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一時間半ほどの快適なドライブを楽しんだ後、KANAYA RESORT HAKONE(金谷リゾート箱根)に到着した。都会の喧騒と日常から脱出するには、まさに程よい距離だろう。「森の別邸」と謳う通り、ここは日本最古のリゾートホテルをルーツに持つ鬼怒川金谷ホテルの伝統とホスピタリティを受け継いだ別邸の位置付けだ。
全14室、全てのレイアウトが異なり、全12室には露天風呂がある。全室源泉かけ流しということで期待が高まる。英語で〝Hidden Gem〟(隠された宝石)という言い回しがあるが、ここはまさに箱根の緑深い山中に抱かれた隠れ家のようなホテルだ。
館の主人ともいうべき、ジョン・カナヤことジョン金谷鮮治(ジョンはクリスチャンネーム)は、明治43年に日光金谷ホテルの創業者金谷善一郎の孫として生まれた。若い頃から米国や欧州の文化に親しみ、一流ホテルで修行後、鬼怒川温泉ホテルの社長に就任。昭和46年に「日本料理と西洋料理の融合」をテーマに東京六本木の本社ビル2階に「西洋膳所ジョンカナヤ麻布」(1971~2002)をオープン。初代シェフを「料理の鉄人」出演で知られる坂井宏行氏が務め、大きな注目を集める。昭和52年に死去するまで、幾多の海外渡航での経験を生かし、高度経済成長期の日本においてホテル産業の高級化と近代化に尽くした。西洋のライフスタイルを熟知し、ウェルドレッサーとしても知られた。この館には彼の美意識が反映されている。
車をエントランスにつけると、にこやかな笑顔で迎えられた。思わず、こちらも微笑んでしまう。芸術をこよなく愛したジョン・カナヤ氏が蒐集したガブリエル・ロワールのグラスアートが温かく客を迎えてくれる。ジャポネスクに影響を受けたロワールはジョン・カナヤが唱えた「和敬洋讃」の精神を今に伝えているようだ。
さっそく今日の宿であるJOHN KANAYA Suiteにチェックインを済ませ、レセプションのすぐ右手にある鈍色の鉄製のドアにカードキーをかざす。ドアが音もなく開くと、そこにはまさに「森の別邸」の玄関が現れる。部屋に入ってすぐ、目の前に広がる広々とした露天風呂からは、緩やかに湯気がたな引き、まるで主人が帰るのを待っていたかのようだ。ホテルの部屋に到着というよりは、自宅の別荘に帰ってきたような温かいもてなしがここには用意されている。
源泉は大涌谷の温泉から、ほのかに香る硫黄の匂いと、柔らかなお湯が肌に心地よい。
箱根仙石原の6千5百坪を誇る雄大な自然に抱かれた後は、露天風呂に面したウッドテラスで語らうも良し、窓一面に贅沢に広がるヒメシャラやブナの原生林を眺めながら、ゆったりとしたリビングスペースで寛ぐのも良い。
館内には美術品が随所に飾られ、これらの品々も落ち着いた個人の館の趣を演出している。
メインダイニングの西洋膳所JOHN KANAYAは「西洋膳所ジョンカナヤ麻布」の伝統を継承し、昔ながらのファンも多いという。ここではその歴史と共に、選りすぐりの食材を活かし和のエッセンスを取り込んだフレンチ「金谷流キュイジーヌ」が楽しめる。
約二ヶ月ごとにメニューは変わるとのことで、季節ごとに訪れても毎回その時期の旬な食材のコースが頂ける。今回のテーマはCouleur (カラー)だ。メニューにはフランス語の色の名前が並ぶだけで、具体的な説明はない。聞けば、ひと皿ごとにテーマカラーを設定し、7色、7皿というメニュー構成になっている。一皿ごとのワインペアリングも可能だ。
ここからが心愉しい冒険の始まりだ。想像力を刺激されながら、まず、ジョン・カナヤが愛したシャンパーニュ、ナポレオンと西洋膳所ジョンカナヤ麻布から引き継いだ伝統のシグネチャーディッシュ、〝Or et argent(金と銀)〟がテーマの金谷玉子の一皿目をいただく。
金谷玉子は相模市の平飼い飼育有精卵さがみっこを使用。サバイヨンソースとウニを用い箱根バージョンとなっている。ワイングラスで一緒に供されるのは、長谷川農園のマッシュルームのコンソメだ。ワイングラスから、豊かな香りが鼻腔をくすぐる。澄んだ味わいの隠し味は若布の出汁を使い、ここにも和の隠し味が生きている。ピノ・ノワール50%とシャルドネ50%のアッサンブラージュのシャンパーニュ、コンソメにトロトロの金谷玉子を口に運ぶと、温泉でほぐされた身体に豊かな土地の滋味が染み渡っていく。
先ほどのドライブから、箱根の勢いのある新緑を想起させる〝Vert (緑)〟の一皿は鰆のロースト。旬の魚である脂の少ない清らかな鰆をフレンチの技法で低音調理し、半生に近いピンク色に仕上げている。皮めはこんがりと焼かれ、カラスミとヘーゼルナッツが香ばしさを添える。蕪、菜の花、スープ仕立てのルッコラが季節の優しい苦味を、蛤がスープに旨味を加えている。ここに合わせたのはオーストリアの白、2017年のグリューナー フェリトリーナー プールス。優しい酸とほのかなシダの香りに白の懐の深さを感じ、鰆と蛤、それぞれの魚介の旨味を際立たせる。
コースは〝Noir (黒)〟はスミイカの三種仕立て、〝Rouge(赤)〟はフォアグラのポワレ、〝Pourpre (紫)〟は相州牛ヒレ肉のロースト、〝Jaune(黄)〟は八朔とホワイトチョコレートのマカロン、〝Blanc(白)〟は梅のクレームダンジュ最中と、最後まで飽きることがない。オリジナルの食後酒は赤ワインと梅酒にシャンパーニュ、ウォッカ、クローブやカルダモンなどのハーブ数種類をブレンドした、こちらもオリジナルだ。食後には部屋でコーヒーとショコラも提供される。
楽しみは夕食ばかりではない。朝食も和食に洋食のスパイスを加味したサプライズのある食事が用意されている。朝食に供されるお茶はほうじ茶とカモミールティーをブレンドしたもので、こちらも日替わり。全てのものにオリジナルにすべく手がかけられているのが金谷流の旅のもてなしだ。海外でミシュランの星付きレストランや5つ星のパラスホテルなどもよく取材するが、海外のラグジュアリーは突出した個性と豪華絢爛さを競う場であるのに対し、日本のラグジュアリーは全てのハーモニーによって形成される調和の美だ。
このホテルにある、洋のスタイルを用いながらも、食ではひとつひとつの食材、部屋のしつらいにはひとつひとつの部材や絵画が一体となって、「もてなし」を作り出すのは和の精神なのだと思う。西洋の素晴らしさを金谷流に取り入れた、ここだからこそ体験できる歓びの時間を味わってみてはいかがだろうか。
左/開放感あふれるJOHN KANAYA Suiteのリビングルーム&ダイニングルーム。ウッド&ストーンの落ち着いたインテリア、ゆったりとした空間で非日常を味わいたい。
右/JOHN KANAYA Suiteのベッドルーム。露天風呂とバスルームに直結し、プライバシーを重視した作り。
STAFF
Photos: Kazumi Ogata
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