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週刊プレイボーイの元編集長であり、現在はエッセイスト&オーナーバーマンの島地勝彦が語る『お洒落極道』。第6回は、北極点、南極点、エベレスト登頂という地球上の3つの極地の到達に貢献したセイコーの冒険ウォッチを語る。
不世出の日本人冒険家、植村直己はシマジと同じ1941年生まれである。植村は2月12日生まれ、シマジは4月7日生まれだ。だから植村は早生まれでシマジより一学年先輩だった。冒険家の植村は1984年アメリカ合衆国アラスカ州にある標高6194mの真冬のアラスカ山脈デナリ(旧称マッキンリー)を世界初の冬期単独登頂に成功した。その日は1984年2月12日、植村の43才の誕生日だった。そして下山途中で消息を絶ったのだった。ちょうど昨年、植村とシマジは奇しくも生誕80年を迎えた。
植村直己は兵庫県豊岡市の農家の7人兄弟の末っ子として生まれた。後年明治大学の山岳部に入るまで稀代の冒険家、植村直己は大した登山経験はなかったという。新入生歓迎合宿の白馬岳登山で不甲斐なく動けなくなった悔しさをバネに植村はトレーニングを重ねて仲間と同等の力をつけ、それから年間120日も山に登って鍛え、ついに山岳部のサブリーダーの立場を獲得した。
卒業後は就職せず、所持金たったの110ドル(当時は1ドル360円)を持って移民船に乗りロサンゼルスへと旅立った。シマジは集英社の編集者になっていた頃、植村は放浪の旅に出発したのである。その辺が凡人を違っていたのだろう。アルバイトで資金を貯めながら、植村はアメリカからヨーロッパに渡りスキー場でアルバイトして資金を稼いだ。そして植村は世界五大最高峰の登山に次々と挑戦した。まずは1966年の25才のとき、イタリアの4807mのモンブラン、その3ヶ月後の10月にタンザニアのキリマンジャロ、翌年26才のときアルゼンチンの6960mのアコンカグアと立て続けに登頂に成功した。1970年帰国していた植村は日本山岳会の世界最高峰の8848mのエベレスト登山隊に参加して、日本人初、世界で24人目の登頂者となる。29才のときだった。そのとき植村直己の腕にはセイコーのダイバーズ・ウォッチが嵌められていた。それからわずか3ヶ月後の8月、アメリカの6194mのマッキンリーの登頂に成功して、植村は世界で初めての五大陸最高峰登頂者となったのである。
数々の偉業を成し遂げた植村直己はずんぐりしていたが身長は162cmだった。だから初めて見た人はみんな驚いた。そしてその天性の優しい笑顔にみんな魅了されたという。
そんな小兵の植村直己の1978年の北極圏での犬ぞり単独行はまさに友情物語である。まあ冒険家、植村直己の愛用時計といえばセイコーのダイバーズ・ウォッチと決まっていたのだが、その時は最初1976年に日本ロレックスから探検家アワードの記念品として贈呈されたロレックスのエクスプローラーⅡを律儀にも着用していた。極寒の環境に備え、植村はロレックスのメタルブレスレットをレザーストラップに交換していた。直接素肌に着用すると凍傷の危険があるため、当然衣類の上から着用できるように長いレザーストラップを用意したのだろう。ところがそのレザーストラップは犬ぞりによる振動と衝撃に耐えきれず切れてしまった。仕方なく植村はロレックスに紐を付けて懐中時計のように腰に付けた。しかし腕から離れた時計は体温が伝わらなくなると、内部のオイルが固まり、針が止まってしまったのだ。でも植村直己は強運の人であった。そんな折、取材と補給のため植村をサポートに現地に来たのが、文藝春秋の編集者、設楽敦生だった。植村の困った顔を見て設楽はロレックスと自分のセイコーの交換を申し出た。だから途中から植村はセイコーで零下の環境を乗り切って、北極点への踏破が出来たのである。設楽は補給基地に戻って暖気に触れた途端、ロレックスはちゃんと正常に動き出したという。実は植村直己は1974年~76年に北極圏1万2000キロの犬ぞり旅も敢行している。その時は現在最も有名な「植村ダイバーズ」と称される1970年発売モデルを着用していた。ロレックスも決して悪い時計ではない。しかし命を賭して挑戦する冒険には、ともに経験を積んだ、信頼できるツールを最初から選ぶべきではなかったのかと、わたしは思っている。
文藝春秋の設楽敦生とは、銀座の小さなバーで何度もカウンターで隣り合わせになった。シマジは文豪・開高健から巨大魚を釣るために世界中の海や河を旅する話を聞いていたから、同じ旅する編集者として、シンパシーを感じていた。設楽はたしかシマジより2,3才年下だったような記憶がある。精悍で酒の強い男だった。その時、北極での裏話を懐かしそうに語っていた。
余談となるが、セイコーの時計は1970年に植村直己、1999年に野口健、2013年に三浦雄一郎のエベレスト登頂、1978年に植村直己の北極点到達、2019年に阿部雅龍の南極点到達に立ち会った。北極点、南極点、エベレスト山頂は地球上でもっとも過酷な環境である極地として「スリーポール」と呼ばれる。セイコーはその3つの極地を制覇した真の冒険ウォッチといえるだろう。ちなみにこのスリーポールの制覇を初めて達成した冒険家は、ロレックスを着用してエベレスト登頂に成功したエドモンド・ヒラリーだった。エベレスト登頂後、南極点も踏破し、1985年にはオメガで有名な月面着陸したアポロ11号の船長だったニール・アームストロングとともに「飛行機」で北極圏に到達して、3つの極地を制覇している。
セイコーは植村直己の偉業に敬意を表して、これまでに何度も1970年製ダイバーズをルーツとしたモデルを発表してきた。今年は極地の壮大な氷河の世界をダイヤルに凝縮したモデルを発表。植村は方角・高度・地形の起伏が識別不能になるホワイトアウトの中、セイコーの時計などを頼りにしながら、北極点を目指したに違いない。氷河を模したという白い文字盤にシマジも冒険心を掻き立てられる。そしてそこには、植村が見ていた白銀の世界が、温暖化で氷が解けた土色や濁った海の水色にならないようにという思いも込められているに違いない。
セイコーの自動巻きダイバーズの初期3大ヘリテージモデルのひとつで、1970年に誕生した通称“植村ダイバーズ”をベースにした現代的なモデル。レトロ感の漂うケースフォルムに、4時位置にリューズを備えたデザインがポイント。この現代モデルは北極海の上に浮かぶ氷河とその極寒の様子を、ダイヤル上に立体的な型打ち模様で表現した。オリジナルと比べ、150m防水から200m防水へ、風防も無機ガラスから内側に無反射コーティングが施されたサファイアガラスへとスペックアップしている。搭載されるムーブメントも70時間パワーリザーブの現代的なスペックを有する。200m防水。自動巻き。ケース径42.7mm。ステンレススティールケース。159,500円。
1970年に発表されたメカニカルダイバーズ。植村直己が1974年~76年にかけて行った北極圏12000kmの犬ぞりの旅に携行され、“植村ダイバーズ”と呼ばれるようになる。当時としては驚異的な150m防水性能を備え、過酷な環境での信頼性や安全性を実証したモデルだ。
大学卒業後、集英社に入社。「週刊プレイボーイ」編集部に配属され、1982年には同誌の編集長に就任し、100万部の雑誌へと育て上げた。その後「PLAYBOY」「Bart」の編集長を務める。柴田錬三郎、今東光、開高健、瀬戸内寂聴、塩野七生をはじめとした錚々たる作家たちと仕事を重ねてきた。「お洒落極道」「お洒落極道 最終編」(小学館)など著書多数。現在は西麻布にあるサロン・ド・シマジにて、バーカウンターの前に立つ。
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