稀代の飛行家から始まった ロンジンのGMTウォッチ

お洒落極道 vol.07

週刊プレイボーイの元編集長であり、現在はエッセイスト&オーナーバーマンの島地勝彦が語る『お洒落極道』。第7回は、リンドバーグがもたらしたパイロットウォッチの原点から、その系譜となる現代的なGMTウォッチまでロンジンのパイロットウォッチを語りつくす。

FASHION Jan 12,2023
稀代の飛行家から始まった ロンジンのGMTウォッチ

1927年5月20日午前5時52分、ニューヨーク郊外のロングアイランドにあるルーズベルト飛行場は夜来の雨に濡れていた。滑走路も所々ぬかるみがあった。
それでもチャールズ・リンドバーグの愛機、スピリットオブセントルイス号は悪天候にも拘わらず、大西洋単独無着陸飛行のため、意を決して離陸した。払暁のなか、数百人の物見遊山な見物人が万雷の拍手で見送った。

「大西洋無着陸横断飛行に成功した者には、2万5000ドルの懸賞金を与える」と実業家レイモンド・オルティーグ発案の「オルティーグ賞」が、冒険の挑戦への始まりだった。
 最初の挑戦者はソファやベッドまで搭載したため、重量オーバーが原因で無惨にも墜落して一命を落とした。その後も懸賞金欲しさの冒険好きなパイロットが挑戦し、すでに6名も犠牲になっていた。そんな厳しい状況のなか、リンドバーグはニューヨークを飛び立ったのであった。無線機を積んでいないので、スプリットオブセントルイス号がいま何処を飛んでいるのか、地上からは皆目わからなかった。ニューヨークでは号外が売り出され飛ぶように売れた。ヤンキースタジアムでは野球を観に来た4万人の観衆は場内アナウンスに従い、リンドバーグの無事を祈り黙祷した。

どうしてリンドバーグが愛機をスプリットオブセントルイス号と命名したのか。それは今でいうクラウドファンディングみたいなもので、賞金目当てに飛行機一機を製作する1万5000ドルの資金のため、それを募ったのであった。その後援者の多くがセントルイス市民でリターン(出資特典)のひとつだったわけである。

スピリットオブセントルイス号は単葉単発単座のプロペラ機で、リンドバーグは出来るだけ大量のガソリン(1700リットル)を積むために、ナビゲーションシステム、無線機、夜間飛行装置、パラシュートでさえ搭載しなかった。サンドイッチ4個と水筒2本分の水を機内に持ち込んだだけだった。

リンドバーグは前夜に興奮して一睡も出来なかったので、飛行中に激しい睡魔に襲われた。それでも何とか無事に飛べたのは、彼の天才的なナビ感覚のお陰と生得的な強運の持ち主だったからだろう。

ニューヨーク郊外のルーズベルト飛行場を早朝飛び立ってから33時間30分後、飛行距離5810㎞、スプリットオブセントルイス号は夜10時過ぎにパリのル・ブルジュ飛行場に無事着陸した。夜間にもかかわらず、1万5千人もの群衆が飛行場に押し寄せていたという。リンドバーブの自伝『翼よ、あれがパリの灯だ』によれば、彼は開口一番「誰か英語を話せる人はいませんか」と話したとされるが、わたしの推測では「すみません、トイレは何処ですか」だったのではないだろうかとおもう。

そしてリンドバーグは一夜にして20世紀最大の英雄になった。帰国した彼のニューヨークでのパレードでは、1800トンの紙吹雪が舞い上がった。1969年7月20日人類初の月面着陸した宇宙飛行士たちのニューヨークのパレードでも、リンドバーグの紙吹雪の量には及ばなかった。

リンドバーグはこうした自分の体験を多くの分野で生かそうと考えた。そのひとつが腕時計だった。彼は、飛行中のパイロットが方向感覚を喪失しないように、手首で簡単に経度を測定できる装置を考えており、飛行学校時代の恩師恩師フィリップ・ウィームスが考案した回転式ベゼル付き時計の改良したアイデアを思い付いた。そしてリンドバーグはロンジンとコラボレーションし、パイロットが現在地とグリニッジの時差を判断できる機能を備えたロンジン アワーアングルウォッチをデザインした。こうして大西洋無着陸横断単独飛行の不屈の精神はロンジンの航空時計に受け継がれ、現在もロンジンの人気コレクションのひとつとなった。余談だが、時計以外でいうと、リンドバーグはパンアメリカン航空のコンサルタントにもなっていて、今では当たり前の温かいおしぼりの導入や手荷物持ち込みサービスも彼の発案だったという。 

ロンジン アワーアングルウォッチはロマンに溢れたロンジンの遺産となった。アワーアングルとは時角を意味し、経度を決定することができる時計だ。そのためには、時計の文字盤に現在地の時角とグリニッジ標準時の時角の2つを表示しなければならない。2つの位置の差を計算し、経度を求める。正の数はグリニッジの西側、負の数は東側だ。時角は六分儀などの測量機器で観測したため、アワーアングルウォッチは詰まるところ時差を知るための時計だった。ナビゲーションシステムが確立されてないリンドバーグの時代では、パイロットにとって画期的な機器だったのである。

そのロンジンのパイロットウォッチの最近モデルが「ロンジン スピリット Zulu Time」だ。こちらは1908年にオスマン帝国向けに開発されたトルコ時間とフランス時間を表示するロンジンで初めての第2時間帯を表示する時計が原型。飛行機で自由に世界中に行けるようになった現代に、極めて実用的なGMTウォッチとして甦ったわけである。それでも時計のディテールからはリンドバーグが活躍した冒険時代の、大空に熱狂したロマンが感じ取れる。その意味でこのGMTウォッチは経度を計算できるアワーアングルウォッチの現代版といえるだろう。

パイロットウォッチも技術の進歩とともに、求められる機能も変わってくる。そこには時代の空気感が如実に表れるものだ。しかしロンジンのパイロットウォッチにはいつの時代でも冒険者の強い信念と挑戦する精神が込められているのである。

ロンジン リンドバーグ アワーアングルウォッチ

リンドバーグ アワーアングルウォッチの画像

1931年にチャールズ・リンドバーグとコラボレーションして開発したパイロットウォッチ。グリニッジ天文台と現在時刻の太陽とのアワーアングル(時角)を測定するために、時針は中央の文字盤のブルーのアラビア数字、分針は回転ベゼル、秒針はベージュのセンターの回転式文字盤の数字を足して、回転ベゼルで均時差を調整。その後、現在地の時角を差し引いて現在地の経緯を割り出す。時分針はブレゲ針で、オニオン型のクラウンなどクラシックなデザインは当時のまま。ハンターケース仕様のシースルーバックからはロンジンエクスクルーシブの自動巻きキャリバーを見ることができる。自動巻き。ケース径47.5mm。ステンレススティールケース。706,200円。

ロンジン スピリット Zulu Time

ロンジン スピリット ズールータイムの画像

ブラックセラミックの24時間目盛りのベゼルを備え、インデックスや針にはシルバーポリッシュのSuper-LumiNova®️を配してモダンに仕上げた。ベゼルは両方向回転式なので、時差分だけ回すと第3の時刻もわかる。GMT針がツートーンなのも使いやすい。ムーブメントには温度や磁気の影響を受けにくいシリコン製ヒゲゼンマイを採用した現代的なムーブメントを搭載する。自動巻き。ステンレスティールケース。ケース径42mm。401,500円

リンドバーグが大西洋を横断したときの飛行工程の画像
リンドバーグが大西洋を横断したときの飛行工程。気圧を考慮してパリまでの飛行に挑んだのがわかる。
PROFILE
エッセイスト&オーナーバーマン 島地 勝彦
エッセイスト&オーナーバーマン
島地 勝彦

大学卒業後、集英社に入社。「週刊プレイボーイ」編集部に配属され、1982年には同誌の編集長に就任し、100万部の雑誌へと育て上げた。その後「PLAYBOY」「Bart」の編集長を務める。柴田錬三郎、今東光、開高健、瀬戸内寂聴、塩野七生をはじめとした錚々たる作家たちと仕事を重ねてきた。「お洒落極道」「お洒落極道 最終編」(小学館)など著書多数。現在は西麻布にあるサロン・ド・シマジにて、バーカウンターの前に立つ。

お問い合わせ先
ロンジン
03-6254-7350

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