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クルマで流して、“夜お茶”したあとに、“シティホテル”へ。“あのころ”の気分や懐かしい思い出がよみがえってくる。イヤーエンドを華やかに彩るクルマや新しい提案が詰まったラグジュアリー・ホテルを小説と共にご紹介します。
甘糟りり子
大判ストールを羽織って庭に出る。冷たい風が頰に当たって、心地よい。小さなガーデンテーブルは実家から持ってきたものだ。最近、そこでコーヒーを飲む時間が増えた。キャメルのストールはカシミア製。暖かくて分厚い空気が自分を包み込んでくれる気がする。 土曜の午後四時。そろそろ空が紺色になってきた。ハンドドリップで淹れたコーヒーにウイスキーを落とす。最近、気に入っている飲み方だ。ウイスキーは白州。本物のウイスキー好きが聞いたら怒りそうな飲み方だけれど、無駄なことこそ、思い切らないと楽しくない。いい歳の大人になって、自分を甘やかすのが上手くなった。
マンションから戸建てに引っ越した時は自分たちでやらなければならないことが多くて気が重くなったけれど、慣れてしまえばどうということはなかった。庭いじりも楽しくて、家庭菜園にも憧れている。庭から続いているガレージには銀色のセダンがあった。車が生活の中で視界に入るのがいいと夫はいう。いつでも自分を出迎えてくれる気がするのだそうだ。夫からLINEが入った。荷物が重いので、駅まで迎えに来て欲しいという。もう飲んでしまったから無理だと伝えると、既読スルーのまま返信はなかった。写真を撮るのが趣味で、一限レフのレンズを物色しに秋葉原に行った。
夕食用のおでんの具材の下処理をしていると、夫が帰ってきた。大きな袋を手にしていて、どうやら望遠レンズを買ったらしい。下げてあったトレイの上のウイスキーの瓶を見て、つぶやいた。
「へえ、家で飲んでたんだ」
「だって、今日は家で夕飯ってことになってたじゃない。寒くなってきたから、おでんにしたの」
「ふうん、そうなんだ」
返事はそっけない。
昆布と鰹で出汁をとり、追い鰹もした。料理は好きだけれど、平日は二人とも仕事が忙しくて出汁をとっている時間などない。たいてい外食かテイクアウトで済ませてしまう。リモートワークをするようになっても、時間のかかるものを作るのは週末だけだ。
大根、こんにゃく、たまご、ちくわぶ、白滝、蛸、つみれ、ちくわ、薩摩揚げ。時間差で具材を煮込んでいく。最後にはんぺんを入れ、取り皿の隅に辛子をのせた。皿は黄瀬戸。青山のギャラリーで買った若い作家のものだ。
「ビールにする?それとも日本酒?白?」
「なんでもいいけど、肌寒いからビールって気分じゃなくない?」
なんでもよくはないよ。内心、そう思いながら、日本酒を用意した。到来物の亀の翁。かのパーカーポイントの日本酒版で、最高得点を獲得した銘柄である。片口も同じく黄瀬戸で、ぐい飲みの代わりに、蛸唐草の蕎麦猪口にした。
二人とも週に二、三日はリモートワークだ。
結婚して家を巣立った息子の部屋で仕事をして、そのままそこのベッドで寝てしまう。安価なシングルベッドだけど、夫と一緒に眠るダブルべッドよりのびのびして、前より安眠できるようになった。正直なところ、楽ちん。リモートワークでない日でも、なんだかんだと理由をつけて息子の部屋で眠るようになった。だんだん日常が変わっていく。
特に何があったわけでもない。でも、うっすらと二人の間に距離ができた気がする。離れて寝るのは今だけ。明日は元に戻らなくては。自分にいい聞かせながら、毎日が過ぎていく。ダイエットと同じ。「明日こそ」の連続だった。
二人でおでんをつつきながら、何ともない会話を積み重ねていく。誰が離婚したとか再婚したとか、遠くに行った人の話とか。夫の同僚はアメリカに転勤する前はよくうちにも家族で遊びに来た。その昔、今夜のように鍋を囲んで、おでんを食べた。張り切ってブルゴーニュの赤なんか合わせていたっけ。今考えると気恥ずかしい。おでんに合うのはやっぱり日本酒だ。
「あの時、私もワイン飲みたいって駄々こねたお嬢さん、紗江子ちゃんっていったっけ、もう高校生ぐらい?」
「何いってんの。とっくにサンフランシスコの大学出て、ホテルで働いているよ。今は東京、なんといったっけな、新しくできたシティホテル。この間、挨拶のメール来たよ」
「ちょっと、今時シティホテルなんていわないよ。おじさん丸出し」
「じゃあ、なんていうんだよ」
「ホテル、でいいの。シティなんてわざわざつけないの」
昔は東京に新しいホテルができると必ず見に行っていた。メインダイニングを予約したり、カフェで待ち合わせをしたり、旅行気分で泊まることもあった。いつから、行かなくなってしまったんだろう。
「ねえ、紗江子ちゃんに会いに行かない?そのホテルに」
「いいね、そうしよう」
夫は小さくうなずいてから、さりげなく付け加えた。
「部屋、とっとくから」
「えっ。うん」
夫の運転でホテルに向かった。この車に買い替えた時はドライブを兼ねてたくさん遠出をしようと話していたのに、現実は近所のスーパーやお互いの実家に行くぐらいである。付き合い始めの頃は、車で出かけるだけでちょっとしたイベントのような気がしたものだ。だから、男の子たちは車種にこだわったし、車内でかける音楽や置いておく小物にもこだわった。
横羽線は渋滞。二人で渋滞の中にいるのは久しぶりだ。でも、言葉の連想ゲームもデュエットももう必要ない。大井町を過ぎるとそれも解消された。チェックインの時間までまだ余裕があったので、清澄白河まで行った。
運河沿いのビルの高層階にそのホテルはあった。ロビーにはアート作品が飾られ、館内全体が鮮やかなブルーを基調としたモダンな雰囲気だった。十数年振りに会う紗江子ちゃんはオフボディなデザインの黒いパンツスーツに黒いワークブーツで現れた。長い髪を後ろで結んでいる。挨拶の後、彼女はいった。
「私もとっくにワインの味がわかる年齢になりました」
「それは頼もしい。今度、ご一緒しましょう」
「はい。でも、うちのホテルにはミクソロジーバーがございますので、そちらにもぜひお立ち寄りください」
夫が不思議そうな顔になった。
「ミクソロジー?」
「フレッシュな野菜や果物を使ったカクテルをミクソロジーと呼ぶのですが、 それをたくさんご用意しているバーでございます。ロンドンが発祥といわれております」
「ありがとう。おもしろそうだね」
夫が予約した部屋はツインではなくダブルのタイプだった。あいまいに安堵した自分に気がついて、笑い出しそうになった。
見下ろすと、運河がゆったりと流れ、左手には浜離宮、正面には築地市場の跡地があった。
空っぽだった。
かつて、様々な魚貝、それを売る人買う人、見物する人など、たくさんのも のや人があふれかえっていた場所には何もなく、ただの空き地になっていた。 周囲の建物や道路や運河がリズムを刻んでいるのに、ここだけが無言だった。
その昔、夜明けまで飲んだ後に寿司を食べに行ったことを思い出した。地中 海料理が流行っていた頃だ。まだイタリアンなんて言葉は定着していなかった。みんなはスパゲッティに夢中だったから、夜明けの築地の寿司がしゃれた気がした。恋人とは別の年上の男性と行った。恋愛がアクセサリーみたいな時代である。
夫は早速一眼レフを取り出して、シャッターを切り続けた。そこには昔の自分が写っているかもしれない。見慣れた横顔が新鮮に思えた。
都心をクルマで流して、“夜お茶”したあとに、“シティホテル”へチェックイン。クリスマスともなれば、高級ホテルはどこも満室。翌朝のチェックアウト時には、カウンターに男の子たちが長蛇の列をなしていたっけ。気恥ずかしくも懐かしい、そんな背伸びをした経験は、’80年代を知るマチュアな世代には懐かしい思い出だ。時を超えて今、新しい提案が詰まったラグジュアリー・ホテルが、都心に続々とオープンしている。
1980年代、物流倉庫が並ぶ港区の海岸エリアに、レストランやバー、ライブハウスが相次いでオープン。空前のウォーターフロントブームが巻き起こった。あれから30年余り。今春、竹芝にオープンした「メズム東京、オートグラフ コレクション」で、刺激的な夜を謳歌した日々に想いを巡らせながら、実り多き大人の時間を過ごしてみてはいかがだろう。移動のパートナーは、スタイリッシュでスポーティな4ドアクーペの『Audi A7 Sportback』を。5人乗りで4枚のドアをもつ実用性を備えながら、乗り手の姿をも美しく見せるドレッシーなたたずまいが特徴だ。そんなクルマでホテルのエントランスに乗り入れたときの高揚感と、“あのころ”の気分がオーバーラップする。
浜離宮恩賜庭園や隅田川を望む竹芝のウォーターフロントに4月27日オープン。スイートルームのバルコニーからは東京ベイエリアを一望。船旅をしているような浮遊感のある滞在ができる。
ドレスアップしてディナーを満喫したあとは、 客室へ。身の回りの品々をキングサイズのベッドに置いて、2人の宴は空が白むまで続く。
ホテル16Fにあり、眺めのいいバー&ラウンジ 「ウィスク」。ミクソロジストが生み出す、独創的でストーリー性のあるミクソロジーカクテルは、ビジュアルも美しく、アーティストの作品のように楽しめる。好みの一杯を求めて訪れたい。
クラシックで日本的なホテルのサービスもいいけれど、海外の旅経験が豊富な世代なら、より新鮮なものも吸収していきたい。たとえば、ロウアーマンハッタンのクールな空気感。「キンプトン新宿東京」はグローバルな時代を象徴する、新しさに満ちたラグジュアリー・ライフスタイル・ホテル。チェックインまでの気分を盛り上げるために、移動の時間にもとびきりのクリエイティビティを。フレンチ・ラグジュアリーの最新スタイルを体現した『DS 7 CROSSBACK』なら、効果は絶大だ。アートやファッションで世界をリードするパリ。そのエッセンスを投入したこのクルマは、随所にジュエリーやアクセサリーのようなディテールをまとう。アヴァンギャルドでいて、あらゆる使い方に対応するSUVスタイルである点も魅力。
10月2日にオープンしたラグジュアリーライフスタイルホテル。NYのマンハッタンのアートシーンにインスパイアされた館内では、 至る所でアートを体感できる。
“あのころ”のキーワードとしてあまりにも有名な「カフェバー」。ドリンクやアルコールを豊富に揃えた洗練された空間が、モダンになって「キンプトン新宿東京」の1Fに登場。「ジョーンズ カフェ&バー」は本格的なNYスタイルのフードやドリンクが楽しめる。
「プレミアスイートキング」は、居心地のよさという視点で世界中から選び抜かれたアイテムに満たされた客室。宿泊者には、イブニングソーシャルアワーやモーニングキックスタート、ヨガレッスンなど無料で楽しめるユニークな特典も用意されている。
東京を縦横無尽に駆けるのが楽しかった “ あのころ”。裏道をどれだけ知っているか が、ちょっとした自慢でもあった。当時から 知られた、青山通りから赤坂方面に抜けていくルートの近くにある「フレイザースイート赤坂東京」は、長期滞在にも向いた、全室家具備え付けのサービスアパートメント。カップルで、ワーケーションを含めた都心生活を送るという、先取的なライフスタイルを実践できる。外出時の移動には、裏道ドライブで機動性を発揮する、コンパクトボディの“ルノー”『ルーテシア』を活用。スタイリングや性能に一喜一憂していた昔と違い、今はもっと生活に根ざした、 それでいてエレガントな雰囲気を放つクルマがフィットする。その点、『ルーテシア』 は、成熟した大人のカップルが多いフランスのブランド。最高の組み合わせだ。
世界70都市以上でラグジュアリー・サービスアパートメントを展開するフレイザーズ・ホスピタリティが東京初進出。 キッチンも備え、暮らすような心地よい滞在を。8月7日オープン。
DATA:東京都港区赤坂5-2-33 ☎03-5570-3500
和のテイストを取り入れた、落ち着いた雰囲気の客室は、長期滞在での居心地の良さを追求したもの。トラベルケースからオン・オフ両方の服や小物を取り出し、クローゼットに収納。これで優雅な“東京時間”を楽しむ準備は万端だ。
1Fのダイニング「MOSS CROSS TOKYO」。シェフが心底惚れ込んだ日本各地の食材を使い、 東洋の心と西洋の技を織り交ぜた料理がコースで味わえる。ワイン・ノンアルコールペアリングも絶妙。ランチ¥2,800~、ディナー¥8,000~。
AUTHOR
玉川大学文学部 英米文学科卒業。 近著に『産まなくても、 産めなくても』(講談社文庫)、『鎌倉の家』(河出書房新社)、『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)。現在、『バブル、盆に返らず』(本がすき。honsuki.jp)などを連載中。Instagram@ririkong
Twitter@ririkong
STAFF
Photos: Masahiro Heguri
Stylist: Masatoshi Kawamata
Writer: Fukuko hamada,Kaori Sakurai
Editor: Atsuyuki Kamiyama
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