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週刊プレイボーイの元編集長であり、現在はエッセイスト&オーナーバーマンの島地勝彦が語る『お洒落極道』。第9回は、カンパノラのコスモサインをご紹介します。作家・塩野七生さんがバーに駆けつけて、見上げた高い天井の風景から始まる、天体時計の物語とは?
コロナ渦のために4年以上も日本に帰って来られなかった作家の塩野七生さんが、やっとオーセンティックバー「サロン・ド・シマジ」に顔を出してくれた。バーのど真ん中に凜として立たれて、高さ6メートルもある天井に描かれた空の絵を眺めながら静かにいった。
「シマジさん、この夕なずむ空にたなびく小さな雲が素敵ね。もう少しすると星空に変わることを予言しているようでバーらしいわ」。そして塩野さんは「塩野七生先生御席」と背に刻印されている専用の革製の椅子に腰掛けた。バーカウンターには7席用意されていて、そのうち3席は塩野七生先生御席、瀬戸内寂聴先生御席、堤 堯様御席と書かれたプレートが付く特等席なのだ。バックバーの並べられた無数の書籍、1960年代のEMIのスピーカー、そして額装された横尾忠則、藤田嗣治、バスキアの絵を眺めながら、山崎28年で作った禁断のハイボールを啜って言った。
「シマジさん、ここはまさにあなたのお城ね」
塩野七生さんが予言した通り、3年前このバーをオープンするとき、満天の星空にしようかとちょっと迷ったが、まもなく日が暮れる少し前の空にした。星空はお客さまの心なかに描いてくれればいいと思った。そして同時にわたしはどんなに暴風雨の夜にも満天の星空を見れる時計を知っていたのである。
4月7日でサロン・ド・シマジのバーは3周年を迎える。そんな折、腕元で満天の星座が輝く腕時計をしたお客さまがカウンターに座った。時計に目ざといシマジが声をかけた。
「お客さま、その時計は『カンパノラ』ですね」
「ご名答。購入したばかりなんです」とお客さまは、親切にも時計を腕から外してシマジに渡した。シマジは恐る恐る手に取ってみた。それは幾千もの星が手元で輝くメタルブレスレットの時計だった。
「これはリアルタイムの星座を正確に表示しているんです。ぼくは少年のころから星が好きでしてね。プラネタリウムによく行っていたんです。そこが気に入って買ったのですが、北緯35度の全天星座で見れる4.8等星以上の恒星1027個、星雲と星座が166個を、文字盤上で再現しているんですよ。東京の夜空なんかよりよっぽど綺麗だ。『カンパノラ』の立体的なドーム状のサファイアガラスのなかに収められた星座を見ているとうっとりします。美しい夕暮れの見えるバーがあると聞いて参りましたが、この高い天井を眺めていると、東京でもこんなに綺麗な空が見えるんですね。この時計と夕暮れの天井の風景に合うウイスキーを飲ませてください」
「わかりました。ではサロン・ド・シマジのバーで杯売りでしか飲めないサントリーの山崎28年をトワスイスアップでシェークする飲み方はいいかがですか」
「その山崎28年とはレアものですね。お高いんじゃないですか?」とお客さま。
「フルショットで5000円です」
「えっ、ホントに?」
「値打ちものです。しかし味と香りは10倍の値段を払っても損はしない価値があります」
松本チーフバーマンが山崎28年1と水1をシェーカーに入れ、リズムカルにシェークするして、いと欲しく腕元の星座を眺めているお客さまの前に出した。
「うーん、これは美味い!」
「ところで、『カンパノラ』とは、どういう意味なんですか。私の第二の故郷である岩手の偉人、宮沢賢治の名作『銀河鉄道の夜』の登場人物の名前にも似ていて、親近感が湧きます」
「いい質問です。南イタリアのカンパニア地方にノラという名前の町があります。紀元5世紀のある日と想像してください。その町に響き渡った教会の鐘の音が、人類史上はじめての時を知らせた音だったのです。人びとはそれを『カンパノラ』と呼んだ。それがこの時計ブランドの由来です」
「おとぎ話のような話ですね」
「実はシチズンから『カンパノラ』が誕生したのは、2000年だったんです。シチズンの優れた技術者、デザイナーをはじめ、企画、営業などから多岐に渡り、エリート集団を集めて取り組んだ社運をかけたプロジェクトで出来上がったのが『カンパノラ』だったようですよ。それから23年後、いまぼくが着けている『カンパノラ』コスモサインまで行く着くまで、それだけの時間がかかっているんです」
「その辺はオールドレアなウイスキーと似ていますね」
「マスター、このバーの天井の夕焼けが、満天の星空に見えてきました。決してカンパノラのダイヤルを見ているわけではないのに。ぼく、ちょっと酔ってきたのかな」
「何万光年もかけてできた光の雫が星ならば、ウイスキーも時間に磨かれた命の雫なのです。そんなふうに考えると、ロマンチックな風景に見えてきませんか」
「はい、そう思います。ではぼくらで『銀河鉄道の夜』のカンパネルラと教会の鐘に乾杯しませんか」
「それでは山崎28年で作るハイボールをお勧めします。誰が呼んだか、これは当店では『禁断のハイボール』と呼んでいます」
「それをいただきましょう、スランジバー!」
カンパノラの中でも、コスモサインは時の起源である天体の運行を精密にレイアウトした星座盤で再現したダイヤルが特徴。日本の中心である北緯35度の地点から見える星空が、反時計回りに回転し、リアルタイムの星座を表示する。今作ではブレスレットモデルに初めてのブルーダイヤルを採用。より夜空の雰囲気が出るように仕上がった。ダイヤル上には4.8等星以上の恒星1027個に、アンドロメダ銀河やオリオン大星雲などの星雲・星団など166個を正確にレイアウトして「宙空の美」を表現。サークルケイ上の五徳リングなどの多重構造のダイヤルで立体的な表情を出した。クォーツ。ケース径45mm。ステンレススティールケース&ブレスレット。363,000円。
大学卒業後、集英社に入社。「週刊プレイボーイ」編集部に配属され、1982年には同誌の編集長に就任し、100万部の雑誌へと育て上げた。その後「PLAYBOY」「Bart」の編集長を務める。柴田錬三郎、今東光、開高健、瀬戸内寂聴、塩野七生をはじめとした錚々たる作家たちと仕事を重ねてきた。「お洒落極道」「お洒落極道 最終編」(小学館)など著書多数。現在は西麻布にあるサロン・ド・シマジにて、バーカウンターの前に立つ。
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