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クルマの在り方はテクノロジーの進歩や環境問題とともに常に変化し、それに伴う消費者の気持ちにも当然グラデーションがある。そんな中、運転するための手順が多いMT車という存在が、今でも多くの人の心を掴んで離さないのはなぜか。単なる移動手段と割り切ることなく、運転という行為を唯一無二の時間に昇華させる魅力がMTにはある。
「自分らしく生きる」ことが人生のテーマと叫ばれるようになって久しい。寿命100年時代に“自分らしさ”を確立し続けるには、どれだけ歳を重ねても日常で心躍る瞬間を絶やさないことが必要だ。
例えば、これまでのスキンケアのルーティンに1つ工程を加えた夜。
洗顔後すぐの肌に使う“導入美容液”は、ここ数年でスターダムを駆け上がり、すっかり市民権を得たアイテムだ。導入という言葉の通り、化粧水の前に塗布する。“角層柔軟成分”によって化粧水の浸透力を底上げすることで、後の保湿ケアが効果的になる。導入美容液→化粧水→乳液→クリームのステップ毎、両手を広げて顔を覆い、手の温度であたためながら肌を労る。そうして一筋の光が入りピンと張った頬が鏡に映ると、思わず口角が上がってしまうものだ。
かくありたい、こう生きたい、を叶えるのは地味で地道だが、いつものやり方に一手間加えたり、一つひとつ新たなことを実現していくことは我々に許された特権であり、贅沢である。
当然、クルマのジャンルにおいても、「自分らしさ」がついて回る。運転する行為そのものを、導入美容液さながらブーストしてくれるクルマのひとつに、MTという選択肢があるだろう。EV普及の加速や自動運転の発展も見込まれる中、敢えてMTを選ぶ理由はどこにあるのか。本企画では、いま手に入るさまざまな車種に試乗しながら、その唯一無二の価値を見つめ直したい。
初回は、マツダ広報でありMT所有歴を持つ、岩本麻美さん・小林光紗人さんと記者の鼎談を行った。NBロードスターを乗りこなしていた日々を思い返す二人。職場で毎日顔を合わせていながら、互いに初めて知る共通項も見つかった。
──いつからクルマが好きでしたか?
岩本さん(以下岩本):両親ともにマツダの社員でした。小さい頃は、マツダの社員旅行によく同行して、社員のお兄さんお姉さんにたいへん可愛がってもらいました。なので、クルマというより「クルマ作りの会社で楽しんでいる」マツダに興味が湧いていて。入社して周りに感化されながらクルマ好きに近付いていった感覚です。
小林さん(以下小林):父がクルマ好きで、車体下に自分自身で潜り込んでメンテナンスするタイプでした。その様子に興味をもって覗きに来るのは兄ではなく私だった、と父はよく話します。そんな父の様子や、幼少期家族でいろいろなところにクルマで出かけて楽しかった思い出が、私のドライブ好きにつながっているのかもしれません。
──どちらも親御さんからの”英才教育”があったんですね。クルマ遍歴とMTに乗ったきっかけは?
岩本:大学生の頃にデビューカーでデミオを買いました。MT免許自体は持っていましたが、ATで。マツダ入社後は開発部へ配属されたこともあり、MTを操作する機会が一気に増えて。「これは練習しないとマズい」と焦り、NAロードスターを追加で購入しました。
──デミオとロードスターの2台持ちですか?
岩本:しばらく2台を乗り回していました(笑)。当時、上司から「買うならロードスターかロータリーのどっちか!」と説かれたのを昨日の事のように思い出します。
──小林さんはお父様の運転を眺めながら「大人になったら運転する」と考えていたんですよね?
小林:18歳になったらすぐにMT免許を取ろうと決めていて。本当は友人グループで免許合宿に参加するつもりでしたが、全員「もちろんATで取る」と言うので、自分だけ泣く泣く通いに変更したぐらい(笑)。取得したスピードはかなり早かったです。
最初に買ったのは初代デミオ。若草色が爽やかで、すごく気に入っていました。
岩本:え!?私も同じモデルです!あの緑色を選ぶ人ほかにいたんだ!
──デビューカーが色までお揃い!
小林:私がその次に乗ったのはNBロードスター。岩本さんと同じルートを辿ってますね。今は家族が増えた関係でCX-8に乗り替えましたが、それまで夫とのロードスター生活を長く過ごしました。
──1・2台目ともに同じクルマを選ぶなんて、広報の仕事についているだけありますね。
※デミオのコンセプトは「小さく見えて大きく乗れる」。身長203cmのスコッティ・ピッペンが、ソファや自転車、スーパーの食材をどっさり積み込むCMにはアナログ的な可愛さがあった。また、当時『CanCam』専属モデルだった伊東美咲が「行くぜ、私。」と決め台詞を呟くシリーズCMの効果も存分にあっただろう、CanCam世代の女性によく売れたことは想像に難くない。
──では、MTにまつわる話を、それぞれのロードスター目線で伺いたいと思います。どんな場所に出掛けていましたか?
岩本:行き先は決めず、とにかくドライブ。2台のうち、ロド(ロードスター)は、「うちの子を走らせたい!」願望がひたすら募る存在。走る先の景色がすべて鮮やかに映るんです。
小林:同感。というより、ロド乗りは全員そうかもしれない。走り出すと徐々に感覚が冴え渡っていって、風景と自分が繋がっていくような・・・。
──その感覚は、MTであることも関係してくるのでしょうか。
岩本:そう思います。「車に乗っている」以上に「自分が動かしている」意識が常にありました。
小林:所有していたのがNBロードスターターボだったので、1速→2速を上手く繋がないとガタガタ振動が生じるんですね。とにかくエンジン音を掴もうと、最初は音楽も掛けずひたすらテストドライブ。トルク回転とエンジン音、クラッチを踏むタイミングが合うと加速ができる。それが癖になってしまって、音楽やラジオをかけた記憶がありません。
小林:視野に入る空や風景が綺麗で、音を操りながら突き抜ける自分がいる気持ち良さ。走るほど、もっともっと走りたい!と渇望しました。
岩本:MT操作なのでATよりも運転への意識と緊張感が高まる。でも乗っている時間は「マインドフルネス」。運転への集中と気持ちのリセットが、どんな行動よりも密接にイコールで、デトックスされるような感覚があります。
小林:一度、ロドドライバーの感覚を知ってしまったら、もう助手席では満足できないはず(笑)
──ロードスターには「だれもが、しあわせになる。」とキャッチコピーがありますね。愛車を通じて、しあわせを感じた瞬間を教えてください。
小林:MT運転に集中すると「ながら作業」が出来ないので、ストイックに自分のみの空間に没頭する時。移動が楽しいと思えるって貴重。徒歩や電車なら面倒に感じるところ、敢えてこちらから時間を捻出するマインドに切り替わるんです。
岩本:出来た!が積み重なった時。クラッチの繋ぎやアクセルの加減を筆頭に、MT独特の情報流入で感覚を刺激してくるので、常に新鮮な気持ちを引き出してくれる。そのことが贅沢でしあわせです。
岩本・小林:ああ、もう一度乗りたいなあ。
──ありがとうございました。
“時間を忘れて時間に没頭する”。両人の話を聞きながら、記者は分厚い本を夜通し読む日々を思い出していた。逆説的なこの感覚を、誰しも知っているのではないだろうか。走りに出掛けることで、気持ちのリセットや瞑想に繋がる。過集中のはずが、リラックスしている。時間を忘れて時間に没頭させる魔力が、MTに、そしてロードスターにあるのだろう。
続く記事では、“人馬一体”を発売当初から掲げ続けるロードスターの新型NDとマツダ2へ試乗。さらにサプライズで用意された初代NAロードスターにも触れることができた。何度も話にあがった「マインドフルネス」なる感覚を、この後存分に味わうことになる。
> 【クルマ生活の奥義はMTに宿るVol.2】「自分はもっと遠くへ行けそうだ」という密かな予感は、“人馬一体”MTで確信に変わる
STAFF
Photo: Yuichiro Ogura
Text: Megumi Takayanagi
Editor: Atsuyuki Kamiyama
cooperation: Atsushi Sato
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