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随分前に熟成肉がブームになったが、鮨屋でも魚を寝かせた熟成鮨を提供する店が東京では何軒も出現した。あれから十数年。コロナを経て様々な個性を打ち出す飲食店が増えてきたが、この8月、“裏渋”エリアにオープンしたのは、ずばり熟成魚の専門店。すでに常連も付いて繁盛しているようだが、その旨さの秘訣とは?
熟成とは、適切な環境下において時間をかけることで、食材が本来持っているポテンシャルを十二分に引き出すこと。京都人の筆者にとって身近なのは、真鯛だ。釣りたての真鯛は、食感はいいが身が固く旨みも少なめ。締めてから2日または3日経つと、身質が柔らかになり、旨みも増してくる。これは酵素の働きでタンパク質が分解され、アミノ酸など旨み成分が増えるためだという。
とはいえ、締めた魚介類を冷蔵庫で数日置いておけば、何でも旨くなるというわけではない。昔、熟成鮨を標榜する店で食したものの中には、疑問符が付くような食材もあった。
熟成肉にしてもそうだ。ブームのころ、スーパーにも並んだことがあったが、買ってみたらどう考えても素人が処理したような臭いがする牛肉に閉口したことがある。
事程左様に、こうした特別な食材処理は、プロが徹底した管理の下で細やかに対応しなければ、客の口に入るものにはならない。
今回、グルマンの間ですでに噂になっているのは、京王・井の頭線の神泉駅近くにオープンした魚介イタリアン『AGE.』だ。オーナー会社は、鮮魚を扱いミシュランの星付きレストランにも食材を卸している「いよはる」。シェフは、北参道の“お魚イタリアン”『ボガマリ・クチーナ・マリナーラ』の厨房で活躍した島田亮平さんだ。魚のプロががっちりタッグを組んだわけで、しかも私は『ボガマリ』に通っていたこともあり、期待が膨らんでパンクしそう(笑) 長雨の続く東京だったが、さっそく店へと足を運んだ。

渋谷からほど近い、神泉駅の近く。若い人が多いエリアながら、オープンして間もないこちらの店には、すでに複数回通っている常連を含め、“大人”な客が多い。オープンキッチンスタイルで、適度に華やかな灯りに照らされたカウンターから、シェフら厨房スタッフの細やかな作業を目の当たりにできる。
まずは、ベテランのソムリエにグラスでスパークリングワインをお願いしたら、北イタリアの品種リボラ・ジャッラを使った珍しい泡が供された。これだけで一般的な店と一線を画している。
ディナーはアラカルト主体だが、前菜3品のセミコース(4,180円)を注文して、単品で好きなものを追加するのがよさそう。雨の日にぴったりな爽やかな泡を口にしながら、メニューを見て構成を考える。シェフに相談すると、この日のおすすめは断然、奄美大島の尾長鯛だという。セミコースには看板メニューでもある“AGE. SASHIMI”=熟成魚の刺身4種が含まれているので、これにメインとパスタを注文すれば十分満足できそう。
まず、名刺代わりのお通しとして、ウニのフランが出された。聞けば、根室のムラサキウニだという。今年は北海道のウニは物凄く高騰しているそうだが。。。スプーンで口にすると、旨い!ウニの甘さが口いっぱいに広がり、幸福感に満たされる。フランはフランス料理の茶碗蒸しのようなものだけれど、バランスがよく、ウニを支えて協調してくれる。これ、年中出すんですか?と思わずシェフに訊いてしまった。素晴らしいアミュースだ。

ビスクのスープの次に提供されたのが、熟成昆布締めスカンピと熟成本鮪のタルタル。バブルのころからイタリアンに通っている人ならスカンピはご存じだろう、アカザエビ。一般的には炭火焼きなどで供されることが多いが、昆布締めとは。しかもリコッタチーズとキャビアがのせられ、甘エビのような甘さとまったりとした食感だが、余韻が長い。本鮪も一口でいったが、爽やかな旨さで気分が落ち着く。2杯目に頼んだ白ワインがすぐになくなりそうだ。

次の刺身盛りに合わせて、新潟県出身の厨房スタッフに薦められたのが、村上市の大洋酒造が造る越淡麗(新潟県の酒造好適米)100%の「無想」。イタリアンで日本酒とは珍しいけれど、生の刺身にはワインより日本酒がいいかもしれない。
立派な器に盛られて登場した刺身は、赤イカ、平目、トロサワラ、真鯛の4種。赤イカは根セロリと合わせてあり、平目は青ウリが下に敷かれ、上からは麹ジュレがかけられている。トロサワラには高知県の塩が添えられ、熟成4日目という真鯛には煎り酒がかけられている。それぞれをゆっくりと味わっていく。
同じペースで食事をしていた隣席の淑女は、「美味しすぎて泣いちゃった」と本当に涙を流されていた。確かに豊潤ともいえる旨みと食感を持った刺身は、驚くほど余韻が長く、日本酒を口に含むと、旨みの余韻がさらに増幅される。特に真鯛は空前絶後の味わい、トロサワラも人生最高のサワラといって差し支えない味わいだった。聞けば、三重県の鳥羽にある答志島(とうしじま)で獲れた魚だという。

そして、メインは奄美大島の尾長鯛を薪火で焼き上げてくれるという。目の前で切り分けられる大きな尾長鯛をよく見ると、皮の部分は干物のように少し乾燥しているかのよう。シェフによると、この尾長鯛は熟成6日目とのこと。ここで熟成庫について尋ねてみた。
「神経締めなど適切な処理された魚が入荷すると、この店内の熟成庫で寝かせます。無菌状態になるように、庫内の空気が循環するようになっています。元々、この熟成庫は肉用のものですが、魚用に設定し直してもらったものです。大きな魚は吊るして、切り身は上のプレートに置いて庫内熟成します」(島田シェフ)


今までの料理人生で数えられないほど魚を扱ってきたという島田シェフが、丁寧に切り分け、ハーブと共に薪火でじっくりと焼き上げた尾長鯛が出てきた。3センチ近くあろうかというほどの分厚さ。ナイフを入れて一口、食してみると香ばしさが漂い、魚が持つ旨みをしっかりと支えてくれる。またしても余韻が長く、ほのかにナッツのような残り香もした(個人の感想です)。
魚を知り尽くしたシェフが、薪の炎と対峙しながら火を通していく調理。今までに数々のイタリアンやフレンチで魚料理を経験してきたが、これはかつてない香りと味わいだといっていい。さすがに百戦錬磨の料理人と、生産者とも直結する食材卸のプロがタッグを組んだだけあり、これは唯一無二の魚料理ではなかろうか。
この後、追加でパスタを注文。締めのドルチェもしっかり用意されている。
再開発が進む渋谷エリアで、魚が食べたくなったら、迷わずこのイタリアンに駆け込むといい。日本の最先端ともいえる究極の熟成魚を堪能しながら、大人の夜を過ごせるだろう。


東京都渋谷区円山町25-7 ファザーランド渋谷Ⅲ 1階
03-6455-2222
営業時間:17時~23時(ラストオーダー21時30分)
定休日:日曜(月曜不定休)
STAFF
Writer:Indy Fujita
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