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いったん綻びを見つけると容赦なく蔑む世間。起死回生のはずが、全米で失笑された生放送での出来事でさらに傷ついたマライア。「All I Want for Christmas Is You」で始まった“自分を癒すため”の創作から、『Here For It All』へ。歌の力を信じ続け、再び自分を取り戻し、今、新たな黄金期を迎えつつある。ますます深みを増した歌声は、共に時代を生き抜いてきた大人たちへ、本物の癒しを与えてくれる。
本当の意味で聴く人を幸せにする曲を歌いたい。心からクリスマスを愛するマライア・キャリーが伝えたいこと/前編はこちらから
マライア・キャリーは、アルバム『Butterfly』(1997)を制作中に彼女が契約していたレコード会社のCEOでもある夫トミー・モトーラと別居し、発売後に離婚。束縛から解放されたと同時にポップスターでいられるための保証を失い、さらには主演映画『Glitter』(2001)の評判も興行もパッとしないという状況に陥り、精神的に不安定になってしまう。起死回生のプランとして、MTVの人気番組 「Total Request Live」に出演することにしたが、ここで最悪な事件が起きてしまう。
番組の生放送中にサプライズ出演という設定で、マライアは映画『Glitter』の劇中歌「Loverboy」を歌いながらアイスクリームのカートを押して登場。そして、Tシャツを脱いで、ゴールドのホットパンツとタンクトップ姿になったのだが、司会者は事前に打ち合わせをしたにもかかわらず、「マライア・キャリーが今、ストリップしてるぞ!」と嘲笑を浴びせたのだ。全米の視聴者から失笑されたマライアは、直後に療養することを発表したことで、「人気スターの崩壊」と報じられた。本人はその後、「忙しすぎて疲労困憊だったから、休みたかったの」と説明している。
2000年代初頭、数作続いた不振もあり、世間が抱くマライア像は揺らぎ始めていた。しかし状況は『The Emancipation of Mimi』(2005)のリリースで一変する。以前のヒット曲で成功していたジャーメイン・デュプリと組み、いつまでも残る曲を書きたいと、90年代のバラードの美しさや、彼女のヴォーカルスキルを活かしたメロディを重視し、R&B/ヒップホップの要素を自然な形で融合。さらにアーシーで官能的な低音域の歌声も魅力の一つとなった。
リード曲「We Belong Together」は、ビルボードホット100で14週連続1位を記録し、マライアは再び頂点に返り咲く。タイトルの“Mimi”とは、家族や親しい友人だけが呼ぶ愛称で、よりパーソナルで自然体のマライアを表現することで、苦悩からの「解放」と「自信」をリスナーはリアルに感じることができ、共感を集めた。まさに低迷期からのEmancipation(解放)で、その年アメリカで最も売れたアルバムとなり、2006年のグラミー賞では3冠(10部門ノミネート)を達成。ここから「We Belong Together」「Don’t Forget About Us」といった大ヒットも生まれた。
世間的に“ポップスター”と見られていたマライアが、R&Bとヒップホップをメインストリームのポップスに融合させた功績は大きかった。マライアを生涯のインスピレーション源と公言したアリアナ・グランデをはじめ、多くのアーティストに影響を与えることとなり、ブラックミュージックがチャートを占める割合が徐々に増えていく。
私生活では、2008年、39歳の時に12歳年下のラッパーのニック・キャノンと出逢いから6週間後に結婚。2011年42歳で双子(モロッカン&モンロー)を出産するが、2016年に離婚。その後、オーストラリア人の実業家との婚約解消などもあったが、いまは「母として、音楽家としての時間」を大切にしているという。2024年8月には母親と姉を亡くし、兄姉との関係は複雑で疎遠になってはいたものの、寂しい気持ちもあるだろう。最近は最新アルバム『Here For It All』を一緒に製作したアンダーソン・パークとの噂が上がっている。
近年のマライアは「時間という概念を認めない」と語る。幼少期から音楽に救われてきた彼女にとって、「歌うことは過去も未来も越えて常に存在すること」。失敗も栄光も含めて、自らのストーリーを語り直す才能を持つマライアだから、そう言えるのだろう。

「“All I Want for Christmas Is You”をラヴソングとして書いたのは、みんなが共感しやすい形だから。でも本当の意味で聴く人を幸せにする曲にしたくて、特定の時代に縛られず、“時間を超えて響く歌”にしたかった」
「この曲を通して、まだ会ったことのない世界中の友人たちと祝祭を分かち合える。それが何より幸せなの」
「私がクリスマスを心から愛しているのは、それが“幸福”を象徴しているから。そして、みんなが一日だけでも仲良くできる日だと信じているから。私が伝えたいのは、“希望”があるということ。自分を信じれば、やりたいことはできるのよ」
「All I Want for Christmas Is You」で始まった“自分を癒すため”の創作は、『Butterfly』で“自由を得る力”に変わり、『The Emancipation of Mimi』で“再び立ち上がる力”として結実した。「過去を癒し、歌声によって生き直す」という、マライア・キャリーなりの哲学といえる。特にかつての孤独を癒すために作った曲が、今では世界中をつなぐ祝祭の象徴となった。人種も年齢も越えて、人々が一緒に歌うその瞬間に、マライアは“希望”を見ている。
デビューから30年以上経った今も、マライアを音楽の世界に駆り立てているのは、純粋に“音楽を作ることへの情熱”だ。そしてかつては短距離ランナーのようにヒット曲を次々と放っていたが、次第にじっくりと長距離ランナーのように名曲を放つようになった。シンガーであり、ソングライターであり、プロデューサーでもある彼女の芸術的な深みと音楽的な一貫性は、時間の経過とともにますます揺るぎないものになっていった。
傑作『The Emancipation of Mimi』の発売から20年、そしてレジデンシー公演も話題になり、アメリカでは“The Era of Mi”という「マライアの現在進行形」、もしくは「新たな黄金期」を祝福するワードが飛び交った。さらに最新アルバム『Here For It All』の1曲目「Mi」で自ら歌うように、マライアの勢いは止まらない。自身も「“私の時代”というのは、私が好きなことをやるということ。要するに“今この瞬間を自分のものにする”という意味よ」と語る。
「これは私の夢の仕事。ここに来るまで多くを乗り越えてきたの。こうして歌い続けられる――それが何より幸せなの」
ディーヴァ健在として、今後もマライアから目が離せない。

マライア・キャリー/Mariah Carey シンガー、ソングライター、プロデューサー、慈善活動家、起業家。1969年3月27日ニューヨーク州生まれ。史上最も売れた女性アーティストとされ、アルバムの総売上は2億枚超、全米チャートで19曲が第1位(うち18曲は自身が作詞)という記録を持つ。5オクターヴの声域と卓越したソングライティング、プロデュース力で、現代のポップ・ミュージックの象徴的存在。ソングライターの殿堂入りをはじめ、グラミー賞やアメリカン・ミュージック・アワードでの多数受賞、他にもギネス世界記録3冠など数々の栄誉を受けている。子ども達の支援に積極的で、学びの場として「キャンプ・マライア」を設立、Save the Music、Make-A-Wishをはじめとした慈善活動にも力を注ぐ。回顧録『The Meaning of Mariah Carey』(2020)は『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラー第1位に輝いた。
音楽ジャーナリスト・アメリカ文学研究
伊藤なつみ
デヴィッド・ボウイ、坂本龍一からマドンナ、ビョーク、宇多田ヒカル、ロバート・グラスパーなど、取材アーティスト数は数え切れないほど。『ユリイカ』2023年5月号に掲載の論考「ヒップホップ・フェミニズムの変遷」など、現在は黒人女性のエンパワーメントについても研究中。
STAFF
Music Journalist: Natsumi Itoh
Edit&Composition: Kyoko Seko
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