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コーヒーは、毎日をより有意義なものにしてくれる嗜好品のひとつ。そのコーヒーを五感で味わうための究極のカップを求め、第15代ワールド・バリスタ・チャンピオンの井崎英典さんと、佐賀県有田の「アリタポーセリンラボ」がタッグを組んだ。2年以上もかけて生み出された究極のコーヒーカップとはいかなるものか。
ワインやウイスキーを味わうために、グラスのサイズやフォルム、重さや厚みにもこだわる。けれど、毎日のように飲んでいるコーヒーのカップ選びは、いかがだろう。ブランドや美しさを優先し、おいしさを求めるという機能は二の次になっているかもしれない。
2024年、「工芸品としての美しさ」と「おいしくコーヒーを飲む器」という機能を兼ね備えるコーヒーカップブランド「The M(日照昼月照夜/にっしょうちゅう・げっしょうや)」がリリースされた。コーヒーラバーの間で静かな話題となっている。
「The M」は、第15 代ワールド・バリスタ・チャンピオンで、コーヒー豆を求め世界の産地を巡る井崎英典さんと、創業220周年を迎えた「アリタポーセリンラボ」とのコラボレーションプロダクトである。
井崎さんが2023年4月、東京・表参道にオープンした完全予約制、4席のみのコーヒーサロン「珈空暈(こくうん)」。世界各国のコーヒー産地・農園を訪れ、伊崎さん自身が選んだコーヒーをフルコースで味わうことができるサロンだ。新たなコーヒー体験を求めて、世界各国から人が訪れる。
焼物好きの井崎さん、コーヒーを提供するカップに日本の美意識を反映した作家による工芸品を選んで使ってきた。だが、「アートピースとしての美しさ」と「おいしくコーヒーを飲む器」としての機能を兼ね備えるものになかなか出会えない。それなら作ってしまおうと思い立つ。
その思いとうまくマッチしたのが、伝統技法である有田焼を現代のライフスタイルに合うよう再構築し、デザイン性と実用性を兼ね備えたブランド「アリタポーセリンラボ」だった。
美術工芸品や食器として広く知られている有田焼。現在の佐賀県有田町周辺で、17世紀に日本で初めて磁器が焼かれ、以来400年もの間、食器や美術工芸品を作り続けている。
1804年に創業の有田焼の老舗窯元「弥左エ門窯(やざえもんがま)」の技術を、現代のライフスタイルに合わせたモダンブランド「アリタポーセリンラボ」。実用性とデザイン性を兼ね備えた器として、国内外で支持されるように。フランスの化粧品ブランド、ゲランのスペシャルボトルや、アーティストとのコラボレーションを積極的に展開している。
佐賀県有田町にある「アリタポーセリンラボ」の工房で、井崎さん、そして、「The M」をともに作り上げた、七代目弥左ヱ門(やざえもん)・松本哲さんの両名に開発背景を伺う貴重な機会をいただいた。
「薄い」「固い」「丈夫」というのが有田焼の大きな特徴。手びねりの1点ものではなく、弥左エ門窯が得意とする量産できるものでありながら、希少性のあるものを。工芸品としての美しさがあり、コーヒーを飲んだときに鼻が入る口径、口に触れる部分の薄さなど、互いに譲れないところを提示し、その最大公約数を探った。
「コーヒーの香りがすべて」というのが井崎さんの第一義。ウイスキーのテイスティングラスのフォルムから着想を得た形を井崎さん自らがデッサンし、できるだけ薄くしたいと松本さんに相談。コーヒーを注いだ時に映えるよう、内側は白く仕上げたい。松本さんは、壺や花瓶などを作る時のような型に流し込んで成形する方法を選んだ。
釉薬を探すのも二人で一緒にメーカーを回ることから始め、最終的には300種類ほどを試し、プラチナとゴールドに窯変(ようへん=焼き上がりに予期しない模様が出現)するようなものにたどり着いた。
「黒絞りという窯変釉薬を使っています。窯変するため表面の模様は1個ずつ異なり、二つとして同じものがありません。さらにその上に、金とプラチナを焼き付けて特別な質感に仕上げています。釉薬の濃度や掛け方を現場で工夫し、井崎さんのコンセプトに近い表情を実現しました」(松本さん)
成形した生地を920℃で2日間かけて素焼き、釉薬を掛けて1300℃で3日間かけて還元焼成し、金(またはプラチナ)を付けてから、800℃で2日間かけて焼き上げる。
「ひとつひとつ表情が違い、同じものはありません。この景色が月の表面のようにも見えるので「The M」と名付けました」(井崎さん)
コーヒーの香り、味わい、色だけでなく、唇がふちに触れた時の感触までを求めた、五感でコーヒーを楽しむ器が完成。コーヒーを注いで持ち上げると温かさも伝わってくる。少し持ちにくいが、その点も含めてコーヒーと器を楽しんでもらいたいという。
今回特別に窯の前で、井崎さんが淹れてくれたコーヒーを究極の器、「The M」 で味わった。
井崎さんの淹れたコーヒーを「The M」のカップで味わう。まずは蓋を開けて漂う芳香にうっとり。器を手に持ち、口をつけ、ひと口飲むと同時に鼻腔に香りが流れ込む。これまでに体感したことのない香りと味に満たされた。
井崎さんには、「コーヒー」という大衆に受け入れられているものを通して、日本のよさを世界の人たちに知ってもらいたいという想いがある。「珈空暈」のゲストの外国人率は9割を超えるという。このカップでコーヒーが供されることで、有田焼という日本の磁器の魅力を知ってもらえる第1弾となった。体感したのちに購入することもできる。
「井崎さんとの取り組みは、要望も多かったので、時間を要しましたし、難易度が高い工程も多かった。互いに妥協せずに完成させたことで、有田焼の新たな可能性をまたひとつ体現できたと感じています。創業220年という節目に、いいスタートが切れました」(松本さん)
「アリタポーセリンラボ」はラグジュアリーブランドとのコラボも増えているが、有田のメーカーとして希少性がわかるものという要望も多い。バカラのようなメゾンを目指す。
自分でコーヒー豆を選び、挽き、その日によって水の種類を変え、湯の沸かし方や温度も調節してドリップするひと時。それは日常かもしれないし、人によっては、休日の趣味かもしれない。世界にひとつしかない「The M」を手に入れ、自ら至福のコーヒーを味わったら、次は大切な人をもてなしたくなる。
コーヒーを味わう前に、蓋つきの器を目にしたゲストの「これがコーヒーカップ?」「こういった有田焼もあるんですね?」などから始まり、ふたを開けた時の香りの共有、そして、コーヒーを飲みながらの語らい。コーヒーを通じて有意義なひと時を演出してくれる器でもある。
STAFF
Writer: Fukuko Hamada
Photo & Editor: Atsuyuki Kamiyama
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