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小説家が愛を恐れ、性に溺れる日常を描く吉行淳之介著『星と月は天の穴』。主人公・矢添克二(綾野剛)の馴染みの娼婦・千枝子役を演じる田中麗奈のしなやかな佇まいが印象的です。モノクロで綴られる、昭和の静かで美しい景色の中で、体の触れ合いと相反する心の距離感を、大胆さと切なさで包み込みながら伝える、自然体のオーラの魅力に迫ります。

吉行淳之介の同名小説を映画化した『星と月は天の穴』。40代の小説家が愛を恐れ、性に溺れる日常が描かれており、田中麗奈は綾野剛演じる主人公・矢添克二の馴染みの娼婦・千枝子役で出演。荒井晴彦監督が「ここまでやってくれるとは思わなかった」と絶賛する、大胆な演技を見せている。
今年は『雪風 YUKIKAZE』『ストロベリームーン 余命半年の恋』『ナイトフラワー』など、出演映画が目白押し。来年は主演映画『黄金泥棒』の公開が控える。10代から30年近く、スクリーンに歴史を刻み続け、今なお一層の輝きを放つ彼女が渾身の力作への思いを語る。
――初めての荒井晴彦監督作品ですが、オファーが来た時はどんな気持ちだったのでしょうか。
「びっくりしました。“これは荒井晴彦監督からの挑戦状だ”って思いました(笑)。いつかは監督の作品に出たいと思っていたのですが、こんなに早く叶うとは思いませんでした。というのは、お話をいただく、ほんの数か月前公開されたばかりの『花腐し』を見た直後のタイミングだったんです。監督が次の作品をお撮りになるのは数年先だろうなと勝手に思い込んでいたので、すぐにこの作品に取り掛かられると聞いて、監督の精力的な活動に驚きましたし、そこに自分が出演できるんだという喜びが加わりました」
――荒井監督の手がける脚本は毎回、日本語の言葉遣いが本当に素敵で、今回も心、動かされました。田中さんは荒井監督が脚本の『幼な子われらに生まれ』(2017)、『福田村事件』(2023)にも出演していますが、今回、脚本を読んだ感想はどうでしたか。
「荒井さんの書かれる日本語の台詞は本当にきれいだなと感服致します。脚本を見ていても、字面、並び、何をとっても美しく、リズムや香りがあって、言葉にしたいと思えてくる。口に出したくなるんです。荒井さんのお書きになった台詞を言いたい衝動が役者にはあると思います。今回の千枝子という役も、彼女の生きてきた人生が感じられる、哲学のようなものが、台詞の中ですごく香り立っています。言葉の使い方で彼女の人間性が伝わってくるような、そんな描かれ方がとても素敵だなと思ったんですけど、実は原作を読んでみたら、ほぼそのままだったんですよね。吉行さんが書かれた小説そのものが脚本にバーンって入ってきていて、それをうまく整備したのが、荒井晴彦監督だったんです。そこにも衝撃を受けました」
――脚本家として知られる荒井さんですが、現場ではどんな監督なのでしょうか。
「現場でも全然、印象は変わりません。『脚本家としての荒井さんと監督の荒井さんは違いますか』と聞かれることが多いのですが、全くそんなことはなくて、思った通りのフラットな方です。現場では『こうして、ああして』と指示されるのではなく、『すべて台本に書かれているから、後は君たちにお任せだよ。見せてくれ』というようなスタイルだと思います」
――田中さんから見た千枝子はどんな女性ですか。どんなことを大切に演じられていたのでしょう?
「彼女は娼婦なのですが、舞台となった1969年という時代に彼女がなぜ、その職業を選んだのか、そこをまず最初に考えました。この時代の女性たちは仕事をすることが許され、大学にも行けて、職業の幅も広がっています。そんな風に時代が活性化しているなか、彼女がどうして、その仕事にたどり着いたのか。そこにはどういう心境があるんだろう。友だちはいるのかな。自分のことを話せる、心を許せる人っているのだろうか。この職業のことを隠して生きているのか。心のよりどころはどこなのかな。そんなことを自分の中で、深掘りしていって、実際にそういう職業をされている方の書籍を読んでみたり、娼婦の映画を見たりしていました。さらに、彼女にとってお客さんである矢添はどんな存在だっただろうか。自分の中で、台詞に書いてあることをどんどん腑に落としていく作業がありました。そうやって千枝子と自分を一体化していった感じですね」
――そういえば、田中さんは映画『FLOWERS -フラワーズ-』(2010)では同時代の女性でありながら、対照的なキャリアウーマンの役をいきいきと演じていましたね。
「ウーマンリブがあって、女性が元気に働いていた時代です。あれも昭和44年のストーリーなので、同じ時代ですね。映画によって、女性が社会の中で、どの立ち位置にいるのか、それも役作りのヒントになったりします」
――主人公の矢添にとって、千枝子は特別な存在に見えます。他の女性を道具のようにしか扱えない矢添が千枝子には一目置いて、ある種の関係性を構築しています。矢添を演じている綾野さんと田中さんならではの空気感があるように感じました。
「一緒にお芝居していて、心地いい感覚がお互いにあったんじゃないかなと思いますね。綾野くんはすごく褒めてくださるんです。カットがかかった後、『今の麗奈さん、すごく良かったです。いい画、撮れてます。最高です!』とか、気持ちをとても上げてくださるんですよ。だから、ついこっちもうれしくなっちゃうんですよね(笑)。他にも、『時計とか、ポイって投げちゃっていいですよ』とか、アドバイスもちょくちょくしてくださって、ご一緒できて、楽しかったです。私は年上ではあるけれど、荒井晴彦組では1年生なので、荒井組では先輩の綾野さんにご一緒させてもらっているという気持ちで、取り組んでいました」
――二人のシーンには独特の余韻があって、特に千枝子が最後にブランコに乗るシーンは切なかったです。現代では考えられないような男女の関係ですよね。
「あのシーンは思い出しても、涙が出てきちゃうくらいです。千枝子はやっぱり矢添に対して思いが強かったと思います。千枝子として、すごく考えたのは“立場が違う”ということ。自分は一介の娼婦で、彼はお客さんであり、社会的地位があり、名の知れた、有名な作家さん。そんな人がこの場(娼館)でだけは対等に話せる。でも一歩、外に出たら、一緒に歩くことすら、叶わないし、もしかしたら後ろ指をさされるかも知れない。自分は隣にいるべき人ではない。きっと彼女はいろんなことを考えていたと思うんです。千枝子にしてみれば、矢添さんを通して、社会に繋がれる。彼は社会への希望をもたらした存在だったんじゃないかなとも思います。彼の語ってくれる言葉の選び方一つでも、千枝子には刺激で、ときめきだった。彼と過ごすのはすごく楽しい時間だったんじゃないかなと思います。実際、私も楽しかったですしね(笑)」

――この作品を今、どのように伝えたいですか。
「今の世代の子たちが見たら、どう思うんでしょう。まずはスクリーンから、映画の表現の自由や芸術を浴びて欲しいと思います。日本にはこういう映画もあるんだということを知っていただきたいです。日本語の美しさや日本独自の哲学的なことも描かれていると思いますから、それが着物を着た時代劇でなくとも、この時代の風情みたいなものがあるんだと感じてほしい。それでいて、男と女は時代が変わっても、男であり、女であるということは変わらないので、共感する部分も多々、あるんじゃないかなと思います」
――田中さんから見てどんなところが変わらないですか。
「カッコつけようとして、つけられていない、男の人の滑稽さでしょうか。笑っちゃうよねっていうところがいいですよね(笑)。そこが愛すべき部分ではあるんですけど。やっぱり男の人って、面白いなって思います」
荒井晴彦監督からの挑戦状に華麗に応えた田中麗奈の豊かで柔軟な表現力の秘密/後編 | AdvancedTimeはこちらから

12月19日(金)テアトル新宿ほか全国ロードショー
脚本・監督:荒井晴彦
原作:吉行淳之介「星と月は天の穴」(講談社文芸文庫)
キャスト:綾野剛 咲耶 田中麗奈 柄本佑 宮下順子
製作・配給:ハピネットファントム・スタジオ
レイティング:R18+
©2025「星と月は天の穴」製作委員会
映画『星と月は天の穴』オフィシャルサイト 2025.12.19公開
田中麗奈/たなかれな 1980年5月22日生まれ、福岡県出身。
映画『がんばっていきまっしょい』(98・磯村一路監督)で俳優デビュー、初主演を務め、第22回日本アカデミー賞新人俳優賞などを始め数々の新人賞を受賞。『はつ恋』(00・篠原哲雄監督)、『幼な子われらに生まれ』(17・三島有紀子監督)で多数の女優賞を受賞。近年の主な出演作に、連続テレビ小説「ブギウギ」(24・NHK)、『福田村事件』(23・森達也監督)、『雪風YUKIKAZE』(25・山田敏久監督)、『ストロベリームーン 余命半年の恋』(25・酒井麻衣監督)、『ナイトフラワー』(25・内田英治監督)などがある。2026年『禍禍女』(2/6・ゆりやんレトリィバァ監督)、『黄金泥棒』(4月・萱野孝幸監督)が公開。
MOVIE WRITER
髙山亜紀
フリーライター。現在は、ELLE digital、花人日和、JBPPRESSにて映画レビュー、映画コラムを連載中。単館からシネコン系まで幅広いジャンルの映画、日本、アジアのドラマをカバー。別名「日本橋の母」。
STAFF
Movie Writer: Aki Takayama
Composition: Kyoko Seko
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