奈良は日本列島の中心?住宅地に忽然と現れたレストランが極上な理由

全国各地にガストロノミーレストランが林立し、ワインのごとく、その土地の個性、“テロワール”を打ち出す店もある。旅の目的にしたくなるレストランには、他にはない個性が必要だ。いま、奈良市中心部から外れた住宅街に忽然と誕生した店が、グルマンの間で密かな話題となっている。その噂の真相を探るべく、奈良へと赴いた。

TRAVEL Jul 30,2026
奈良は日本列島の中心?住宅地に忽然と現れたレストランが極上な理由

日本書紀にも登場する奈良・富雄

奈良といえば、奈良公園。最近、鹿があちらこちらへ遠征してニュースになっているが、東大寺や興福寺などの名刹や観光スポット「ならまち」がある市内中心部には行っても、その周辺地域には足を運んだことがないという方が多いだろう。
観光の拠点となる近鉄奈良駅は、京都だけでなく大阪とも繋がっている。大阪難波方面に向かう列車に乗ると、大和西大寺駅の先に学園前駅があり、この辺りは昔からの高級住宅街。さらにそのひとつ隣が富雄駅。生駒の手前にあたる富雄は「日本書紀」に記述があり、日本最大の円墳「富雄丸山古墳」や霊山寺などの社寺も多いが、観光客はまだ少ないようだ。

この新興住宅街に、今年2月にオープンして話題のレストランがある。その名は『Aperçu(アペルシュ)』。私がなぜこの店を知ったかというと、じつは北海道・仁木町にあるNIKI Hills Winery内のレストラン『Aperçu』から分家ができたと聞いたから。なぜ北海道と奈良?どんな縁だろうと考えながら、富雄へ足を運んだ。
近鉄奈良線の富雄駅、普通の住宅地のように見えるが、現在は奈良公園にある名店『アコルドゥ』が最初に営業していた場所。関西のグルマンにはお馴染みのエリアでもある。とはいえ、駅の改札を出てGoogleマップを見ながら進んで行くと、ずっと住宅。果たしてこんなところにレストランがあるのだろうかと不安になるほど。5分少々歩いて、ようやくミシュランの赤いマークの付いた門が見えてきた。なんと立派な木造家屋!入口手前には日本庭園が広がる。おじゃまします~と玄関に入ると、昔ながらの日本家屋風で段差があるので、靴を脱ごうとしたら、「そのままでどうぞ」。いきなりギャップに驚かされたが、中には洋風のファインダイニングがあった。

左/店舗外観の画像 右/エントランスの手前に広がる日本庭園の画像
左/富雄駅からほど近い住宅地にある純日本家屋が店舗。 右/エントランスの手前には、日本庭園が広がっている。

想像力を掻き立てられる料理名

店名の「アペルシュ」はフランス語で洞察、慧眼、発想を意味するそうだ。テーブルに着くと、コースの品書きのシートには「探求する邂逅2026」とある。内容を見てみると、「紅い由縁」「古代の記憶」「脈絡と融合」「未完の調和」など、とても哲学的なワードが並び、空想を掻き立てられる。果たして、どんな料理が出てくるのか。

左/ダイニングの画像 右/コースのメニューが置かれている画像
左/窓越しに庭園を眺められる落ち着いたダイニング。 右/畳プレートの上にコースの内容が書かれたメニューが置かれる。

料理の前に運ばれてきたのはディスプレー。「まずはこちらをご覧ください」と映像が始まった。コンセプトを紹介する2分ほどの動画。アミューズの前にこんな前座があるとは。おかげでメニューに書かれていた言葉の先を想像しやすくなったかも。

ディスプレーの画像
テーブルのそばでコンセプト動画が投影される。これは珍しい試み。

最初は小袋に入った最中。フォアグラとあんこが詰められていて、これは北海道仁木町の方でも定番のアミューズだが、こちらではなんと“畳のプレート”にのせられる。

最中のアミューズの画像
名刺代わりの最中のアミューズ。畳のプレートとしっくりくる組み合わせ。


「古い民家をリノベーションしましたが、こちらの部屋は畳の座敷があったので、それにちなんでシェフが地元の畳屋さんにお願いして、特別に作っていただいたものです」と話してくれたのは、サービスを担当する竹林慎也さん。なるほど、畳の皿はかなり斬新だ。お酒のペアリングはシャンパーニュからスタート(ノンアルコールもある)。
そして、前菜5種が続く。ここで使用される食材の産地が、北海道から沖縄まで各地に及び、その組み合わせが面白い。例えば、北海道の帆立と沖縄のアオサを使った料理。離れた北と南の融合は火の通し方も絶妙で、濃密な旨みが最初からインパクトを与えてくれる。もうひとつの甘エビとキャビアの料理は、甘エビに施されたマリネの処理が江戸前鮨のような“仕事”になっていて、風味も舌当たりもまったりコクがある。他に蝦夷鹿や奈良漬けを使ったものもあり、前菜からシャンパーニュが進む。

前菜2つを載せた大皿の画像
前菜5種のうち2つを載せた大皿では、“演出”も加えられる。

相反する遠隔地を繋ぐイノベーション

このあとも、次々と皿が続く。まずは「牡丹」。細切りにした鱧とトマト、そして自家栽培の万願寺唐辛子はフリットにして合わせ、下にはヨーグルトのソースが敷かれ、最後に大葉のグラニテがかけられる。合わせるワインは南仏のロゼだ。

鱧の料理「牡丹」の画像
鱧の料理「牡丹」。ペアリングのロゼの品種は、グルナッシュ。


「京都などで鱧を使ったお椀の料理は、牡丹の花のように身が開きます。それにちなんで、この料理は牡丹という名になりました」と谷林さん。京都人ならピンとくるだろう。
次の料理は「脈絡と融合」。南方のイカと北海道のアスパラを使い、山わさびと卵黄を冷凍したものを削って振りかけてある。食感の対比と爽やかな香りが、ユニークな融合を遂げている。ペアリングには、フランス・ロワールのピュイ・フュメと、イタリア・ヴェネト州のシャルドネの2種類が飲み比べで提供された。

イカとアスパラの「脈絡と融合」と2種の白ワインの画像
イカとアスパラの「脈絡と融合」には、2種の白ワイン。


その次は「ルーツ」。使用食材は、大和肉鶏、メープルシロップ、豆味噌。ここまでくると、食す前にこれらの関連性を想像したくなるが、正解はこうだ。大和肉鶏は名古屋コーチンとアメリカ・ニューハンプシャー州の鶏とのかけ合わせで、後者はカナダに隣接している。それで名古屋の八丁味噌(豆味噌)とカナダのメープルシロップを使ったというわけ。

「ルーツ」の鶏肉とワインの画像
「ルーツ」の鶏肉は2種の部位を別々の調理法で一体化。ワインはブルゴーニュのピノノワール。

野菜の個性を生かしたスペシャリテ

いよいよ、シェフのスペシャリテが登場。野菜を多種類使った「繋ぐ」。この日の野菜はなんと37種類。これらがぎゅっと凝縮された盛り付けで、色鮮やかな3色のソース(パプリカ、ほうれん草)が添えられている。これは盛り付けを崩すのが惜しいくらいの美しさだが、ひとつひとつの野菜がすべて別々に調理されていて、香りも味わいも異なり個性が強く感じられる。この「繋ぐ」は、それぞれの生産者との繋がりを意図しているのだろう。野菜の風味をじっくり味わいながら、ペアリングのお酒は日本酒。しかもシェフが佐賀県にある酒蔵とコラボしたオリジナルの日本酒だという。これがまた思いのほか調和するのだ。野菜を1種類ずつ確認しながら味わっていくと、この一皿だけで30分以上楽しめそうな逸品だった。

数々の野菜が記されたメニューの画像
メニューに記された野菜の数々。野菜を多用する料理は数あれど、ここまでのスタイルは珍しい。
スペシャリテの「繋ぐ」とオリジナルの日本酒「輪郭」の画像
スペシャリテの「繋ぐ」には、オリジナルの日本酒「輪郭」が添えられる。じつに滑らかな舌当たりでマッチ。

続く魚料理は、いまや高級魚となったマナガツオを使った「変化」。フェンネルのオイルも使われた皿の上にスープが注がれるのだが、これがなんと鰹節を使った出汁。この洋と和の出合いが変化でもあるが、このあと“味変”として乾燥させたハーブと柑橘の文旦をミルで粉にしてかけられる。ペアリングは、北海道NIKI Hills Wineryのシグニチャーワインでもある「HATSUYUKI」の新ビンテージ2025。

左/マナガツオを使った魚料理の画像 右/NIKI Hills Wineryの「HATUSYUKI 2025」の画像
左/マナガツオを使った魚料理 右/左の料理に合わせたNIKI Hills Wineryの「HATUSYUKI 2025」。


そして肉料理は、鴨を使った「燻り(KUYURI)」。スノーホワイトチェリーバレーという北海道・空知地方で生産される鴨を、3時間近くかけてじっくり調理し、仕上げにダッチオーブンの中で短時間、文字通り燻されてから提供される。皿の上には、ゴボウと鴨のコンフィを使ったもの、ジャガイモのコロッケを再構築したもの、そしてデザートを思わせるチョコレートのような小さな料理が添えられた。少しずつ鴨肉とともに食すと、それぞれ思いもかけない調和が感じられる味わいとなる。ペアリングには、あのトルシエ元日本代表監督がフランス・ボルドーで造っている赤ワインが登場した。

目の前で施される燻しの工程の画像
目の前で燻しの工程が施される。蓋をして1分ほど待つ。
鴨を使った「燻り(KUYURI)」の画像
鴨肉の料理は、このようにソース以外に3種類の小さな料理が添えられる。

人との縁から生み出される創造性

この後、口直しを挟んでデザートは2種類。河内晩柑を使った「未完の調和」、そして、黒大豆を使ったホワイトチョコレートの「黄昏のきな衣」。前者には濃密な梅酒が、後者にはニッカウヰスキー余市蒸留所限定のウイスキーが添えられた。2時間以上をかけて、めくるめく万華鏡のようなコースが終了。

梅酒が添えられたデザートの画像
甘みと酸味、食感の対比が鮮やかなデザートには、梅酒が添えられた。


そして最後の最後に、またディスプレーが運ばれてきた。プティフールとコーヒーを味わいながら、流される映像は料理などに関わった生産者ら大勢の関係者の名前で、あたかも映画のエンドロールのよう。こちらの店が、いかに多くの人たちとの縁や繋がりを大切にしているかが感じられる。

再度登場したディスプレーの画像
再度登場したディスプレー。数多くの関係者名がエンドクレジットとして表示された。

シェフの永井尚樹さんは、元々奈良県が故郷。道端の花や虫を見られる余裕が持てるような環境が、この富雄の地を選んだ理由のひとつだという。奈良市民が暮らす日常的な住宅地で生み出される料理は、永井さんの人間力と洞察力が全国から引き寄せた素材を想像もつかない出合いとして創造したもの。ローカルガストロノミーは、その土地の食材や酒にこだわることが多いが、いまやその段階から次のステージへと昇華し始めていることを実感できる。ある意味、この奈良・富雄が日本の中心として、日本ならではのイノベーティブ発信地となったのかもしれない。それは海外からのインバウンドに向けてではなく、日本人に向けての“日本再発見”の喚起ともいえよう。日本各地から吟味された食材を融合させる知性と技術で、舌だけでなく頭をも満足させる稀有なスタイルのレストラン。これは旅の目的にする価値がある。

シェフの永井尚樹さんの画像
シェフの永井尚樹さん。現在はこの奈良のアペルシュがベース。

Aperçu(アペルシュ)

住所:奈良市三碓1-8-7
電話:074-294-3733
営業時間:11時45分~15時、18時~21時30分
定休日:不定休
コース7,700円(ランチ平日限定)、19,800円。ペアリングコースあり。
※サービス料12%別、完全予約制
https://apercu.jp/

NIKI Hills Wineryのワインとアペルシュオリジナル日本酒をプレゼント

NIKI Hills Wineryのワインの画像

アペルシュのペアリングでも登場したNIKI Hills Winery(https://nikihills.co.jp/)の白ワイン「HATUSYUKI 2025」と、「NEIRO 2025」を1本ずつセットにして計2名様に、そしてアペルシュオリジナル日本酒「輪郭」1本を1名様に、抽選でプレゼントいたします。

◾️締め切り:2026年9月13日23:59まで。

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