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宮本亞門が被災地・能登の人々の言葉を紡ぎ、復興の想いを募らせて、企画・監督・脚本を務めた『生きがい IKIGAI』。30年ぶりに映画監督を果たした宮本が感じた使命感とは。作品は能登半島で生きる人々の姿を収めた、手塚旬子によるドキュメンタリー『能登の声 The Voice of NOTO』を併映し、収益の一部は北陸能登の被災地の復興支援に充てられる。
石川県能登の被災現場で、崩壊した家から救出された男は避難所生活になじめず、崩れたままの自宅に一人、舞い戻る。「黒鬼」と呼ばれ、誰のことも寄せ付けず、片づけの手伝いに訪れた被災地ボランティアすら追い返してしまう。鹿賀丈史演じる孤独な男が生きがいのかけらを取り戻す様子を描いたショートフィルム『生きがい IKIGAI』。被災地ボランティアで能登を訪れた宮本亞門が地元の人々の言葉を紡ぎ、復興の想いを募らせて、企画・監督・脚本を務めた。能登の人々の思いを伝えたい。30年ぶりに映画監督を果たした宮本が感じた使命感とは。作品は能登半島で生きる人々の姿を収めた、手塚旬子によるドキュメンタリー『能登の声 The Voice of NOTO』を併映し、収益の一部は北陸能登の被災地の復興支援に充てられる。
──『生きがい IKIGAI』を作る、最初のきっかけは能登でのボランティア活動だったそうですね。
「元旦に地震があって、8月にやっと、現地に行けました。その時に地元の方々から『亞門さん、ボランティアなんてしなくていいから、この状況を早く伝えてください』と言われたんです。だけど、僕は報道の人間ではないですし、どうしたらいいのか分からずにいました。ただ、帰ってきた後も僕の中でどうしても心残りになっていたんです。ニュースでやっているし、僕が出る幕じゃないだろうと思いながらも、何かできないかと考えました。これまで舞台を通じて、人の心の中にあるものを大切にしてきました。こんな人もいる。こんな考え方もある。こんな痛みもある。様々な人々のいろんな思いをなるべく伝えたいとやってきたことを思うと、『これはもう作るしかない!』と決心しました。そうして皆さんの協力を得て、何とか今回、映画という形にできたという感覚です」
──宮本さんにとって、能登はもともと、どんな縁のある土地だったのでしょうか。
「能登が好きで、4回ほど旅行で訪れて、知り合いもできました。最初に能登を訪れた時はあまりにものどかで美しい風景に驚かされました。家々や山並み、海……そこには近年、失われつつある、日本の原風景が残されていました。食事もシンプルで美味しくて、『これが日本か』って、海外の人みたいに感動しました(笑)。人々も温かくて、静謐なんです。京都みたいな華やかな観光地とはまた違った味わいで、本当に端正で素敵です。それから、輪島の朝市で見た、女性たちの明るさ。海女さんもいて、皆さん、海とともに生きている感覚が伝わってくる。そんな時に地震があって、他人事ではいられませんでした」
──観光名所だった「朝市通り」が焼失したり、実際にボランティアで訪れて、目にした能登の変貌は衝撃だったのではないですか。
「輪島のあの通りは全部、燃えて、燃えかすしかない状態だったので、それはもうショックでした。美しかった家々はまだ立っていましたが、ほとんど赤紙が貼られていて、住むことができない。大好きだった光景がこのまま、失われてしまうのではないかと考えすぎかもしれませんが、恐ろしい気持ちになりました。僕は銀座で生まれ育って、子どもの頃は、数寄屋造りの家がまだ残っていて、芸者さんがたくさんいて、家の前を人力車が通っているような、江戸を感じさせる風景が残っていたんです。それが中学生の頃に周辺の料亭が潰されて、日本家屋が全部、なくなり、ビルになってしまった。あの時、積み上げてきた過去をどうしてこんなに一瞬で消し去ることができるんだろうと悔しさすら、ありました。日舞を習って、お茶や仏像に興味があったこともあり、子どもの頃から必死で追いかけてきた大好きだった世界が目の前で奪われた、あの感覚を能登の震災で思い出していました」
──9月の豪雨の後、11月には現地で映画の撮影を始めたそうですが、すごいスピード感、行動力ですね。
「9月の土砂災害の後、実はとあるプロデューサーの方と現地に行ったのですが、『被災地で映画を撮るなんて、無謀なことはやめた方がいいです』と進言されたんです。被害の実情を見て、ショックだったのだろうと思います。でも、僕はこういう現実こそ映像に残した方がいいと思いました。諦めずに台本を書き始めていたところ、本作のプロデューサーさんが『絶対にやるべきだ』と後押ししてくださり、救われたようでした。極めつけは鹿賀丈史さんを見つけたこと。ミュージカル『生きる』でご一緒したばかりの鹿賀さんが石川県出身と知り、一気にストーリーを書き上げました。鹿賀さんに台本を見せたら、すぐに『やります』と快諾してくれました。実は台詞はほぼ地元の人たちから聞いた言葉を入れ込んでいます。自分が書いたという感覚はあまりなく、ノートにメモしていた彼らの言葉を重ね合わせているんです」
──鹿賀さんが演じた「黒鬼」と呼ばれる男性のエピソードは当て書きなのかと思っていました。能登の方の声が人物像の礎になっているんですね。
「鹿賀さんが演じたのは象徴的なキャラクターです。むしろ、こうであった方が楽かもしれません。実際の能登の方は全然、怒ったり、怒鳴ったりしない。東日本の震災の時もそうでしたが、何一つ、自分たちが悪いわけではないのに、『すみません』って皆さん、本当に申し訳なさそうにしている。謝ることではないですし、自分たちのせいでもないのに。世界的に見ても、日本は珍しいですよね。それが良さでもあるけど、行き過ぎてしまうと、心の奥の痛みが誰にも言えなくなってしまう。『助けてくれて、ありがとうございます』と言った後、1人でポツンと生きていかなければならないって、どんな気持ちなんだろうと思います。本当はきっと、誰かと話したいはず。『どうして助けられたんだろう』と思ったとしても、それを口にしたら、助けてくれた人に失礼に当たるかもとか、いろいろ考えてしまうと思います。もっと無理しないで、自分の気持ちを吐き出してほしい。そういう思いから、ああいうキャラクターになりました」
──なるほど。そうだったんですね。
「噂ですけど、頑固で『鬼』と呼ばれている人がいたとか。震災の後、壊れたふすまを持って行こうとしたボランティアさんから、取り返した人がいたとか。あるいはボランティアの方が慣れた手つきで、どんどん物を処分していく中、花瓶を捨てられて、寂しそうにしていた人がいたとか。いろんな人のさまざまな状況を聞いて、メモを取っていくうちに何となく見えてきたことがありました。それは僕が日頃から大切だと思ってきたことです。丁寧に生きることの素晴らしさ。“生きがい”って、そんなに大きな物でなくてもいいと思うんです。好きなものやきれいなもの、小さな花一つの発見でもいいから、『今日も生きているんだ』と実感をもって感じられるもの。それを味わうような日々が生きがいだと僕は思っています。そういうものがここにもあるといいなという思いから、こんな作品になりました」
──男(鹿賀丈史)が青年(小林虎之介)のためにお茶を淹れるシーンがあります。
「『突然、全てが止まった時、自分が人に対して、できることが何もできないことほど、寂しいことはない』と言っている方がいたんです。人に何かをしてあげることに喜びを感じていた人が遮断されるとどうなるだろうと考えました。説明は一切していませんが、男がお茶を淹れることは、初めて人に向かう準備ができたという解釈もできるかと思います。今の世の中、成功しなきゃいけないとか、誰にも迷惑かけちゃいけないとか、考えすぎて、みんなが疲れ切っているじゃないですか。本来なら、まず生きていることだけで、すごいことなんです。お茶一杯でも、何か人にできる喜び。相手を思ってする行為がどれほど、お互いの心を変えていくか。たかが一杯のお茶でも、です。そういう丁寧感、大切なことって、どんどん忘れ去られていくし、自分でもつい、『そんな場合じゃない』と言ってしまうこともあります。でも、一服の清涼剤ではないですけど、ちょっと立ち止まって考えるきっかけになってほしいのです」
──生きてきた時代も背景も違う二人がお茶を介して、分かり合っていく様子は見ていて、ほっとします。
「そうなるといいなという思いもありましたし、Z世代の子たちは『昭和がいい』『昔の古い日本の家がほっとする』とか、大切なものをなくした大人たちには見えなかったものが見えているような気がします。見極める能力が必要な時代を生きている彼らは黙っていても、例えば、ボランティアの先輩の様子や家主である男とのやり取りなどを見て、わかっています。登場人物たちの台詞はそんなに多いわけではありませんが、豊かな表情をしています。表情から想像できる情報をいろいろ得られるのも映画ならではの力なのかなと思ったりしました」
STAFF
Movie Writer: Aki Takayama
Editor & Composition: Kyoko Seko
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