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『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ(以下:ジョーカー2)』が公開されて明らかになっているように、ジョーカー役のホアキン・フェニックスと“謎の女リー”役のレディー・ガガが歌うシーンの多さが話題。お互いに言いたいことが言えない部分を歌う。プライベートで自己崩壊と復活を経て、再び「I’m a fighter」と公言するガガ。陶酔感と絶望感の狭間で揺れる心とシンクロする歌が重要な理由とは。
『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ(以下:ジョーカー2)』は、アニメーション番組「Me and My Shadow」でジョーカーがテレビ放映中に犯した殺人事件の再現シーンから始まる。そしてアーサー・フレックが自身の影であるジョーカーと格闘するうちに幕が下り、刑務所の入り口の映像が現れる。前作から2年後の世界で、刑務所の精神科病棟に収容されたアーサー・フレックは死刑を宣告されているという設定だ。
公開されて明らかになっているように、ジョーカー役のホアキン・フェニックスも、“謎の女リー”役のレディー・ガガも歌うシーンが多い。歌うという発想は『ジョーカー』(2019)が世界的に大ヒットする前から、トッド・フィリップス監督とフェニックスが続編について考え、ブロードウェイで披露する可能性についても話し合っていたという。しかしコロナ禍となり、そこからフェニックスは映画に歌を取り入れることを提案した。監督は「映画の音楽のほとんどは、実際にはセリフである。アーサーが言いたいことが言えないので、代わりに歌っているだけなんだ」と説明している。
アーサーのパートナーについて、監督と共同で脚本を書いているスコット・シルヴァーのふたりは、1990年代のアニメ『バットマン』シリーズで初登場し、その後『スーサイド・スクワッド』(16)や『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 Birds of Prey』(20)などの映画でマーゴット・ロビーが演じたスーパーヴィラン、ハーレイ・クインに注目した。しかし、ロビーをそのまま『ジョーカー2』に当て嵌めるのは無理だ。そもそも彼女はジャレッド・レト(サーティー・セカンズ・トゥー・マーズ)が演じたコミカルなジョーカーに合わせたキャラクターであるし、監督は「私たちは、リーを第1作目から作り上げてきたゴッサムの世界に溶け込ませたかったから、(ロビーが演じた)高い声のトーンやアクセント、ガムを噛む音など、コミックに登場する生意気な感じのするものすべてを排除した」と発言している。フィリップス監督が描くゴッサム・シティは、より現実的な世界で、しかもガガが演じる役は、同じ精神科医でも人を操ろうとする。
ガガがこの役に選ばれたのは、フィリップス監督が『アリー/スター誕生』(18)にプロデューサーのひとりとして関わっていて、ガガが役に徹して歌えることを熟知していたため。ホアキン・フェニックスもカントリー・ミュージシャン、ジョニー・キャッシュの伝記映画『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(05)で主演し、歌の実力も実証済み。そして二人は陶酔感と絶望感の間を揺れ動く、より生々しい不安定な音楽世界を作り出したいと考えたという。
ガガは映画公開前にこの役にインスパイアされたアルバム『ハーレクイン』(24)を発表しているが(映画のクランクアップ後に制作)、『ジョーカー2』のサウンドトラックにも収録された同名曲と聴き比べると、サントラでは役に徹して歌っているのが明確だ。しかも多くのミュージカルで、俳優は事前に録音されたトラックに合わせて歌うというのに、この映画でフェニックスとガガは、カメラの外で演奏するピアニストの伴奏に合わせながらその場で歌ったという。
女優としてのガガは、奇抜な衣装で話題を集めていた頃に出演したデビュー作『マチェーテ・キルズ』(2013)や『シン・シティ 復讐の女神』(14)では存在感を放っていたが、人気ドラマ『アメリカン・ホラー・ストーリー』シリーズのシーズン5『ホテル』(15〜16)では主役を務め、第73回ゴールデングローブ賞のテレビドラマ部門の女優賞を受賞。出世作『アリー/スター誕生』では、インタースコープ・レコーズとの契約や、当初は苦手だったダンスの練習に時間をかけるよりも歌を重視したいといったことなど、主人公には実際のガガに被る点も多かった。しかし、すっぴんに近いナチュラルメイクや栗色の髪にしていたため、アリーの物語として観ることができた。『ハウス・オブ・グッチ』(21)での成り上がりで、ブランドの支配を狙う欲深い悪知恵の働くパトリツィア役は似合っていたと思う。
『ジョーカー2』でも悪戯そうに笑う悪女顔は役柄に合っていると思った。けれど、徐々に衣装が豪華になり、メイクもバッチリ決められると、ガガ色が強くなる。しかもピアノの弾き語りが始まると、ガガにしか見えない。役柄に徹して歌ったとあっても、前作同様約23キロの減量を行なったフェニックスはアーサー(ジョーカー)そのものであったが、リーが着飾って歌い出すとガガのオーラが出てしまう。リーと恋に落ちたアーサーは向精神薬を拒否し、妄想の世界へと飛び込む。現実と妄想を行き来しながら絆を深めるふたりは、歌いながらお互いの感情を表現し合う。興味深いのは、アーサーはロマンチックなバラードに惹かれ、ジョーカーに憧れるリーは挑発的で、力強い歌を好むこと。ここから明らかにふたりはお互いの関係に求めるものが異なっていることがわかる。
アーティストとしてのガガは、3枚目のアルバム『ボーン・ディス・ウェイ』(11)を発表した頃には、LGBTQやマイノリティの人種へのサポートを示したこともあり、同年の『フォーブス』誌の「世界で最も影響力のあるセレブリティ100人」で第1位に選出されている。ハウス・オブ・ガガの仕事も注目され、生肉ドレスを筆頭に、卵だったり、天体形だったり、毎回公共の場に登場するたびに奇抜な衣装で驚かせていた。
2009年に対面取材した時には「レディー・ガガの定義とはポップ・パフォーマンス・アーティストよ」と語っていたが、音楽面では『アートポップ』(13)が不振だったことから方向転換。翌年にトニー・ベネットとのジャズアルバム『チーク・トゥ・チーク』(14)で第57回グラミー賞の最優秀トラディショナル・ポップ・ヴォーカル・アルバムを受賞し、実力派シンガーの仲間入りをする。叔母へ捧げた『ジョアン』(16)ではカントリーミュージックを基調とし、2017年のスーパーボールのハーフタイムショウではアメリカの愛国家「ゴッド・ブレス・アメリカ」を歌い、引き続き社会に貢献しながら、異端児的なイメージからアメリカを代表する正統派のスーパーセレブへと躍進していく。
慢性的な痛みを抱えていた線維筋痛症のために2017年9月に活動休止宣言をすると、その後は一転してダンスミュージックに回帰した『クロマティカ』(20)を発表し、さまざまな苦痛から救済するために愛を貫くという姿勢を強く打ち出す。そして2021年5月、Apple TVのドキュメンタリーシリーズ『The Me You Can’t See』の初回放送で、19歳の時にプロデューサーから受けた性的暴行によるPTSDや慢性的な身体の痛み、若い頃から患ってきたメンタルヘルスの問題など、活動休止していた2018年から2年間は自己崩壊していたと明かしたのだ。そこには恋愛をしても結婚へ結びつかない不安もあっただろう。
そして、だからこそガガが『ジョーカー2』に出演することに意義を感じ、自分の思いも重ねながら『ハーレクイン』を制作したくなったと言っても過言ではないはずだ。
ガガはこのアルバムとツアー(その後『ガガ クロマティカ・ボール』としてコンサート映画化された)に取り組んだことについて、「いろいろな意味で私の人生のある時期の終わりであり、まったく新しい時期の始まりだった。それは実際には古い傷跡、あるいは困難と決別しているような時期で、このツアーで私はまったく違うことをするために生まれ変わったような気がしたの」と語っている。ガガは『アリー/スター誕生』の公開時には、原題『A Star is Born』に引っ掛けて“Lady Gaga is Reborn”と書かれてきたが、その多才ぶりと意志の強さから、実は何度も生まれ変わるようにして生きているのである。
今年後半に入り、ガガの話題が絶えない。7月26日のパリ・オリンピックの開会式のオープニングにディオールの衣装で歌い踊り、脚光を浴びたかと思うと、直後の28日にはフランスのガブリエル・アッタル首相の公式TikTokで、ガガが首相に「私のフィアンセです」と交際4年半のIT起業家のマイケル・ポランスキーを紹介したことが明かされる。8月にはブルーノ・マーズと新曲「ダイ・ウィズ・ア・スマイル」を発表し、9月は8カラットの婚約指輪をつけてヴェネツィア国際映画祭にその婚約者と登場、直後に『ジョーカー2』の役からインスパイアされ、婚約者と制作したアルバム『ハーレクイン』を発表する。そして10月に映画が公開されたのだ。
ガガが変わらず発している言葉は「I’m a fighter」で、常に闘志に溢れ、打ち勝とうと競争心に燃えていることが伝わってくる。そのイメージから『ジョーカー2』を観てしまうと、リーは最後には何かやってくれるのではないかと期待しがちだが、本作はあくまでもアーサー・フレックの物語であり、前作が多大な社会的影響を及ぼしたことから、ある意味で答え合わせのような内容とも言える。しかしこの映画の評価がどうであれ、また今後の結婚生活がどうであれ、歌い分けの面白さも知ったガガの女優魂に火がつくことは間違いないだろう。
上映中
【配給】 ワーナー・ブラザース映画 © & TM DC © 2024 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX(R) is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema is a registered trademark of Dolby Laboratories
レディー・ガガ/Stefani Joanne Angelina Germanotta。ミュージシャン、俳優。1986年3月28日、ニューヨーク州ニューヨーク生まれ。イタリア系アメリカ人の裕福な家庭に育ち、4歳からピアノを習う。ヒルトン姉妹も通ったお嬢様学校へ通うが、個性を強調し過ぎていじめにあい、14歳からクラブで歌い始める。17歳でニューヨーク大学の芸術学部に進むが、周囲に馴染めず退学。ストリッパーをしながら音楽活動を本格化する。2007年、21歳でインタースコープ・レコードと契約。08年4月にリリースしたデビュー曲「ジャスト・ダンス」や「ポーカー・フェイス」が爆発的ヒット、デビューアルバム『ザ・フェイム』も大ヒットし、第52回グラミー賞で5部門にノミネートされ、2部門受賞。Netfilixのドキュメンタリー『レディー・ガガ: Five Foot Two』(17)も話題を集めた。名前の由来はクイーンの曲「レディオ・ガ・ガ」から。
音楽ジャーナリスト・アメリカ文学研究
伊藤なつみ
デヴィッド・ボウイ、坂本龍一からマドンナ、ビョーク、宇多田ヒカル、ロバート・グラスパーなど、取材アーティスト数は数え切れないほど。『ユリイカ』2023年5月号に掲載の論考「ヒップホップ・フェミニズムの変遷」など、現在は黒人女性のエンパワーメントについても研究中。
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