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2023年10月より、英国ロンドンのTATE MODERN(テート・モダン)に収蔵されていたパーマネントコレクションの展示が開始された、アーティスト・片山真理。それに先駆けて発表された『セルジオ ロッシ』とのパートナーシップによる「ハイヒール・プロジェクト」は、モードとクラフツマンシップ、そしてアートが融合したこれまでにない取り組みとして、大きな話題となった。プロジェクトを経てアーティストが至った新たな地平とは。
「新たなマスターピースが出来たかな、と。この『ハイヒール・プロジェクト』のプリントを見た時に、そんな感覚がありました」
シューズブランド『セルジオ ロッシ』と取り組んだ自身2度目の「ハイヒール・プロジェクト」も含む新作の展示会場で、片山真理はそんな風に語った。
先天性の四肢疾患があり、9歳のときには両足を切断した片山。以来義足が欠かせない生活を送っていた。16歳になり、意識的に創作活動を開始。やがて手足を模ったものを含む手縫いのオブジェ作品や、装飾を施した義足などを制作した彼女は、それらを交えたセルフポートレイトを撮影し、その写真作品が国内外のアートシーンで知られるようになった。2020年には第45回木村伊兵衛賞を受賞。さらに写真作品4点とオブジェ作品54点、サウンドワークが英国ロンドンのTATE MODERNに収蔵され、現在パーマネントコレクションとして展示されている。
今年6月に東京・西麻布『Gallery ETHER』にて開催された個展「Cavern」では、先述の「ハイヒール・プロジェクト」を含むフィルムによる写真作品の他に、ジークレープリント(版画に似た印刷技術)を使った作品や、デジタルカメラで撮影されたモノクロプリントの新作「study of caryatid」などが発表されていた。幼少期に強く印象に残っていたアメデオ・モディリアーニの作品「カリアティード(女人像柱)」から着想されたものである。
「子どもの頃から彼のカリアティードが好きで、いつかカリアティードがテーマの作品をつくりたいと思っていたのです。(ハイヒール・)プロジェクトを通して、様々な人たちや環境、世界によって、私の身体や存在は成り立っているのだと実感しました。そのおかげでオブジェや背景布(これまでオブジェやインスタレーションなどで舞台を作り、私の身体はそのオブジェを説明するためのマネキン、登場人物にすぎなかった)を極限まで無くしたシンプルな撮影ができるのではと思ったのです。次の作品はカリアティードが大きなキーになると思っていて、これらのモノクロ写真はそのためのポーズなどを考えるスタディ(習作)なんです」
一連の作品は、ミラーレスのデジタルカメラで撮影し、プリント出力したものという。それらは片山にとって、過去数年にわたっておこなってきたフィルムカメラでの撮影とは、異なるアプローチだと語る。
「人は人を映す鏡、という言葉があります。そしてカメラの中には鏡が入っていて、私はあなたたちを映す鏡という気持ちで、カメラを向けています。さらに鏡になり得る人間と鏡が入っているカメラ、それは合わせ鏡として像が永遠に続いてもいる。そういう永遠性の中にあるロマンをカメラは成り立たせてきたところがありますが、じゃあミラーレスだとどうなの、という疑問もある。ただ、過去1年の間やってきた中で、そうした以前にはあった“こうしなければ”という事柄を、ひとつずつ“おろして”きたところがあります。最後は自分がシャッターを押さなければ、と思っていたものが、それよりもやりたいことのために手段を選んだり、もっと気楽にやればいいという風に変わってきた。10代のときには目的のために手段は選ばない、とよく言っていたのですが、その感じをいま、優しい意味あい、人間的な意味あいで選べるようになってきました」
こうした片山の心境の変化をもたらしたものが、自身が主導する「ハイヒール・プロジェクト」なのだという。
この「ハイヒール・プロジェクト」は、「アーティスト片山真理がハイヒールを履くことができる義足を製作し、歩き、ステージに立つまでを目指し2011年にスタートしたプロジェクト」(片山真理HPより)とのこと。その実現の過程では、福祉と装いの違い、公的な援助と個人の選択の自由との関係など、さまざまな問題点が浮き彫りとなった。片山は「障がいの有無に関わらず、この社会に生きる全ての人が直面する問題」と捉え、ゆえに象徴的で極端なハイヒールを履いて自身が歩き、ステージに立ち、伝え続けるのだと表明している。
片山の出産と育児によって、中断していた「ハイヒール・プロジェクト」だったが、思わぬ形で第二弾が動き出した。片山と知己のあるセルジオ ロッシ ジャパンのスタッフが、シューズブランド『セルジオ ロッシ』とのパートナーシップを提案したことも、プロジェクト再始動のきっかけのひとつとなった。長年片山の活動を見てきたそのスタッフは、彼女が義足に合わせるハイヒール探しに苦労していたことを知っていた。そして、自社工場を持つ『セルジオ ロッシ』ならば、片山の希望やハイヒール用の義足に対し求められるシューズの条件に沿った靴づくりが可能なのではと考えたのだった。ただ、そのスタッフは片山の活動を深く知る人間として、いわゆるブランドのプロモーション色が強い取り組み方を望まなかったこと、なにより片山とのプロジェクトは、生半可な姿勢では実現が難しいことをよく理解していた。そこでイタリア本部に直接企画のプレゼンテーションを行なったのだという。果たして、本国チーム、CEOは即断で片山との靴づくりを決めた。「『セルジオ ロッシ』ならできるから、やろう」と。それはブランドにとっても挑戦だったという。さらにこのプロジェクトは日本向けだけではなく、グローバルな発信として位置づけられた。
「私としても、全力で関わらないといけないな」。プロジェクトにゴーサインが出たことを聞いた片山は、まずそう感じたという。そしてプロジェクトが進む過程で、アトリエや自社工場を構える『セルジオ ロッシ』のイタリアチームそしてジャパンチームとのコミュニケーションを重ねていくことで、片山はこれまでとは異なる感覚を得たと語る。
「それは、ハイヒール・プロジェクトは私だけのプロジェクトではなく、みんなのプロジェクトになったんだという実感でした」
片山の義足とボディバランスに合わせて、それを履いて美しく歩けるハイヒールにすることが、『セルジオ ロッシ』の靴づくりの現場で共有されていた目標であり、感覚であった。片山は、工場を訪れた際に「あなたがMARIね、いまちょうどあなたの靴を縫っているところ」と、縫製工程の職人に声をかけられたという。それはまた全てを自分自身でコントロールしなければならない、という従前の片山の作品への姿勢を、大きく変える契機にもなった。
「今までの作品制作や活動においてあった、自分一人で全ての責任の紐を持ち、自分一人で完結させなければいけないとう呪縛から解き放たれたような気分でした。シャッターをきるレリーズはその責任の紐だったのかもしれません」
最初の「ハイヒール・プロジェクト」では、自分のためのハイヒールをつくってステージに立つことがゴールと考えていたと語る片山。今回の「ハイヒール・プロジェクト」では、『セルジオ ロッシ』製のハイヒールの靴[Mari K]が出来たから、それを履いた写真を撮影したからゴール、ということではないとも。
「プロジェクトとしては、この[Mari K]を履いた身体でさまざまな場所に出て行くこと、活動をし続けることが大切じゃないかなと、思っています」
2023年10月から英国TATE MODERNでの作品展示が始まった片山。取材時、彼女はこの[Mari K]でその場に行くことを、「ハイヒール・プロジェクト」の展開のひとつとして楽しみにしていた。果たしてそこで、彼女はどのような感興を得、どのような景色を見ることができたのだろうか。
STAFF
Writer: Yukihiro Sugawara
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