキーから影響を受けた作家は多くいて、僕自身もその一人ですが、ここまで長く、しつこい書き方はなかなかできないですよね。
中村:大尊敬はしているけど、近くにいたら面倒くさい人だと思います。
平野:『列』で刈り込んだ圧縮技術で、一度、中村版『白痴』を作ってみてください(笑)。
中村:風景描写バッサリいきますよ(笑)。今の日本で僕たちが同じように書くと、昼ドラみたいになってしまう部分もありますね。当時としては、これがリアリズムなんですけれど。
平野:純文学の立場から高踏的に一種のメロドラマ性を批判するのは、19世紀の小説をあまり読んでいないからでは?と思ってしまいます。フローベールだって、『感情教育』にせよ、『ボヴァリー夫人』にせよ、恋愛の部分はそういうものです。
中村:音楽がお好きな人がいたら、ショスタコーヴィチの音楽がむちゃくちゃ合うと思いますね.。ドストエフスキーを読みながら、ショスタコーヴィチの「ヴァイオリン協奏曲」か、「交響曲1905」を聞いていると、あの狂おしいメロディと相まって、芸術の極みにいるような感じになりますね。とても得がたい経験です。
中村:ある時、ドストエフスキーができないことは何かと考えたんですね。その結果、ドストエフスキーは最新の科学や物理学を知らないので、これを使って書けばいけるぞと発想して書いたのが、『教団X』という小説です。
僕はこの世界に対してある執着があるんです。この世界が何かを知りたいんですよ。僕が書く小説も、その探求という側面があります。『列』にも書いた、ホログラフィック原理が、今一番近いとは思うんです。元々はこの世界も2次元のデータで、それをホログラムみたいに脳が3次元に処理してるだけではないかというものです。でもここでも謎があって、その2次元のデータみたいなものが何であるのか突き詰めると、結局何でこの世界があるのかの問いに等しくなる。神の可能性もまた出てきます。その辺を、物理学が解明してくれないかと日々待ってる感じですね。
平野:物理学の世界には新しい学説が次々と出てきていますから、生きてる間に「これが答えだ」っていうところまでたどり着けるのかどうかわかりませんね(笑)。
中村:そうですね。だから、ある程度の情報で、自分なりに、間違ってもいいから「多分世界はこうだ」っていう結論を、一応出してから死のうっていうのが、長生きのモチベーションです(笑)。
平野:古井さんも、「小説は結局、時間感覚と、空間感覚を突き詰めていくしかないんじゃないか」というようなことをおっしゃっていました。究極的には、存在論的なところに行き着くのかなと思いますね。
中村:このなかには小説家志望の方もいらっしゃると伺いましたので、僕が小説家になる時に意識したことをお話ししたいと思います。一つ目は、当たり前ですが、人より多く努力することです。
二つ目は、自分の影響、個性を出すこと。デビューする前は、小説家になるにはどうしたらいいんだみたいなことばっかり考えて、書きたくないことを書いていたんです。でもそれをやめて、時代云々は関係なくて、自分が好きな文学、それを出せばいい。つまり、その個性って結局読んできたもののある意味では複合と、プラスアルファの自分だと思うんです。
最後の三つ目は、自分の本を客観的に判断すること。パソコンの画面上で見ると、客観的に見えないので、一度プリントアウトして寝かして、客観的に読むという作業をする。「これは文壇を揺るがす作品だ」という前提で読んでみると、「いや、これじゃ揺るがないぞ」「じゃあどこを直そうか」と冷静になることができます。
平野:「文壇を揺るがす小説かどうかを客観視する」というのは、面白い視点ですね。確かに、小説家になりたいと思っている人ができてないことの一つだと思います。実は僕も作品を書くとき、これが本として刊行された後、「平野啓一郎の新作、読んだ方がいいよ! めっちゃ面白かった」という会話を読者がしている場面を想像できるか、ということを考えるんですよ。やっぱり、自分が発表しようとしているものが、何らかのリアクションを期待できるとを想像しながら、作品を考えなければならないと思うんですよね。
中村:そうですね。これまで飯田橋文学会などの座談会で平野さんとご一緒したことはあったのですが、今日は平野さんと初めての文学の対談が実現できて大変嬉しかったです。
平野:中村さんの小説を読むたび、「自分と同世代の人が書いた作品だな」と共感します。今日はその辺をお伺いできたのでよかったです。お忙しいなかどうもありがとうございました。
この続きは、 平野啓一郎さんと「文学の森」でもっと語り合ってみませんか?
「平野啓一郎の文学の森」は、平野啓一郎をナビゲーターとして、古今東西の世界文学の森を読み歩く文学サークルです。3か月毎に定めたテーマ作を、月に一度のライブ配信で読み解く、小説家による小説解説!
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1975年愛知県・蒲郡市生まれ。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作ごとに変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2004年には、文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在。著書に、小説『葬送』『決壊』『ドーン』『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』『マチネの終わりに』『ある男』など、エッセイ・対談集に『私とは何か「個人」から「分人」へ』『「生命力」の行方~変わりゆく世界と分人主義』『考える葦』『「カッコいい」とは何か』など。2019年に映画化された『マチネの終わりに』は、現在、累計60万部超のロングセラーに。『空白を満たしなさい』が原作の連続ドラマが2022年6月よりNHKにて放送。『ある男』を原作とする映画が2022年秋に公開、と映像化が続く。作品は国外でも高く評価され、長編英訳一作目となった『ある男』英訳『A MAN』に続き、『マチネの終わりに』英訳『At the End of the Matinee』も2021年4月刊行。「自由死」が合法化された近未来の日本を舞台に、最新技術を使い、生前そっくりの母を再生させた息子が「自由死」を望んだ母の<本心>を探ろうとする最新長篇『本心』は2021年に単行本刊行。ミステリー的な手法を使いながらも、「死の自己決定」「貧困」「社会の分断」といった、現代人がこれから直面する課題を浮き彫りにし、愛と幸福の真実を問いかける平野文学の到達点。2023年、構想20年の『三島由紀夫論』を遂に刊行。『仮面の告白』『金閣寺』『英霊の声』『豊饒の海』の4作品を精読し、文学者としての作品と天皇主義者としての行動を一元的に論じた。三島の思想と行動の謎を解く、令和の決定版三島論。
STAFF
Photo: Manabu Mizuta
Movie: Cork
Text: Jun Mizukami
Editor: Yukiko Nagase,Kyoko Seko
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