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キャリー。貧困と孤独のなかから“理想の幸せ”を創造し続け、 シンデレラストーリーを叶えた後、「癒し」と「自由への意思」を求めて作った「All I Want for Christmas Is You」は、今や何世代にも亘って愛されている名曲。自分がどんな状況にあるときでも、家族や友人達、恋人やパートナーなど、愛する人達に想いを馳せ、心に優しさと温もりを宿してくれる特別な日を通して、稀代のディーバが伝え続けたいこととは。

マライア・キャリーの人生は、歌を通して「自分を見つめ、解放し、立ち直る物語」だ。最近のマライアは、インタビュー映像を見ても、かつての華やかさに落ち着きが加わり、慎重に言葉を選ぶ姿が印象的だ。双子の子どもたちが14歳となり、生活のリズムにも新しい安定が生まれたのだろう。
2024年に始まった5度目となるラスベガスでのレジデンシー公演『The Celebration of Mimi』も好評で、その余韻のまま行われた日本公演では、TVドラマ『29歳のクリスマス』の主題歌として使われ、日本でも爆発的に大ヒットした「All I want for Christmas Is You(恋人たちのクリスマス)」(1994)がアンコールを飾るなど、多幸感に溢れたショウとなった。このクリスマスソングは、2023年にアメリカ議会図書館の「永久保存録音物」として登録され、何世代も先まで愛され続けられる名曲として認定されている。そして、マライアにとって、貧困と孤独のなかから“理想の幸せ”を創造した、思い入れのとても深い曲である。
アフリカ系アメリカ人の父とイタリア系アメリカ人の母は、マライアが3歳の時に離婚。幼少期から生活と人種差別に苦しみ、歌うことが現実逃避になるからと、いつも一人でいる時は歌を歌っていたという。そんな彼女にとってクリスマスは、“すべてを変えてくれる魔法の日”だと夢見ていた。そのため後年、レコード会社からクリスマスソングの制作を提案された時のことを、アメリカ議会図書館でのインタビューで次のように語っている。「私が子どもの頃に持てなかったすべての“クリスマスらしさ”をこの曲に詰め込みたかった。みんなを幸せにしたいし、自分自身も幸せになりたかった。つまり私にとっての癒やしの曲で、純粋に楽しい曲。子どもの頃の私を救ってくれた“クリスマスのスピリット”への感謝の歌なの」。その結果、「現実を良い方向へ変えるために」と願いを込めた歌が、いまや世界中を包み込むクリスマスの定番曲となる。
アルバイトをしながら歌手を目指していたマライアは、10代で幸運を掴む。彼女がバックコーラスをしていた歌手が、パーティー会場でCBSレコード(現ソニー)の社長トミー・モトーラにマライアのデモテープを渡したことがきっかけで、契約を獲得したのだ。デビュー曲「Vision of Love」(1990年)が大ヒットし、デビューアルバム『Mariah Carey』(同年)も全米第1位に輝き、20歳でスターの座へ。日本では「7オクターブの音域を持つ歌姫」と紹介され、愛らしい容姿に加え、音階を滑らかに駆け上がるヴォーカルや天空を舞うようなホイッスル・ヴォイスなど、圧倒的な技術の高さで完璧なディーヴァの代名詞となった。
1993年、23歳の時に彼女の才能を見出したトミー・モトーラと結婚すると、絵に描いたようなシンデレラ・ガールと世間から祝福された。しかし、生活は一変。肌の露出の多い服を着ることも友人の家に遊びに行くことも制限され、音楽面でも、ヒップホップを取り入れたいという提案も却下される。華やかなステージの裏で、常に公私がコントロールされるという息の詰まる生活が続いた。そんな閉塞を破るようにして生まれたのが、アルバム『Butterfly』(1997)だった。マライアは制作中に別居し、翌1998年に離婚。ここでマライアは、自分のために歌い、自分の言葉で愛を語り始める。「All I Want for Christmas Is You」で見せた「癒し」が、「自由への意志」へと進化したのだ。
音楽的な意向として、『Daydream』(1995)の収録曲「Fantasy」のリミックスとしてOl’ Dirty Bastardと共演し、かねてから試みたかったR&Bやヒップホップの要素を取り入れると、『Butterfly』ではさらに黒人音楽の色彩を濃くしていく。歌詞でも「The Roof」や「Breakdown」など、恋愛の実体験を歌うようになり、ポップアイコンから“語るアーティスト”へと変化する。まさにチャレンジの一枚で、「『Butterfly』では初めて完全に自由を感じ、その瞬間を心から愛せた時期だった。少し行き詰まっていたけど、乗り越えられたの」と本人は語っていた。そしてデビュー時から歌唱力ばかりが注目されてきたが、作詞・作曲、プロデュースの能力も注目されるようになる。
デビューから『Glitter』までの時期、筆者は取材で何度もマライアと顔を合わせた。海外では、ホテルのベッドルームでルームウェア姿のままインタビューを受けることもあり、誰もがそのシチュエーションに驚かされたが、当時は1時間遅れのスタートも当たり前。しかし、始まるとマライアの笑顔がその場を明るくしてしまうという状況だった。
来日時には「ひとりで寝るのは寂しいから」と言って青山のペットショップで子犬を二匹購入し、ステージで披露したことも。しかし、帰国の際は飛行機に乗せられず、スタッフが引き取ったというエピソードも残る。渋谷のスクランブル交差点に突然現れて人々を驚かせ、それを楽しむような行動もあった。
またNYでの取材現場に、大好物というマクドナルドを片手に現れ、当時夢中だったニューヨーク・ヤンキースの選手デレク・ジーターの話を楽しそうに話してくれたこともある。偶然レストランで出会った際には、彼女が先に筆者に気づいて、話しかけに来てくれた。その自然体で、大スターでありながらオフでも変わらないフレンドリーな人柄に、すっかりファンになってしまった。
しかし、ファンの間では『Butterfly』については賛否が分かれた。「自分が自分自身のヒーローとなり、どんな出来事も乗り切る強さを持つ」とマライアがメッセージを込めた「Hero」や、王道のラヴバラードを求める声が多く、加えて女優マライアとなった主演映画『Glitter』(2001)の不評も重なり、彼女は精神的に追い詰められていく。しかも同年、MTVの人気番組「Total Request Live」で事件が起きてしまうのだ。
今、失敗も栄光も含めて、自らのストーリーを語り直すマライア・キャリー。人生の奥行きが増した、心を震わされる本物の歌声/後編へ続く。
マライア・キャリー/Mariah Carey シンガー、ソングライター、プロデューサー、慈善活動家、起業家。1969年3月27日ニューヨーク州生まれ。史上最も売れた女性アーティストとされ、アルバムの総売上は2億枚超、全米チャートで19曲が第1位(うち18曲は自身が作詞)という記録を持つ。5オクターヴの声域と卓越したソングライティング、プロデュース力で、現代のポップ・ミュージックの象徴的存在。ソングライターの殿堂入りをはじめ、グラミー賞やアメリカン・ミュージック・アワードでの多数受賞、他にもギネス世界記録3冠など数々の栄誉を受けている。子ども達の支援に積極的で、学びの場として「キャンプ・マライア」を設立、Save the Music、Make-A-Wishをはじめとした慈善活動にも力を注ぐ。回顧録『The Meaning of Mariah Carey』(2020)は『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラー第1位に輝いた。
音楽ジャーナリスト・アメリカ文学研究
伊藤なつみ
デヴィッド・ボウイ、坂本龍一からマドンナ、ビョーク、宇多田ヒカル、ロバート・グラスパーなど、取材アーティスト数は数え切れないほど。『ユリイカ』2023年5月号に掲載の論考「ヒップホップ・フェミニズムの変遷」など、現在は黒人女性のエンパワーメントについても研究中。
STAFF
Music Journalist: Natsumi Itoh
Edit&Composition: Kyoko Seko
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本当の意味で聴く人を幸せにする曲を歌いたい。心からクリスマスを愛するマライア・キャリーが伝えたいこと/前編
社交性を発揮する三島、気遣いが巧みな大江、人と与しない安部。3大スターの貴重な対談書『文学者とは何か』を阿部公彦氏と語り合う
「界 津軽」に逗留し、雪見のりんご風呂で温もり、津軽三味線に心震わす
最悪の事件を乗り越え、失敗も栄光も含めて、自らのストーリーを語るマライア。人生の奥行きが増した本物の歌声に心震える/後編
福井県越前の地に特化したワイナリー併設のテロワールなレストラン