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映像、音楽、ダンス、それぞれの表現が持つ、美しさ、テンポ、迫力。演技と緻密に複雑に共鳴し合って迫り来る、新感覚のミュージカル映画へと昇華した長編映画『エミリア・ペレス』は、第97回アカデミー賞において最多12部門で13ノミネート、助演女優賞と歌曲賞を受賞した話題作。72歳のフランスの巨匠、ジャック・オーディアール監督が、人間の心の機微を、クラシックなオペラの手法、現代のライブの高揚感などを交えて仕上げた傑作について語ります。
ジャック・オーディアール監督作品『エミリア・ペレス』は見応え満点で、抜群に面白い。しかし第97回アカデミー賞において最多12部門で13 ノミネートされたほど注目されていたにもかかわらず、受賞は助演女優賞と歌曲賞の2部門に終わった。その理由として、主人公エミリア・ペレスを演じたカルラ・ソフィア・ガスコンの過去の発言が問題視されたことや、舞台となったメキシコへの理解が足りないとされたことが考えられる。とはいえ、作品として細部の表現にまでこだわりが詰め込まれた、圧巻の作品である。
特筆すべきは、ストーリー展開はもちろんのこと、セリフを含めたテンポの良さだろう。ボリス・ラゾンの小説『Écoute』から着想を得たというオーディアール監督は、この小説に出てくる“女性になりたいと願っている麻薬王”をメインに作品を作りたいと考え、友人であるボリスから許可をもらって脚本に着手。麻薬組織のボスであるマニタスから性別移行をしたエミリア、その手術をサポートした弁護士のリタ、マニタスの妻であるジェシーの3人によって、観ている側も感情が掻き乱されるようにして話が展開していく。
なにより歌の使い方が秀逸だ。セリフが自然に歌へと流れていく様子や、ちょっとした動きもリズミカルで、セリフと歌、仕草とダンスの狭間がない。テンポよく息つく暇もなくストーリーが運ばれていく、新感覚のミュージカルなのである。その緊迫感は、サウンドトラックから聞こえる息遣いからも感じられるはずだ。トランスジェンダーについて着目されることの多い作品だが、ここではこのミュージカル的効果に目を向けながら、オーディアール監督に話を聞いた。
──とても見応えのある作品で、既に2回も観てしまいました。小説『Écoute』から着想を得て、そのままメキシコを舞台にしたそうですが、メキシコの伝統的な祭りである死者の祭りを想起させるパレードも効果的に使われていると思いました。
「もちろん南ヨーロッパのシチリアとかボリビアとかグアテマラとか、他の国を舞台にする可能性もあったと思う。でも、ボリス・ラゾンの小説の舞台がメキシコだったので、メキシコの設定にした。(フランス人の私には)スペイン語という言語はとても音楽的で、聴いていて心地よいので、それもあって今回スペイン語圏の中南米を舞台にしたんだ」
──音楽を担当したカミーユは、「歌に“メキシコらしさ”をもたらしたのは、言葉の言い回しや高低アクセント、そして出演者たちの声、コーラス、エキストラたちだった」と話しています。またインタビュー記事に、「監督は、新しい曲のおかげで15ページ分の脚本の執筆作業が不要になったと、興奮していた」とありました。
「自分はそれまで歌を使った映画やミュージカルコメディをやったことはないので、これは今回の新しい発見だったよ。普通、脚本を書くとなると、ある流れではまずイントロに5、6ページ費やして、そこから話の展開があって、やっと何かが伝えられるということになるけど、歌であれば4行の歌詞ですぐに伝えたいことを伝えられる。しかも頭だけではなくて、直接心にも早く届くから、そういった意味で新しく曲を書くことで新しい発見があった。(自身のスマートフォンを取り出して、今年の3月17日に残したメモ画面を私に見せながら)、著名なドイツの劇作家・詩人であるブレヒトがいくつかの批評に対する返答として、『オペラの特徴は現実的な要素や具体的な表現を使っていることにある。しかし音楽が加わることで、それらすべてを打ち砕いてしまう』と語っている言葉があるけれど、まさにそのことを自分がこの映画で実行した。今回の発見は、まさにブレヒトが言っていたことそのものだったんだ」
──貴重なメモを見せていただきありがとうございます。会話から歌への流れや、終盤のリタが集めた襲撃隊が武器をチェックする場面などもリズミカルで、とにかく音楽の取り入れ方が斬新で感動しました。ストーリーと音楽をどのように結びつけていったのですか?
「表現手段として、音楽や振り付けには膨大な時間をかけた。“どこからどういうふうに移行させていくか”ということに、話し合いを重ねて緻密に練っていったんだ。自然に話していているのに急に歌になるとか、どこまでが自然な動きで急に振り付けに変わるかなど、その仕掛けがわからないように展開していくのが面白いと思ったからね。最初の方で、マニタスが会話をしているようだけど歌っているシーン、つまり歌っているのか話しているのかわからないような微妙なところも、オペラのモーツァルト作品でよくあるようなパルレ・シャンテのようにしたいという意図があったんだ」
──パルレ・シャンテとは「歌うように話す」ということで、オペラの『魔笛』などに見られる感情や状況に応じて歌のように話す、歌よりも話し言葉に近い自然な感情を表現できる手法ですよね。確かに会話というより、歌の方が自分の心情を語っているように感じられて、グッと心に来るものがありました。
「あとは、特に裁判所の方まで歩いていったら急にダンスになったりとか、あなたが指摘してくれた武器を準備しているシーンもリズミカルになりながらも自然な動きをしていたりとか、その中間がとても面白いと思ってやってみた。実際はもっとやりたかったけど時間が足りなかったんだ。振り付けに関してはダミアン・ジャレがかなり考えてくれた。彼は日本でもたくさん仕事をしているよね」
──ダミアン・ジャレはリタ役のゾーイ・サルダナがダンサーでもあるため、「ダンサーの考え方をするし、スキルもあったことから、役者とダンサーをつなぐ絆のようなものを作る手助けになったと思う」と話しているようです。その結晶のひとつが歌曲賞を受賞した「El Mal」で展開される慈善パーティでのシーン、後半へ移っていくなかでの見せ場になっているのですね。
──麻薬王の妻を演じた、セリーナ・ゴメスの演技や歌にも目を奪われました。なかでも「Mi Camino」には共感する女性が多いのではないでしょうか? 音楽制作を担当したカミーユにセレーナ・ゴメスのドキュメンタリー『Selena Gomez: My Mind & Me』を観ることを勧めたそうですね。
「『 Mi Camino 』は撮影が始まる時にはまだ用意されていなくて、セレーナ・ゴメスが演じるジェシーという人物を映画の中で描くにあたって、何か足りない、彼女のことをもっと表現させることが必要だということで、急遽週末に書き上げてもらった曲なんだ。ジェシーがこれまで不遇に生きてきたのではなく、“こういう人物だ!”と示すシーンが足りないと思って、彼女が抱えている内面を発散させる表現として書いてもらった。カミーユにこのドキュメンタリーを観ておいてと言ったのは、この曲を想定するだいぶ前のことで、セレーナのことをよく知ってもらうために勧めたんだ」
──「Mi Camino」だけ事前の録音ではなく、撮影の現場で歌ったそうですが、そういう理由からですか?
「そうだね。急遽追加した歌なので、ちゃんとした演奏を準備する時間もないし、現場でどうしようと考えた時に、カラオケにしたらシンプルだし、恋人と歌っているという設定ですぐにできるから。非常に脆さもはらんでいるけれど、急遽付け加えたという点でも、あれは良かったと思う」
──男性に対しては自己中心的な描き方がされていましたが、逞しさなど、女性に対しては良い面を引き出しているような気がしました。ジェシー以外で、彼女たちの描き方について気をつけた点はありますか?
「まず、男の人はそんなに出てこないよね(笑)。女性たちについては、みんないろいろな側面を持っていて、それぞれが黒い部分も抱えているので、白と黒の両方を内包した側面を持つ複雑な人たちとして描いている。たとえばエミリアはマニタスである時は暗殺者であったし、でもエミリア・ペレスになってからも、ジェシーが彼女のもとを去るとなったら急にマニタスが戻ってきた感じで暴力的になったりする。女性たちも決して聖人的な描き方はしていない。リタについては“何がなんでも成功してやろう”という野心的なところがあって、最初に関わっている裁判も結構裏取引があって決して公平的ではないけれど、自分が成功してのし上がっていくためには、しかたがないという打算的な部分があった。そういう意味で決してすべてが善良な部分で動いているわけではないんだ」
──そして最後の結末は衝撃的でしたが、早くから決めていたのでしょうか?
「フフ(笑)。あのようなエンディングにするというのは早くから決めていたし、行列して歩くシーンも最初から考えていたよ。結構この映画はスタジオ撮りをしているけど、ラストのシーンにはこだわりがあったから、またメキシコに戻って撮影したんだ。だから、あのエンディングには満足しているよ」
監督・脚本:ジャック・オーディアール『君と歩く世界』『ゴールデン・リバー』『パリ13区』
出演:ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、セレーナ・ゴメス、アドリアーナ・パス
製作:サンローラン プロダクション
配給:ギャガ
2025年3月28日(金)より、新宿ピカデリーほか全国の映画館にて公開。
https://gaga.ne.jp/emiliaperez/
©2024 PAGE 114–WHY NOT PRODUCTIONS–PATHÉ FILMS-FRANCE 2 CINÉMA
ジャック・オーディアール/Jacques Audiard 映画監督、脚本家。1952年4月30日フランス、パリ生まれ。父親は脚本家で、叔父はプロデューサーという映画一家に育つ。大学で文学と哲学を専攻した後、編集技師として映画界に携わるようになる。1981年から脚本家として活動し、1994年に『天使が隣で眠る夜』で映画監督デビュー。同作でセザール賞を3部門受賞し、『つつましき詐欺師』(96)でカンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞した。カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞した『預言者』(09)、同じくカンヌでパルム・ドールを受賞した『ディーパンの闘い』(15)、ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞に輝いた『ゴールデン・リバー』(18)などがある。
音楽ジャーナリスト・アメリカ文学研究
伊藤なつみ
デヴィッド・ボウイ、坂本龍一からマドンナ、ビョーク、宇多田ヒカル、ロバート・グラスパーなど、取材アーティスト数は数え切れないほど。『ユリイカ』2023年5月号に掲載の論考「ヒップホップ・フェミニズムの変遷」など、現在は黒人女性のエンパワーメントについても研究中。
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Edit&Composition:Kyoko Seko
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