「ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド以降が本当の自分の人生」と訴え続けた一人の女性ニコの壮絶なジレンマ

ミュージシャン、俳優
NICO

ヨーロッパ屈指のファッションモデルとして名を馳せ、フェデリコ・フェリーニ監督作『甘い生活』への出演でも注目を集めていたニコ。アンディ・ウォーホールはその圧倒的な存在感に魅せられ、映画『Chelsea Girls』に起用するとともに、自身がプロデュースする「ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」へ参加させ、彼女は時代を象徴するミューズとなった。『残響のメロディ 魂の放浪者ニコ、最後の旅路』は、そんな華やかな日々の先にある、49歳でこの世を去るまでの最後の2年間を描いた物語。美貌という呪縛から解き放たれ、一人のアーティストとして生きた彼女は、人生の終盤で本当の輝きと安らぎを手に入れることができたのだろうか。

LIFESTYLE Jul 23,2026
「ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド以降が本当の自分の人生」と訴え続けた一人の女性ニコの壮絶なジレンマ
映画『残響のメロディ 魂の放浪者ニコ、最後の旅路』の画像
監督はイタリア人女性監督のスザンナ・ニッキャレッリ。©2017 VIVO FILM / TARANTULA

元スターの一人の女性ニコが想像も絶するジレンマと生きてゆく

アメリカのロックバンド、「ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」の歌姫として知られるニコ。ポップアートの旗手アンディ・ウォーホルが手がけた、1967年のファースト『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』のアルバムジャケットのバナナの図案はあまりにも有名。日本では一時期、ユニクロがTシャツにしたことで、ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンドどころか、アンディ・ウォーホルすら知らなそうな人まで巻き込み、街中にバナナTシャツが浸透した。

アンディ・ウォーホルがプロデュースしたヴェルヴェッツ(ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの略称)。ウォーホルは彼らのデビューをバックアップする条件として、ウォーホルのスタジオ「ファクトリー」に出入りしていたドイツ生まれのモデル、ニコをボーカリストとして参加させることを了承させた。アルバムでは3曲、ニコがリード・ボーカルをとっている。渋々、承諾したバンドメンバーは結局、ニコを拒み、2作目以降は登場することはなかった。幸か不幸か、この一時的なゴリ押しコラボレーションは国どころか時代を超えて支持され、極東の日本で老若男女がTシャツを着ることになったのだった。

本作はニコのその華やかな栄光の時代ではなく、1988年に彼女が49歳で亡くなる直前の2年間に焦点をあてた音楽伝記ドラマ。「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド以降が本当の自分の人生」と訴え続けた元スターの一人の女性ニコが想像も絶するジレンマと生きてゆくドラマである。

母としての後悔と葛藤。薬物依存や不安定な精神、周囲との軋轢と向き合う過酷なツアー

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主演のトリーヌ・ディルホムはアカデミー賞外国語映画賞受賞作『未来を生きる君たちへ』(10)他でデンマーク映画批評家協会が主催するボディル賞最多(8度)受賞。©2017 VIVO FILM / TARANTULA

1986年、40代後半のニコ(本名:クリスタ・ペーフゲン)はイギリス・マンチェスターで暮らしていた。ドアーズのジム・モリソンの勧めで「自分の音楽を始めた時から自分の人生が始まった」と感じている彼女は過去の名声から距離を置こうと、新しいマネージャーのリチャードとバンドと共にヨーロッパツアーへと出発する。ところが、その旅は薬物依存や不安定な精神、周囲との軋轢といった問題と向き合う過酷なものだった。薬が途絶えるとどうすることもできず、次々と問題を起こす、ニコと仲間たち。チェコスロバキアでは、プロモーターが地元当局にライブの許可を得ておらず、告知すらしていないことが発覚。それでもステージに立った途端、観客は大熱狂する。その後、警察の強制捜査が入りライブは中断。ニコたちは間一髪で逮捕を免れ、逃亡する。母としての後悔と葛藤を抱くニコは、やがて薬物依存と自殺未遂でフランスの更生施設に収容されている息子アリを引き取り、ツアーに同行させる。孤独だったニコは充実した時間を取り戻したかのように見えた。

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1980年代後半の空気感を演出するために1:1のスクエアフォーマットを採用。©2017 VIVO FILM / TARANTULA

美しかった頃に幸せだったことは一つもない。“夢はエレガントなおばあさん”

ライブハウスをバンで回る地方巡業。まさしくドサ回りのニコ一行。時にホテルが取れず、彼女を憧れの目で見る元ロック少年、現・中年ミュージシャンの家に寝泊まりすることも。彼女に影を落とす過去の栄光。自分にとっての黒歴史がいつまで経っても燦然と輝き、どこに行っても、誰に会っても、「あの!」と認識されてしまう絶望。美しかった頃に幸せだったことは一つもない。むしろ醜くいたい。子どもの頃は戦争中で飢え、戦後、モデルになってからは常にダイエットしていた。今は食べることが救い。コーラを一気飲みし、パスタを貪り食う彼女の姿にスターモデルの面影はない。それでも「夢はエレガントなおばあさん」とタバコを片手にメサドン(依存症の治療に用いられる合成オピオイド薬)の副作用で虚になりながら、未来を見据えていた。現在の自分を受け入れてほしい。周囲の求めるスター像と本当の自分との差に落胆しても、確実にさまざまな経験が現在の彼女が形成していた。

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マネージャーのリチャード役は『グレゴリーズ・ガール』(80)主演のジョン・ゴードン・シンクレア。ヴァイオリニスト・シルヴィア役に『4ヶ月、3週と2日』のアナマリア・マリンカ。©2017 VIVO FILM / TARANTULA

「My Heart Is Empty」、ニコが歌う素直な歌詞のひとつ一つが胸に染み渡る。当時の彼女は知る由もないが、後続のミュージシャンたちに多大な影響を与えている。

「ぼくの心は空っぽ。でも僕の歌う歌は君への愛で満ちている」

ニコ、クリスタを演じているのは国際的に活躍している、デンマークの国民的女優、トリーヌ・ディルホム。劇中歌も彼女が歌っており、アルファヴィルによる、幻想や逃避をテーマにしたと言われる1984年リリースのシングル「ビッグ・イン・ジャパン」(西ドイツ5週連続1位、全英8位等欧州圏でヒット)のカバーが哀愁を誘う。

「明日、日本でビッグになれば」

映画『残響のメロディ 魂の放浪者ニコ、最後の旅路』の画像
ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門最優秀作品賞をはじめ、伊アカデミー賞が主催するダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞では脚本賞、サウンド賞、メイクアップ賞などを受賞。©2017 VIVO FILM / TARANTULA

まるで恋人同士のような、アラン・ドロンのように美しい息子

ジム・モリソン、イギー・ポップ、ブライアン・ジョーンズ、ボブ・ディランに愛され、ロック史に名を刻むニコ。アラン・ドロンとの間には息子がおり、彼の存在が、ニコをひとりの女性=クリスタ(本名)として生き直させるきっかけとなる。アリは生涯、アラン・ドロンから認知されることはなかったが、その風貌はあまりにも名優の面影が濃く、ドロンの実母が養育していたほど。劇中、アラン・ドロンの名前こそ出ないが、ニコが「美しいでしょう。父親にそっくり」と話しながら、目を細めるシーンがある。生きているのが奇跡のようだったアリは母が49歳で急逝した35年後、ドロンが亡くなる前年の23年に薬物過剰で亡くなった。60歳だった。

映画ではまるで恋人のような母と息子を映し出す。ニコの人生がもう少しだけ長かったら、アリの人生も変わっていたかもしれない。

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1960年代のニコやアンディ・ウォーホルの実際の映像素材を編集したフラッシュバック映像は必見。©2017 VIVO FILM / TARANTULA

『残響のメロディ 魂の放浪者ニコ、最後の旅路』

7月17日(金)よりキノシネマ新宿、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
出演:トリーヌ・ディルホム、ジョン・ゴードン・シンクレア、アナマリア・マリンカ、サンドル・フュンテク、トマス・トラバッキ、カリーナ・フェルナンデス、カルヴィン・デンバ
監督・脚本:スザンナ・ニッキャレッリ
2017年 / イタリア・ベルギー / 93分 / カラー / 英語・ドイツ語・フランス語・チェコ語 / 原題“NICO, 1988” / 字幕監修:五十嵐正 / 配給:NEGA
©2017 VIVO FILM / TARANTULA

PROFILE
ミュージシャン、俳優 NICO
ミュージシャン、俳優
NICO

ニコ/NICO 本名・クリスタ・ペフゲン(Christa Päffgen)。1938年、ドイツ・ケルン生まれ。10代からパリやローマで活躍するトップモデルとして名を馳せる。フェデリコ・フェリーニ監督『甘い生活』をはじめとする映画に出演。1960年代半ばにアンディ・ウォーホルと出会い、彼のミューズとしてアートシーンの象徴的存在に。ウォーホルがプロデュースした伝説的ロックバンド「ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」にボーカリストとして参加し、1967年にはソロアルバム『Chelsea Girl』を発表した。その後、ハルモニウムを手に独自の音楽表現を追求し、『The Marble Index』『Desertshore』を発表。ゴシックやポストパンク、ダークウェーブといった後世の音楽シーンに多大な影響を与えた。88年スペイン・イビサ島で49年の生涯を閉じた。モデル、女優、シンガーという枠を超え、美貌と芸術性を兼ね備えた唯一無二のミューズとして、今なおファッション、音楽、アートの世界で特別な存在感を放ち続けている。


MOVIE WRITER
髙山亜紀

フリーライター。現在は、ELLE digital、花人日和、JBPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。

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